第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その20


「『古王朝のカルト』?……何だ、その得体の知れないものは」


「失われた祭祀を再現するそうだよ。イース教にはない、古代の呪術を行い、力を得ることもあるようだ」


「力を得るための儀式か……」


「魔力を増やしたり、嘘か真か若返ったりもあるという『噂』だ」


 『噂』の部分を強調するように語ったな、アインウルフとしては帝国貴族がそういった奇天烈な儀式の虜であるかのように思われたくはないのかもしれない。というよりも、自分がそういった変人集団の一味であると認定されたくないだけか。


「多くは真実ではないだろうが、神秘的な経験を共に過ごすことで、交友関係は深まるかもしれない」


「……変な儀式をして、仲良くなれるのか、帝国の貴族ってのは?」


 ギュスターブが目を細めながらアインウルフを見上げていた。ああいう視線を浴びせられることをアインウルフは避けたかったのだろう。気持ちは、何となく分かるよ。変人どもの仲間扱いされるなんてことは、ショックなものだから。


「私は違うがね」


「ふーん……だが、帝国貴族にも変態が多いってことか」


「偏見だよ。ヤギの生皮を剥いで、それを身につけて踊り狂うような行為を、まともな大人は好まない」


「そんなことをしているのかよ、帝国の変人どもは?……どっかの蟲使いの隠者みたいだな……」


 ……変なカルトに関してはグラーセス王国も負けてはいない。地下迷宮にヒトを地獄蟲に変えるような隠者がいるわけだしな……あのジジイなら、ヤギの生皮を剥いで、それを着て踊り狂っていたとしても、別に不思議には感じない。むしろ、似合いすぎているかもしれん。


 世の中には一定数、奇天烈な行為をしたがる連中がいるものだよ。それに、もしかすると楽しいことなのかもしれない。ヤギの生皮を着て踊り狂う夜が、人生に一度ぐらいあったとしても悪くないかもな?


 ……週一でそれを義務づけられるのはイヤ過ぎるが、一生に一度だけの不思議な体験として、そんなカルトに参加して酒を呑むのも興味深いことになるのかね。一度きりの人生だ、おかしな祭りを体験することも、良い思い出になるのだろうか……。


「……カルトの儀式が面妖なものであったとしても、政治的な結束を生むかもしれないという事実はある」


 ラシードはヤギの生皮を着て、巨大な焚き火の前で踊る想像に耽っていたオレを、理性的な世界に呼び戻してくれたよ。


「私が『太陽の目』の熱烈な信者たちに槍を向けることになったのも、狂気を持ったカリスマ僧の存在が大きい……王権に挑むほどに肥大化した、危険思想に彩られた宗教集団を攻撃することは、正当性もある……私は、やり過ぎたかもしれないが」


「……ふむ。つまり、皇太子レヴェータは、『古王朝』の神秘主義を使って、有力な貴族たちとカルトなパーティーを開いている……新しい派閥を作るために?……ああ、おかしげな神秘の力だけでなく、古代の王国の継承者ぶることで、権威を高めてもいるわけだ」


「可能性は十分にあるだろう。帝国人は新しく合理的なことを好みはするが……歴史の浅さを気にする貴族も若干名いるのだ」


「その劣等感を克服してくれるわけか、『古王朝のカルト』をして、古の歴史と神秘を継承した気持ちになることで」


「ああ」


「だが……イース教徒だよな、帝国人は」


「その通りだ。敬虔なイース教徒であることを、一つの誇りとしている」


「……『古王朝のカルト』を行うことは、イース教の怒りを買いそうだが……」


「正統派のイース教の聖職者からすれば、そうだろうね。だが、イース教も多くの宗派がある」


「厳律修道会に、カール・メアー……『女神の慈悲』にも、色々なスタイルがあるようだな」


「イース教には『古王朝』の祭日や儀式を引き継いでいるものもあるという」


「詳しいな」


「やっぱり、コイツもヤギの生皮を着て踊ったんじゃないか?」


「噂を耳にしただけだ」


「……そうだよな。牛の皮をかぶって踊るのならともかく、ヤギは絶対にねえよなぁ」


 ……グラーセス王国人の価値観すれば、牛の皮を着て踊るのは『おかしな行為』じゃないようだ。『ベヒーモス』を始め、巨牛を飼育する人々だから、牛に対しての行いについては好ましい補正がかかるのかもな。


 まあ、今はグラーセス王国の牛皮踊りを気にしている場合ではない。


「とにかく、アルノアは帝国の皇太子レヴェータと組み、昔の『メイガーロフ人』が南から盗んだ『古王朝』時代のアイテムを探しているってことか。レヴェータとの結束を強めて、自分の政治力を維持するために」


「そのようだね。そして、そのアイテムは『太陽の目』が持っている可能性がある。『ガッシャーラブル』の『カムラン寺院』……アルノアは、そこを襲いたいと考えているだろう」


「……そうだな。『カムラン寺院』を狙って、アルノア配下の騎士どもが、何人も『ガッシャーラブル』には潜入済みなのかもしれない……」


 アルノアがシャトーにいなかったのは、もしかすると、昨夜は『ガッシャーラブル』にでもいたのだろうか?……あるいは、『メイガーロフ』の他の場所で、『古王朝』のアイテムを探していた?


 ……だとすると、少し熱心すぎるな。


「カルトの中には、本物の力を与える儀式もあると思うか?」


「あるだろうね。一部だとは思う。だが、古の時代の呪いや祝福の力を与えられた英雄の物語は、それなりに聞くハナシではある。既存の魔術や呪術、そして錬金術とは別の体系を持っていた人々だ。現代人である我々が持ち得ない術を有していたとしても不思議なことではない」


「アルノアがかなり全力で探しているアンティーク・アイテムも、帝国に渡れば厄介な力となる危険性もあるわけだ」


「否定はできんね。肯定することも、また同じくだが」


「……何であれ、コイツはいい情報かもしれない。ユアンダートの息子が、何かを企んでいるというのなら、邪魔してやりたいところだ」


「出来そうだよな。オレたちは『ガッシャーラブル』に陣取るんだ。アルノアの軍から、カルト野郎がご要望の品を守れそうだぞ」


「そういうことだ」


「……だが、アルノアの騎士が『ガッシャーラブル』には、何人も潜伏している可能性は予想できる……『カムラン寺院』の人々が、無事であればいいが」


「僧兵たちは強い。そう簡単にはやられないさ」


「……ああ。そうだ。『太陽の目』は、強い……」


 大きな頭をうなずかせてラシードは納得していた。心配は分かるが、長老ホーアンや僧兵メケイロもいる。それに、リエルが率いるチームも『ガッシャーラブル』にはいるんだ。そう簡単に帝国騎士どもの好きにはさせやしない。


「さてと。情報は十分だ。当初の目的も達成したし……狼煙も消えたな」


『もどるの?けつめいだんのところに、もどるの?』


「ああ、戻るぜ。ここにいても、もうすることは何もないからな」




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