第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その26


 オレたちは夕暮れのなかを歩き続けた……オレはゼファーの背から、歩いていたよ。ゼファーも休ませてやりたいからな。それに、荒れた『ガッシャーラ山』の斜面を登ることを、『新生イルカルラ血盟団』の人々と共有しておきたくなったわけさ。


 ムダなこととは思わない。


 苦しみを共に分かち合うことではない、痛みは共感できないものだ。そうじゃない。巨有するのは、前向きな意志だ。苦しみの果てに、大きな勝利があるのだと信じている。汗が肌からにじむとき、その汗に価値を知れるじゃないか?


 この道を歩くことで、戦い抜くことで、得られるものがある。そいつの尊さを知っているから、苦しくたって笑顔でいれるし、肌を伝って落ちる汗の味が尊いものだと理解できるようになる。


 共有するってのは、こういうものだ。痛みや苦しみじゃない。行動と、それに秘められた意志をお互いに知って、同じような顔をして笑えるから強さを感じられるんだよ。


 ゼファーは楽しそうに歩いている。その後ろ姿は、きっと多くの後からついて来る者たちを元気づけているな。幼き好奇心は高みを見ている……戦のことも考えてはいるだろうし、不測の事態についても考えている。それでも、きっと、ヘンテコな馬もどきのことも考えているんだ。


 不謹慎さを宿した、陽気な鼻歌を黒い鼻先が歌う。心が癒やされるな。戦いと、そいつに付きまとう責任について悩んでおられるドゥーニア姫に、その歌は重みに抗う強さを与えている。


 ドゥーニア姫をサポートするために、そして『新生イルカルラ血盟団』を導くために集まって来ていた幹部戦士たちもそうだ。力を得ているさ。竜の鼻歌は、幼くも純粋で、怯えとは最も程遠い歌だから。


 迷うことを捨てて、今は『未来』のために歩くのだ。陽気な鼻歌こそが、この暑くて、そのうち寒くなっちまう山登りにはお似合いだよ。大地を踏む。蛇神ヴァールティーンの信仰が宿る、聖なる山肌は、硬くて力強い。


 ……蛇神よ。


 オレはともかく、信心深い者たちを救い給え。貴様の信者たちは、勇敢だぞ。オレやゼファーのように、敵が待ち構えている場所へと向かい、ただ真っ直ぐに歩いている。しかも、唇を歪め、牙をむき出しにしてな。


 恐れるものはいないさ。


 蛇神よ。追い詰められた戦士たちはな、貴様の巣食うというこの聖なる山を一緒に踏みつけながら、貴様が好む勇気を示しているぞ……戦いになる。今宵は、『メイガーロフ』の運命を決める夜となるだろう。


 ……この戦いに勝利することで、オレも少し変わることになる。セシル、お袋……ベリウス陛下。ファリスの、ユアンダートの裏切りで名誉を奪われて死んだ魂たちよ。見守ってくれ。オレは憎しみと怒り以外の力も手に入れる。


 ガルーナ人らしさが薄まるわけではないと思う。きっと、より偉大な戦士へとなるはずだ。ガルーナ人の怒りと憎しみの熱量を、魂は忘れることはない。それ以外の力も混ざるだけのこと。


 ……力を集めるのさ。なあ、アーレス。オレたちの戦いは、怒りと復讐だけでは成し遂げられんのだ。許してくれるか?……純粋さを捨てて、より強い混沌へと至ることを。


 ……アーレスの角は、魔力を昂ぶらせることで応えてくれたよ。


『……あ』


 ドワーフではなくとも、アーレスと同じ『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』であるゼファーには伝わるものがあるらしい。オレの背にある竜太刀の鋼に金色の瞳を向けて、ゆっくりとその大きな瞳を瞬きさせる。


 縦長の竜の瞳孔を細めながら、古竜は仔竜に何かを語っている。竜にしか通じ合えない言葉……いや、鋼を語るドワーフ族なら聞こえるのだろうか?……グラーセス王国のシャナン王には聞こえていたようだが。


 ギュスターブ・リコッドはどうだろう?……すぐ後ろにいるはずだが、何も言ってこない。頭のなかは、戦いと剣術のことで一杯だからか、それともドワーフの鍛冶屋ではないから、鋼と語る力は弱いのかもしれん。


 もしくは、アーレスがギュスターブの若さを嫌い、意地悪して声を届けてやらないのかもしれないな―――。


『―――『どーじぇ』、『どーじぇ』』


「どうした、ゼファー?」


『あのね。あーれすが、あるけって、いってる』


「歩いているのにな」


『うん。あるいてるのにねー』


「……分かったと伝えてくれるか」


『うん。『どーじぇ』、わかったってー、あーれすー』


 竜太刀の鋼の奥に、懐かしい炎の気配を嗅ぎ取る。温かいなんてものじゃなく、太陽のような残酷な激しい熱量だったよ。この世ではない遠い場所から、アーレスは煉獄の焔を放っている。


 分かるさ。


 伝わったよ。


 オレは歩くことにする。自分を曲げずに貫くことで、たどり着いたこの道に、運命がくれた変遷を背負い込んで、歩いていくさ。そうする方が、より強い『魔王』になれるのだからな…………。


 歩いたよ。無言のままで笑顔になって、ただ『ガッシャーラブル』を目指した。夜が始まり、空を彩る色は夕焼けから闇の青へと変貌した。深まっていく青さは、寒さをまとった北風を呼び寄せる。


 ウールのマントが役立つ時間帯になった頃……オレとゼファーの鼻は北風に混じる焦げ臭さを見つけていた。鼻を鳴らし、北を睨む……夜の闇が始まってくれたことで、見えるようになるものもある。星明かりでも、街の明かりでもない輝きだ。


 ムダに強い炎が生まれている……。


 知っている。記憶が蘇ってくる。オレの家もそうだったように、戦の炎に焼かれた家はよく燃えるものだ。憎しみにより放たれた炎は、すぐさまに踊り狂い、ヒトの思い出が詰まった場所を喰らいながら、焦げ臭く輝くものだった。


『……ぐるるるうッ!!』


 唸るゼファーの首を、やさしく撫でてやるのさ。ゼファーは、目をパチクリさせて大人しくなる。そうだ。慌てる必要はない。事実だけを皆に伝えればいい。そうさ、オレの腹はとっくに決まっているんだよ、ランドロウ・メイウェイ。


「……どうしたのですか?」


 頼れる副官殿が訊いてくる。馬から下りて山肌を歩く巨人族がな。


「『ガッシャーラブル』で戦闘が起きているぞ」


「……ほう。それは……」


「ドゥーニア姫よ。聞こえたか?」


「……ああ。聞こえているぞ」


「何か、命令はあるか?」


「いや。ない。トラブルはつきものだ。全員が全員、メイウェイの説得に応じられはしないだろう」


「援軍を送るか?」


「……混乱を避ける必要がある。今のところは、必要じゃない。ペースを保ちながら、『ガッシャーラブル』に近づく……『カムラン寺院』が攻撃されているときのみ、そなたに依頼したい」


「分かった。そうするとしよう。オレの仲間も『ガッシャーラブル』には潜んでいる。『カムラン寺院』に暴虐が及ばない限りは、動かない……それに。帝国軍が攻撃することだけで、戦闘になるとは限らん」


「そうだ。バルガスがこの場にいたら、きっと……『太陽の目』から攻撃をする可能性を口にするだろう」


「……武闘派の僧兵集団だ。緊張状態に陥れば、暴発する可能性は高い」


 ……そんなつぶやきを北風に乗せながら、オレはゼファーの首を撫でるついでに背後を見たよ。ラシードは、ゆっくりとうなずいていた。そうだ。戦いは起きている。だが、それはメイウェイの軍が起こすものではない。メイウェイは信じられる男だ。仲間を一人でも死なせない道を選ぶ。


 ……『ガッシャーラブル』の若い兵士たちか、あるいはアルノアの騎士どもか、もしくは若く血気盛んな僧兵かだ。元・武闘派のホーアンに、現役で血気盛んなメケイロたちもいる。追い詰められたとき、守るためには誰しもが身を守るために動く……。


 時間はくれてやるぞ……少なくとも、しばらくの間はな。信用しているからだ。応えてみせろよ、メイウェイ……最小限の被害にしろ。焦げた風の臭いで、分かる。これは猶予時間となるだけだ。ゼファーに乗り、猟兵が介入することにはなるはずだぞ。




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