第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その25
ドゥーニア姫と友情を深められているな。二人して、ニヤリを笑う。戦士の貌で笑うのさ。
「あ、あのー。ソルジェさま……っ」
いつの間にやらカミラが馬を下りて、ゼファーのとなりにまでやって来ていたな。こちらを、じーっと見つめている。あの美しい瞳でな。
「どうした、カミラ?」
「いいえ……その、えーと……えい!」
謎のかけ声と共に、カミラは砂漠を蹴って跳躍する。オレは騎士道と夫の義務に従い、カミラのことを抱き上げるようにゼファーの背の上へと導いた。お姫さま抱っこさ。
「えへへ……」
「なんだ、いきなり?」
「何でもないっすけど……」
「ハハハ!仲睦まじくて、良いことだ」
ドゥーニア姫に笑われるな。まあ、カミラとオレは新婚ではあるし、いつでもいちゃついていても問題はないわけだが……。
「……ダメですからね?」
うちのヨメはドゥーニア姫を見つめながら、何かを禁じるための言葉を放つ。ドゥーニア姫は戦士の笑顔をより歪めていた。爆笑寸前って表情になりながら、大げさな動作でうなずいていたよ。
「もちろんだ。他人のものを盗むようなことはしないさ、私は」
「……そうであるべきっすよう」
よく分からないが、カミラは納得を手にしたようだ。その美しい金色のポニーテールをオレの胸元に当ててくる。どこか安心しているような、主張するような態度だな。珍しいかもしれない。砂漠の孤独は、ヒトを甘えんぼうにしてしまうところがあるのかもしれん。
「ウフフ。リング・マスターは愛されていますわねぇ」
「新婚だからな」
「自分とソルジェさまの愛は、永遠っすよ、ふぉーえばーっす」
「ああ。そうだ、新婚じゃなくなっても、永遠に愛しているぜ、オレのカミラ」
「はい。愛して、愛されるっすよ、永遠にー」
「愛っていいものですわね。ドゥーニア姫は、いい人がいるのですか?」
「戦が終われば婿を探すとする。しばらくは、独身だろうがな、忙しいのだ……レイチェル殿は?」
「ウフフ。私は夫に先立たれていますから」
「既婚者だったのか……ふむ、未亡人」
「ええ。帝国に夫を殺されたので、こうしてリング・マスターの猟兵となっているのですわ」
「なるほど……大陸のあちこちに、悲しいことがある」
「そうですわね、でも、だからこそ戦う甲斐があります」
「……まあ、な」
「あら。リング・マスター、ガンダラがこちらへ来ますわ」
「ん。そうだな、こっちが追いつくよりも先に来るか……」
急ぎのことだろうか?……いつものポーカーフェイス通りだし、馬をそれほど急がせてはいないから、そういうことではないのかもしれない。無表情すぎて、何を考えているのか想像がつかないときもあるな、ガンダラの白目が大きい瞳は。
「団長、首尾はどうでしたか?」
「いい感じだぜ。妨害工作には成功している。そっちも、ケットシーの山賊たちから矢を受け取れたのか?」
「ええ。つかず離れずの距離を保ったまま、北上してもらう予定です」
「ふむ。『新生イルカルラ血盟団』の東にいるままか……」
「本格的な補給部隊の到着は、もうしばらくかかりますし……現状では、その必要はありませんからな」
「当面分の矢は受け取れたわけだ」
「ええ。現時点では過剰な供給になる……こちらの進軍速度を維持するためにも、合流はかえって不利なことだと判断いたしました」
「ご苦労。最良の判断だろう。アルノア軍どもに、オレたちの切り札を見せる必要もないしな……ラクダを見るのは、ミアと一緒に見よう」
「きっと、喜びますな」
「ミアちゃん、喜びそうっすよね。大きくて、ヘンテコな馬みたいな生き物なんすよね……?」
『へんてこなうま……?おいしい?』
ゼファーの興味は味にあるようだ。帝国人を何人か食べているから、腹を空かせてはいないだろうがな。
「馬とは似ていないぞ」
『そうなの、どぅーにあ?』
「四つ足で大きい。馬よりもな」
『ぼくと、おなじぐらい?』
「……そこまではないな。馬を、縦に二倍伸ばしたような形だ」
『……むしみたいな、かんじ?』
「ハハハ!いや、もっと毛玉っぽい感じだぞ!』
『けだまー……?なぞのいきもの。やっぱり、へんてこ』
砂漠の珍獣か。なかなか、ゼファーにとっては好奇心をくすぐるらしいな。まあ、オレもだが……今は、作戦を重視するとしよう。オレたちは、すでに傾斜を登り始めている。
『ガッシャーラブル』へとつづく、石くれの多い道に入っているんだ。
「団長。連絡が遅れましたが、リエルたちと情報を共有しています」
「そうか。『フクロウ』が届いたか……」
「はい。あちらは、少なくとも30分前までは何事も起きてはいません」
「……ならば、良かった。メイウェイが部下どもを説得するための時間を、くれてやるべきだからな」
「……ドゥーニア姫と、よくお話しをされたようで」
どうして、そんなことまで分かるのか?……長い付き合いで、ガンダラがきっとオレよりも賢いからだった。
オレは東の空を見る……夕焼けの赤は遠ざかり、寒くて青い高山の夜が広がり始めている。この土地は、元々が高地にあるし、『ガッシャーラ山』の山肌に入っている。日暮れになると、あっという間に冷えてくるだろう……。
「進軍のペースを上げるタイミングかい?」
砂漠の戦姫に訊いてみるのさ。ドゥーニア姫は、うなずいた。
「ああ。これからの時間帯が、いちばん走りやすい……胃袋に入れたカレーも、力へと変わってくれる頃合いでもある。進軍速度を上げて、メイウェイの待つ『ガッシャーラブル』へと入城することが出来れば、最良のタイミングになる」
『とんじゃ、だめなんだね?』
「そうだ。メイウェイの説得を、邪魔してはいかんからな」
『わかったよ、『どーじぇ』!』
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