第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その29
「おっけーでーすッッ!!……『闇』の翼よ―――』
穏やかな『闇』が走り抜ける。冷たい北風を帯びた闇とは異なり、カミラ・ブリーズの温かい『闇』に包まれる―――血肉のなかに融けている魔力が、引きずり出されるような感覚を楽しむ。
自分の感覚が拡張されるのは楽しいな。カミラの『闇』に融け合って、無数の『コウモリ』へと化けた視線で地上を見下ろす。ストラウスの剣鬼を楽しませてしょうがない、戦いが広がっているな。
……本格的な衝突は、街の西側では起きていない。メイウェイの部隊が掌握しているようだ。東と北で衝突が激しいな……『カムラン寺院』を攻撃しようとする帝国軍の動きだ。人数は多くないが、動きの連携が見える。
攻撃に特化しているチームと、守りに徹しているチーム。狭い通路には少数の騎兵のチームで攻撃的に動き……広い通路は待ち構えるように人員が配置されて、守備を優先している。
兵科と人数と陣取っている配置に整然とした意味があり過ぎるな。つまり、デザインされていた動きということだ。
『カムラン寺院』を攻撃している連中は、練られた戦術で行動している軍事的なプロ。数がそれほどには多くない割りに、『太陽の目』の連中を圧倒できているのさ……『太陽の目』の僧兵たちを、あえて北に抜けさせることもしているからな。
戦力をコントロールしている。『太陽の目』の僧兵たちの一部は、北にある帝国軍の拠点を目指して進軍しているが、そのおかげで『カムラン寺院』の守備に割ける戦力は減っている。
北の軍事拠点は攻め込まれることを想定していた……というよりは、やや混乱が強い様相を示してもいるな。攻めている東と北で、戦略的な連携はどこか希薄に見える。作戦の完成度に違いがあるし、兵士たちの戦闘意欲にも差があるな。
もっと連携することが出来たら、『太陽の目』を包囲して殲滅することもやれていそうだ。『カムラン寺院』を制圧しようとしているグループの30%でも、北上させれば『太陽の目』の攻め手の半数を殲滅できそうだ……包囲殲滅という最大の戦術を、どうしてかやれていない。
……この戦況から考えられることは、いくつかある。だが、最も肝心なことは、戦力が三つに分かれているんじゃないってことだ。『太陽の目』、メイウェイ軍、そして帝国軍の攻撃的な部隊と穏健な部隊という形になる。
計、四つだ。
『カムラン寺院』を攻撃している帝国軍と、『太陽の目』に攻め込まれている北の帝国軍には意見の相違があるわけだ。それも、かなり深刻な違いだな。
北に残っている兵士らの多くは、メイウェイに即座になびくほどではないのかもしれないが……ある程度は、メイウェイの説得が有効かもしれん。戦術を理解して動いている、つまり精鋭ぞろいである攻撃的な部隊が、連携すべきでないと判断しているからな。
……『カムラン寺院』を攻撃している連中は、メイウェイの説得も聞かないだろうし、北に残っている穏健な部隊のことも信じちゃいない。
独立し、明確な敵意を持った集団と言える…………最も典型的な帝国人のエリート部隊というわけだ。亜人種への憎悪を部隊哲学としている連中だな。おそらく、若い帝国人であり、人間族第一主義の体現者どもか。
……アルノアの騎士たちは関与しているのだろうか?……していても、おかしくはないな。『古王朝のカルト』のアイテムを探しているヤツらが、参加し、そいつらが積極的な攻撃を主張している?……メイウェイとの交渉も、他の部隊との連携も捨てて?
……そこまでは考え過ぎかもしれないな。
どうあれ、頭に入れておくべき戦況の一端を、オレは理解出来たようだな。
さて。『コウモリ』は偵察しつつも、地上を目指していた。着陸しようとしている。リエルとミアも、こちらに気がついていた。
「ソルジェ!カミラ!」
「こっちだよー!」
『はい!見えてるっすよー!!皆さん、元に戻るっす!!……変身・解除!!」
ぽひゅん!
愛すべき音を立てながら、オレたちは『コウモリ』からヒトの姿へと戻っていた。『ガッシャーラブル』の日干しレンガで建てられた、大型の集合住宅の屋上でな。
リエルとミアは、こちらを見ると、スマイルを浮かべてくれるが……それも一瞬のことだ。鋭い視線を地上に向けて、『太陽の目』を攻撃しようとしている帝国騎兵の集団に牽制射撃を放っていた。
「……状況は?」
「うむ。見ての通りだ。メイウェイの到着後、街で戦闘が起きた」
「誰が始めた?」
「分からん。『太陽の目』の僧兵たちが攻め込んだようにも見えるし、『カムラン寺院』への攻撃が早かったようにも見えた」
「ほとんど同時か」
「うん。そんな感じだったよ、お兄ちゃん!」
「メイウェイの軍が到着する直前は、街のなかにかなり緊張感が高まっていた。だが……そうだな。いきなり火が放たれたのだ。それを契機に、戦闘が激しくなったのは事実」
「誰かが戦闘を引き起こすために、街に火をつけた?」
「……そーかも?『太陽の目』は、それで怒ったというか、焦ったようなカンジ!」
挑発された?……帝国軍の若手エリート部隊が、火を街につけて、『太陽の目』の僧兵たちの攻撃を煽った?……そして、一部の僧兵を素通りさせて、北に抜けさせている?
「なかなか嫌味やヤツがいるようだ。だが、リエル。好判断だったぞ。ここで敵の……とくに騎兵のヤツらを足止めできているおかげで、『カムラン寺院』は持ちこたえている」
「まあな!我ながら、好判断だったと思う。あとで、目一杯ほめるように」
「ああ。わかってる。それで、キュレネイとククルは?」
「『カムラン寺院』に向かわせたぞ。ホーアンを守るように命じた」
「ククク!最高の判断だ。あの二人が護衛についたというのなら、安心できる」
「フフフ。私も、チーム・リーダーとして、素晴らしい手腕を持っているのだぞ!」
「信じていたぞ。引き続き、ここを任せていいか?……矢は足りるか?」
「しばらくは問題ないぞ。街にいたエルフの商人から、それなりにかき集めて来たからな……帝国の騎兵どもも、馬を守りたいのだろう。さっきから、勢いが少ない……少しばかり、嘘くさいがな」
「うん。他の攻撃方法を企んでるかもしれないよ、あいつら」
「……デザインされた攻撃を実行中のヤツらだ。他の手段があっても当然か。攻撃は、二の矢、三の矢があって当然だ」
「ならば、カミラと共に向かうがいいぞ。キュレネイもククルも、正式な依頼を受けた護衛ではないのだ。一定の距離を取って護衛をしている……ホーアンを守るには、もっと戦力を集中させるべきだぞ」
リエルの戦況把握の力と、戦術理解の成長を感じさせてくれる言葉だったよ。抱きしめたりキスしたりして褒めてやりたい気持ちになるが……今は、リエルの言う通りに動くとしよう。
暗殺を防ぎたければ、さっさと護衛の数を増やせばいい。それに、僧兵たちをこちらの理想通りの形に動かすためには、ホーアンの協力が必要だからな。
「リング・マスター。私は遊撃の任務に?」
命令を与えられるのを待ち望んでいるように、その踊り子の肢体をくねらせつつレイチェル・ミルラが訊いてくれる。
「頼むぜ。地上に降りて、敵兵を間引いてくれるか?……君の機動力なら、敵を斬りながら、狭い路地裏の壁を乗り越えるぐらいはやれる」
「了解ですわ。帝国兵を斬る任務……ウフフ。私は、そちらの方が心を躍らせることが出来ますから」
「リエルとミアとも連携してくれ」
「もちろんです。では、リング・マスターたちもお気をつけて。カミラ?」
「は、はい!それでは、『カムラン寺院』に向かうっすよ!!」
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