第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その22
砂漠の空を旅したオレたちは、北東へと進路を変えた『新生イルカルラ血盟団』を見つける。食事休憩のおかげだろうかな、砂漠を歩く者たちの脚は力強さを取り戻していた。
おそらく、『イルカルラ砂漠』に生きて来た者たちでなければ、あの速度は生み出せない。指に絡みついて来る熱い砂を踏みながら、移動を続けるなんてことはね。
この土地に祝福されているわけではなく、ただ慣れてモノにしているといった感覚だ。
アルノア軍に合流した援軍も、若い帝国兵士どもも、砂漠に苦心しているさ……歩くほど、体力を奪われ、汗をかいていく。そして、夜の寒さは冬のようだ。野宿はキツい。
このヒトの生存を拒むような過酷な自然環境が、帝国人どもに牙を剥く。上手く利用することが出来れば、この戦に勝てる……不確定な要素はあるが、それでも十分な勝機は見えているな。
……メイウェイが素早く『ガッシャーラブル』を占領し、より多くの帝国兵を寝返らせることに成功してくれれば勝利は近づく―――そして、ケットシーの山賊たちだな。
彼らはこの戦の大きな鍵を握っている。オレたちが体を張ってアルノア軍の矢を放たせた結果が、活きるはずだ。もちろん、それ以上のこともな。これは、大きく長い刷り込みであり、印象操作でもある……アルノア軍を、仕留めることも出来る最大の攻撃だ。
楽しみだよ。
戦がな。
アルノア軍を、全滅させてやるさ。『古王朝のカルト』は気にはなるが、今は戦に集中したい。砂漠を歩く戦士たちが取り戻している活力を見れば、楽しみで仕方なくなる。オレは戦士なんだよな、アーレス。帝国人どもを、また殺せると思うと、心が弾むぜ。
「おー!!」
「竜だああ!!」
「竜騎士たちが戻ったぞおお!!」
砂漠の住人たちが手を振り、声を張り上げていた。オレたちを歓迎してくれている。人気者になっているな。
「ゼファー、歌ってやれ。やさしい歌をだ」
『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
勇気づける強さに溢れた歌でなく、背中を押して、道行く者たちを支えてくれる西風の歌を放つのさ。砂漠の人々に、竜の祝福と加護を与えてやりたい。これから、キツ目の死線を一緒に潜ることになる戦友たちにな。
人々に歓迎されながら、『新生イルカルラ血盟団』の上空でゼファーは踊り、集団の先頭を目指して、ゆっくりと降下していったよ。
馬に乗ったドゥーニア姫と、その隣りで馬に二人して乗っていたカミラとレイチェルがこちらに駆け寄ってきた。
『ちゃーくち!』
砂を蹴爪で引き裂きながら、ゼファーは大地を踏んだ。勢いを失う前に歩き始め、ヒトの早足程度のスピードを保って歩き始める。
「おかえりなさい、ソルジェさま、ゼファーちゃん!みなさん!」
「ああ。戻ったぞ」
『ただいまー』
馬を器用に操るカミラが、ゼファーのとなりに馬を併走させた。見事な手綱さばきだな、相変わらず。獣は『吸血鬼』に魅了されるようだ。
「首尾は上々という表情をしていますわね、リング・マスター」
「まあな。嫌がらせぐらいはしてやったぜ」
「ほう。どういった戦果だ?ソルジェ・ストラウス?」
「姫に報告するよ。アルノア軍に妨害を仕掛けてやった。30人は新たに仕留めて、ヤツらにムダな矢を放たせた」
「狼煙は使ったか?」
「当然な。しばらくの間は、ヤツら、砂漠に足を止めていた。今も、背後と左手を気にしながら『ガッシャーラブル』に向かっているはずだ」
「いい戦果だ。地味だが、作戦を重ねられているな」
「ああ。アルノア軍を南から突けば面白いことになるだろう……あと、報告すべきことは―――」
―――『古王朝のカルト』については、今はいい。アルノアと皇太子レヴェータのあいだにある交友も気にはなるが……今は戦についてこそが重要だった。
「アルノア軍は、メイウェイの軍にスパイを送り込んでいる可能性がある」
「……まあ、ありえる。人間族の帝国兵のなかに紛れ込むことは、アルノアの配下には難しいコトではない」
「同じ人間族だしな」
「……大きな問題を感じるか?」
「いいや。想定内ってところだ。こちらとの連携もバレているかもしれんが……狼煙の工作はそれなりに有効だ」
「あともう一度、砂嵐を浴びれば、完全に追跡されることはないな」
「だが、守ってばかりではない」
「当然。この夜が明ける頃には、強烈な突撃をアルノア軍に浴びせてやる。それで、打ち砕く。アルノアを捕らえ、帝国人をこの地から追い返してやる……その後は、まだ考えないようにしておく」
「それがいい。今は、目の前のことにだけ集中すべきときだ……さて、オレの副官殿はどうしている?」
「彼は先行している。東のケットシーの山賊から使いがあった。有能だぞ。第一陣の品が届いた」
「ほう。かなり早いな。どうやったんだ?」
「馬より砂漠に向いた動物を使ったのよ」
「砂漠に向いた動物?」
「そう。あまり山の上には来ないのだけれど……今回ばかりは、そうは言ってもいられない。負担をかけて、病死上等の勢いで酷使してる」
「……ラクダか?」
「正解。大きな獣の群れに運ばせている。私たちの勝利の鍵となるものをな」
「そうか。そいつは楽しみだ」
「ラクダが見たいか」
「まあな。愉快な動物なんだろ?」
「大きくてゆったりとしている。南部と西部にいるのだが、北上させたのは久しいことのはずだ」
「『メイガーロフ』の総力戦というわけだ。『新生イルカルラ血盟団』の、大きな結束を感じるぜ、ドゥーニア姫」
「ええ。誰かさんが死んでくれたおかげでね……」
ドゥーニア姫の瞳が、オレの背中にいる誰かを見たような気がする。だが、一瞬の後には瞳を閉じていた。カミラが、ちょっと焦ったようにパチパチと瞬きを連続していたな。彼女には、バレているのか?……まあ、だとしても、問題はないことだ。
今、オレの背中にいる戦士は、ラシードという名の男なのだから。
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