第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その28


『それで、これからどーするの、『どーじぇ』?』


「闇に隠れて接近する。街では戦闘中、上空にまで気は回らん。こちらを迎撃することはない。偵察し、状況判断。リエル・チームを見つければ合流し、情報を得る」


 それでいい。オレは左を……西を向く。夜の海のように青くて黒くなった『イルカルラ砂漠』。およそ20キロ先にはアルノア軍の姿が浮かんでいる。ヤツらは確実に近づいてはいるが、『ガッシャーラブル』にたどり着くまでには、まだ時間がかかる。


 ……概算でも6時間ってところか。よほど優れた進軍速度を見せたとしても、それ以下で夜の山道を人間族の軍隊が踏破することはない。急激な寒さにも襲われることになるからな。ヤツらは、一度は本格的な休憩と食事を摂る必要も出て来るさ……。


 時間的な余裕は、それほど豊富というわけではないが、あるわけだ。オレたちがアルノア軍を襲って、短期間的にも足止めした効果は着実に出ていたのさ。


「……『ガッシャーラブル』に向かってくれ。街の周囲を旋回しつつ、偵察だ!」


『らじゃー!!』


 闇で翼を打ちつけて、ゼファーは夜空で踊る。砂漠を歩くことも嫌いではなかっただろうが―――竜の本来の居場所は、やはり空だからな。翼の動きには喜びが溢れるように奔っているのが分かる。


 もちろん、ストラウス家の竜だからな。戦場に近づくだけで、その身に流れる血は沸き立つというものだ。


 『ガッシャーラ山』の頂きを望む山岳の交易都市には、あっという間にたどり着く。戦闘が起きている……街のあちこちで、僧兵と帝国兵が小競り合いをしていた。しかし、帝国兵同士も睨み合いを続けてもいるな……つまり、オレの予想は外れてはいない。


「予想の通りだ。メイウェイは到着し、『ガッシャーラブル』への入城を行った。説得はしたのだろうが、全面的には受け入れられなかった……『太陽の目』の僧兵たちは街にいた帝国兵とは交戦中だ」


「メイウェイの兵士は『太陽の目』を攻撃していないのか?」


「そう見える……あえて近づかないようにもしているかのようだな」


 街の外には相当数の軽装騎兵がいる。


「全戦力で突入させてはいない。武力による鎮圧を回避しようとしているようだ。甘すぎるが……一種のメッセージだ」


「でしょうな。二つのメッセージでしょう」


「ああ。一つは『太陽の目』へのメッセージ。メイウェイの軍は、『新生イルカルラ血盟団』と共闘すると決めたのだと行動で示している……」


「もう一つのメッセージは、私たち宛てということか」


「そうだろうな。オレたちの介入を待っている。帝国兵同士の戦闘を回避するためにという理由もあるだろうがな……最良の状況は、オレたちがメイウェイとの合流を拒む帝国兵のリーダーを殺し、『太陽の目』と共に反対派を制圧してやることだ」


「帝国兵同士の争いを抑えようとしているわけですわね」


「交渉は完全な運びにはならなかったようだな。原因はどこにあるのかまでは予想することに現状では意味がない」


「……情報収集すべき時間帯ってことっすね!ソルジェさま、自分、いつでも『コウモリ』になれます!」


「ああ。移動はお前に頼ることになる……っ!」


『……っ!『どーじぇ』、『まーじぇ』がいたよ!!』


「ああ」


 リエルとミアを見つけていた。『カムラン寺院』の周辺にある背の高い住居の屋上を制圧し、そこから帝国兵に向けて矢と弾丸を浴びせていた。目立っているな。『カムラン寺院』に近づこうとしている帝国兵を足止めしようとしているようだ。


「合流するぞ。ゼファーは上空を旋回していてくれ。オレが歌うべきタイミングを教えてやる」


『わかったよ!うたで、ていこくへいどもを、おびえさせてやるんだね?』


「そういうことだ。メイウェイへのメッセージでもある。こちらの介入を知れば、効率的に用兵するさ」


「そのはずです。メイウェイは、『新生イルカルラ血盟団』が達成すべき勝利への条件を把握しているでしょうからな。それに、私たちがドゥーニア姫の雇われであることも」


「私の考えがアイツに読まれていると評価するわけだ」


「ええ。何度も戦い合った仲です。十年来の友人と同じように、考えは予想できる。私たちは、貴方の指示通りに動くべきだ。そうすることでメイウェイは、私たちの行動を悟り、フォローを開始する」


「……私の指示か。当然だが、『太陽の目』を援護する。戦闘が生まれた理由が、例え彼らにあろうともな」


「帝国兵への対応は?」


「竜騎士殿も言っただろう?……士気を砕く戦い方をしたい。アルノア軍との衝突前に、ムダな体力を消耗させたくないというのが、私の願いに他ならん」


「我々の考えと似ていることが有り難いですな。団長、他に確認すべきことを、ドゥーニア姫に訊いて下さい」


「ああ。ドゥーニア姫よ」


「なんだ?」


「どれぐらい帝国兵を殺したい?」


「最低限でいい」


「わかった。あとは、このドサクサで暗殺しておきたいヤツや、処分しておきたい不利な目標はあるか?」


「ハハハ!……悪者のような考え方をするんだな、竜騎士殿」


「戦ってのは悪意で出来ているんだ。この混乱に乗じて、厄介者を排除しておきたいなら言ってくれ。今後、君の行動を邪魔すると考えられる障害を、今ならば密かに処分できるぞ」


「……それは『太陽の目』をも含めてか」


「君が、そう望むならな」


「……試すな、私を。同胞をまとめるために、同胞のなかの障害を暗殺するという手段も有効だろうが。私は、選ばんぞ」


「了解した。だが、同胞以外にはいるか?……この状況で、必ず仕留めておきたいターゲットが」


「……今はいい。状況解決に集中してくれ」


「君がブレなくて嬉しいよ」


「私への調査か?」


「相互理解のためのコミュニケーションだ。オレたちは、君の理想をどういう形で実現できるのか、知れたはずだぞ。君なら、オレたちを知ることで、より多くを解決に導けるようになるだろう」


「……たしかにな」


「……仕事にかかろう。カミラ、頼むぞ!!」




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