第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その18
「……オレ、大活躍する予定だったんだ」
二本の剣を背中の鞘に収めながら、ギュスターブ・リコッドは語る。返り血にまみれた顔を左腕で拭きつつな。
「活躍しただろ?」
「全員が、二人ずつ仕留めた。目立った活躍じゃない。面目は保てたというレベルじゃないか」
グラーセス王国最強の剣士はプライドが高いな。若さは、誇り高さを呼ぶのだろうか。だが、欲張りすぎだ。この面子のなかで飛び抜けた戦功をあげることなんて、ちょっと不可能だろうよ。
理想の自分になれなかったギュスターブは、砂漠を見つめていたな。遠い目で。落ち込んでいるってほどではないさ。こうなるなら、花を持たせてやっても良かったかもしれないが―――いや、若者を甘えさせることは堕落を招く。
試練を与えてやるほど、ギュスターブは輝くタイプの男であるような気もするからな。
「……いい動きをしていたぜ。あれなら、右か左か来るか分からない。初見なら、オレでも防ぎきれなかったかもな」
「あ。サー・ストラウスに新技見られていたか。もう、組み手しても効きそうにない」
「ククク!そうだな、防ぎ方はまだ見つけていないが、アレを仕掛けて来たら突きで崩そうと思うぜ」
「……やっぱり、そういう動きには弱いか」
「完璧な技巧など、ないものだ。だが、初めて見る相手には、完全にハメられる。ジグザクに走りながら仕掛ければ、かなり強いぜ……縦に間合いを取られて、歩幅を見切られるとマズいがな」
「……なんか、サー・ストラウスには絶対に効かないような気がするぞ。強打の峰打ちで、鼻の骨とか折られそうな気がするんだ」
「オレに仕掛けなくてもいい。敵に仕掛けろ。より洗練すれば、その先も見えてくるだろうよ」
「……前向きに考えるとするか」
「砂漠での戦いは完璧以上に仕上げたんだ。戦場で斬り裂きまくれ、あの飛びかかる竜巻でな」
「飛びかかる竜巻か。うん。外から見ると、そんなイメージか」
男の子は自分が編み出した技巧に、カッコいい呼び名がつくと燃えるもんだよな。もちろん、グラーセス王国の最強剣士もその例外ではない。どこか得意げに、フフフ、と笑っているな。
女子には、こういう顔見られると不細工すぎて気持ち悪がられることもあるが、同じ野郎として生まれたオレには、ギュスターブの笑顔を受け入れてやることが出来た。男は何才になってもカッコつけたいもんだよなぁ……。
「ストラウス卿」
不細工スマイルを晒しているギュスターブを見つつ、腕組みしながらうなずいているとラシードがやって来たよ。ラシードは血のついた荷物を巨人族の大きな手に掴んでいた。
「……スマン。仕事をサボっちまっていたな」
「いや。かまわない……これを見てくれ」
「ああ。何だ……?」
荷物の中からスクロールを見つける。巻物にされた羊皮紙だな……命令書が記されているのか。さてと、その内容は―――。
―――南の『古神殿』は『黒羊の旅団』に依頼している。我々、伯爵騎士団のすべきことは、盗人の巨人族どもに奪われた『秘宝』を見つけ出すことにある。
古王朝の秘術を回収することは、皇太子殿下への大きな手土産となる。伯爵騎士団は彼の帝位継承を後押しすべきだ。
コランドルのアルノア家が、次世代の皇帝陛下とのあいだに強い絆を作り上げることは最優先すべき事項の一つであることは言うまでもない。
騎士ロビン・マーデルフよ。コランドルの名家として、伯爵騎士団の一員として、盗まれた秘術を探すことは、あらゆる任務の最中でも付随し続ける事項である。
必ずや見つけ出せ。
本命は盗人たちが作り出した『太陽の目』……蛇神を信じる『カムラン寺院』の異教徒どもの巣窟であろう。だが、あらゆる場所を探す必要がる。ガミン王のコレクションさえも、この土地では行方知れずだというのだから―――。
「……ふむ。帝国のヤツら、何かを探しているというわけか」
「そうらしい」
ラシードはそう言いつつ、オレが先ほど斬り殺したばかりの若騎士の死体を探っているな。
「何か持っているか?」
「いいや……めぼしいものは見当たらない。少しばかりの銀貨と金貨、家紋の入った指輪に……薬液の入った瓶。血止めのようだな……それに……ふむ。麻薬か」
乾燥させた植物片だった。そいつを紐で結んだものだな。ラシードは麻薬が好きじゃ無いようだ。それを指で引き千切りながら、砂漠に捨ててしまった。
良心的な行いだな。
オレも麻薬は好きじゃない。若い騎士は、アレを遊びに使っていたのか、死の恐怖や痛みを克服するために用意していたのか……もしくは、過酷な任務をこなすための邪悪な薬として使うつもりだったのか。
麻薬を嗅ぎながら、死にそうな強行軍をこなすヤツらもいなくはない。やがて廃人となる末路だとしてもな。薬漬けの狂戦士……アリューバでもいたぜ。帝国の騎士のあいだにも、麻薬は流行しているのか?敵ではあるが、あの若騎士は騎士道に生きて死んだ男だ。そうであっては欲しくないと感じる。
オレが斬り殺した死体を見る……若者は血の海に沈んでいるな。不名誉な死ではないからか、あの若者の怨霊が左眼に映ることはない。呪いの痕跡もなさそうだ……よく死んでる。
……何であれ、今はどうでもいいことか。麻薬を使っていようが使っていまいが、そんなことはどうでもいいさ。
オレは『古王朝の秘術』とやらに興味を惹かれている。
「秘術ってのは、どんなものだろうな?」
「分からない。あまりそういったものについては疎くてな……」
「そうか」
「ストラウス卿は?」
「専門外だな。こういうことに詳しそうなオットー・ノーランは、今ごろ北海が見える土地にいるはずだ」
「それは、少しばかり遠いな」
「ああ……だが、ちょっと、コイツは気になるな」
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