第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その27


 北へと向かう。空を飛ぶことのないまま、ゆっくりと歩き続けた。


 メイウェイにやれる時間はどんどん消費されていった。オレたちは足早になることを望んでいたわけではなく、一定の速度を保っただけではあるが……『ガッシャーラブル』までの距離は、わずかなものでしかなかったからだ。


 暗くなっていく世界の先に、『ガッシャーラブル』がある……焦げ臭い風の発生源になるのだろう。いくつかの火が見えた。城塞の内側で、戦いは起きているな。


 魔眼の『望遠』の力を使い、街の様子を観察する……カラフルな天幕のほとんどは除去されていたよ。夜が訪れる前には、争いの兆しはなかったのさ。メイウェイたちの入城は、大きな混乱を生まなかったことの証になるかもな。


 ……街のあちこちから火は上がっているが、『カムラン寺院』の一角も燃えている。それほど勢いよく燃えているわけではない……リエルたちがいるんだから、当然ではある。


「……ガンダラ、『フクロウ』は?」


「……今のところ、届いていませんな」


「リエルちゃんたち、どうして連絡をしてくれないんでしょうか?」


「リエルたちも状況判断に迷っているのかもしれない。あるいは、衝突を抑えるために、介入してくれているのかもな」


「では、リング・マスター。すべきことは一つですわね」


「……そうだな」


 オレは猟兵たちの顔を見回した後で、ドゥーニア姫に視線を向けた。ドゥーニア姫は、こちらの意図を酌み取ってくれる。


「連れて行ってくれ。私が行くことで、『太陽の目』を指揮することが出来るかもしれない」


「ああ。君のカリスマ性に頼りたい。『太陽の目』も、『新生イルカルラ血盟団』の代表である君がいれば落ち着くだろう……状況は不明だが、『太陽の目』の僧兵たちの戦力はコントロールすべきだ」


 暴発すれば、アルノアと戦う前に共倒れになりかねん。


「私の仕事だな。おい、ナックス!」


「はい、姫さま!ここにいます!」


「『新生イルカルラ血盟団』を率いて、北上を続けろ」


「護衛にお選び下さい!」


「却下だ。お前にはこちらの指揮を頼みたい。命令だ、聞け」


「……了解しました!」


「私と竜騎士殿が偵察から帰ったときに、状況次第では戦力を使うことにもなりかねん。メイウェイの交渉が大失敗していれば、力ずくで『ガッシャーラブル』の制圧を行う必要もある。備えはしておく必要がある。十分に信頼のおける戦士が要るのだ.頼むぞ」


「……はい!サー・ストラウス。ドゥーニア姫を頼む!」


 ナックスのまっすぐな瞳を向けられたまま、オレは頭を二度連続で縦に動かしていた。


「当然だ。クライアントを守る。そうだよな、カミラ?」


「はい!自分の力が、姫さまをお守りするっすよ!安心して下さい、ナックスさん」


「……あの不思議な力。カミラ殿、お願いします」


「任せて下さい。ドゥーニア姫さま、こちらへ!」


「ああ!」


 カミラに促され、ドゥーニア姫はゼファーの背に乗ったよ。


「サー・ストラウス、オレはどうすればいい?」


「ギュスターブとラシードは、『新生イルカルラ血盟団』を守ってくれ」


 ラシードの正体がバレると、『太陽の目』は大きく反発するかもしれないからな。人気がないんだよ、バルガス将軍はな。


「くそ!留守番かよ!?」


「お前は『ガッシャーラブル』の地理に詳しくないからだ」


「……む。そうだな。反論の余地がないか」


「それに、皆が『ガッシャーラブル』の火を見ている。戦士が離れすぎることで、無用な不安を招きかねない。ラシードのアドバイスを聞きながら、行動してくれ、ギュスターブ」


「おう。分かった!そうする!!……それで……アイツは?」


 ドワーフ族はあごをしゃくるように動かした。アインウルフにその視線は向いていた。この場ではアインウルフの名は出せんからな。


「一緒に来てくれ。お前には、帝国兵士の動きを見て、状況判断を行える知識がある」


 オレの言葉にアインウルフは無言のまま、うなずくことで返事とした。


「ガンダラ、来てくれ。お前は『太陽の目』と交渉が出来る」


「ええ。人種と面識を生かしましょう」


「リング・マスター」


「わかってる。来てくれ、レイチェル。混沌とした状況に、君の遊撃能力は有効だ」


「ウフフ。ご期待に応えるように踊りますわ」


「そうしてくれ」


 さて、これでメンバーは十分だ。オレ、カミラ、レイチェル、ガンダラ、アインウルフにドゥーニア姫……過不足はない構成と言えるだろう。


「ゼファー!」


『うん!!それじゃあ、いくね!!』


 漆黒の翼を、空を掌握するように広げたゼファーは、力強い言葉を放つと同時に、大地を蹴って跳躍する。


 『ガッシャーラ山』から吹き下ろされる、冷たく強い北風を巧みに操りながら、空高くへと舞い上がっていく……高度を上げると、あちこちが燃えている『ガッシャーラブル』の姿を、より観察することができたよ。


 魔眼に昂ぶった魔力を注ぎながら、オレは遠距離からの偵察に集中することを選んだ。


 情報が欲しいからな。何が起きている?……誰と誰が対立して、戦いが生まれているというのか……それを把握する必要があるのだ。


 メイウェイの軍勢、駐留していた帝国兵、『太陽の目』……複数の戦力がいるには、あの街は小さすぎるように見えたよ。




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