第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その19


 この場にオットーがいないことが、本当に悔やまれるな。おそらく、オットー自身もそうだろうさ。『古王朝』。素晴らしく冒険心をくすぐるテーマだな。探険家の心は間違いなく食いつくに違いない。


 オットーは考古学的な知識に関しては、博学極まるロロカ先生よりも上なんだが……しかし、この場にいないんだ。しょうがない。『フクロウ』を使って、後で質問を送ることにしよう……。


 ……だが、現状でも色々と考えられることもあるし、集めておくべき情報もある。これは考古学的な冒険心以上に、政治臭い部分もあるからだ。


「アインウルフ」


「なんだね、ソルジェ・ストラウス」


「こいつに目を通してくれ。知っていることがあれば、教えてくれると助かる」


「私を頼るかね」


「有能な男だからな。それに、同じ方向を見て戦っている」


「……わかった。了解したよ」


 ……アインウルフはオレが差し出した若騎士ロビン・マーデルフへの命令書を受け取り、読み始める……オレは、そのあいだにラシードに質問しておくことにしよう。ラシードからしか聞き出せそうにない話題もあるからな。


「なあ、ラシード、あの命令書に書いてあった、『ガミン王のコレクション』というのは一体何だ?」


「その名のとおりのものだ。ガミン王は、巨人族には珍しいことに金銭への執着が強かった」


「高級な品物を集めていた?……アンティークとか?」


「そういうものもある。美しい奴隷もそうであったし、金銀財宝もあった。他国の王に比べれば、それでもマシな方ではないかと旅の商人たちからは聞いていたが……私は比較対象を知らない」


「そうか。ガミン王は『古王朝』とやらのアンティークを集めていて、そいつの中には、アルノアとその騎士たちが『皇太子』のために探している品があった?」


「……可能性はある。だが、『メイガーロフ武国』が滅びるさいに、王のコレクションも行方知らずだ。帝国軍が押収したものもあれば、その前に持ち出したものも多い……この国には山賊も多くいる」


「火事場泥棒か」


「敵国に奪われるぐらいなら、山賊たちに奪われるのも悪くはない。だが、王のコレクションには俗っぽいものが多かった。きらびやかなものだ。特別な力を秘めたような品よりも、黄金を好んでいた」


「ふむ。ならば、コイツらの探し求めている品とは方向性が違うかもしれんな……では、『カムラン寺院』にあるのだろうか、コイツらの読みの通りに」


「かもしれない……私も、長らくは『カムラン寺院』の中に入っていない。理由は、分かっているだろうが」


「ああ。敵対していたからな」


「そうだ。実に的確な言葉だよ」


「しかし、どうしてコイツらは彼らのことを『盗人』と呼ぶんだ?……盗人どもが作り上げた『太陽の目』?」


「……我々の祖先には奴隷が多い。南の内海で跋扈している奴隷商人から逃れて来た者たちが、この砂漠と荒野の地に『メイガーロフ武国』を作ったのだ。逃亡するさいに、主から盗みを働いた者も少なからずいる……報復のために、南に戻り山賊として活動した者たちもいるのだ」


「なるほど、逃げ出すときの退職金代わりに盗んだり、あるいは賠償金代わりに後々に略奪していたわけか」


「そんなところだ」


「……そのときに、『古王朝』の品物を盗んだ者がいるのだろうか?」


「あの文章が正しければ、その可能性はある。少なくとも、帝国貴族らの中では、それなりに信じられている説ではあるのだろう」


「皇太子への手土産になるか……」


 重要そうな文化財なのか?……あるいは、もっと厄介なことに古代の秘術が刻まれた神具かもしれない。現代の錬金術では失われた技術体系は、たしかに存在しているのだ。『ゼルアガ/侵略神』を祀っていた古い王国さえもあったのだから……。


 異界の悪神の力を秘めた神具……皇太子とやらが探している品物としては、この上なく厄介なものになるかもな。


「…………公式な見解ではなく、あくまでも社交界での噂に過ぎないものだが―――」


 アインウルフは命令書を読み終わっていた。興味を示しているギュスターブに、その羊皮紙を手渡しつつ、オレとラシードに視線を向けて来る。


「―――皇帝一族の中には、滅び去った古王朝を敬愛する者たちがいるという。『皇太子レヴェータ』殿下も、その一人という噂もあった」


「……レヴェータね。どんな男だ?」


「軍事的な功績は多くない。帝国の将は、私を含めて有能だった。皇帝一族が遠征軍を編成して戦場に出向く必要など、そもそも無かったからね」


「貧弱な男か?」


「いいや。武術の腕は確かなものだと聞く。留学していたアメンの街で起きた反乱を、彼は帝国兵を率いて少数ですぐさま鎮圧させたとも聞く……将としての才も、皇族としてのカリスマもあると思うよ。美男子だしね」


「顔見知りなのかよ」


「お互いの顔と名前は知っているぐらいだ。仲が良いというわけでもない……彼は、思えば『新しい派閥』を作りたがっていたようにも思えるよ」


「ユアンダートの有能な侵略師団の将軍たちではないものか……父親の権力をそのままでは継ぎたくないとでも言うのか?」


「若者らしい反抗心から来るようなものだけではないだろう。もっと、生々しい政争に由来するものかもしれない。彼も個人ではいられず、実に多くの人々の感情の受け皿さ。良くも悪くも」


「帝国人の敵は、帝国人か。貴族社会でも同じなわけだ」


「その通り。巨大になり過ぎた帝国では、利権を巡る対立も激しくなっている。力をつけすぎた貴族もいれば、メイウェイのような庶出の天才が帝国軍の実権を掌握しつつもある。さらには、軍と癒着した商人や錬金術師たちも、派閥を作っている」


「皇太子レヴェータとやらは、権力を皇帝一族に取り戻したいのか?……お前のような既存の英雄に頼れば、権力は分散されることになる」


「そんな考えもあるのかもしれない。殿下は、皇帝ユアンダート陛下と対立しているわけでもない。陛下も、おそらく内心ではファリス家に権力を集中させたいとは願っているだろうからね」


「……それで、レヴェータは『古王朝』ゆかりの品を集めて、何をしたがっている?」


「古い王家の『歴史』を集めることで、その正当な継承者であるように振る舞う行いをヒトは好むじゃないかね」


「そういう趣味の貴族たちを束ねようとしているのか」


「悪くない方針かもしれない。『古王朝のカルト』には、胡散臭くも神秘的な儀式があるというからね」




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