第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その17


 竜太刀を立てる。若い騎士も、それに倣うように長剣を立てて返す。


「我が名はソルジェ・ストラウス。『パンジャール猟兵団』の団長であり、ガルーナ最後の竜騎士。『自由同盟』とドゥーニア姫のために剣を振るう者でもある」


「……多くに仕えているのか」


「騎士道とは忠誠の道ではあるが、それは主君に対してのみのものではない。『正義』に対しての忠節こそが重きを置くべきものだ。オレの『正義』は、いつも同じ方向を向いている。剣を捧げる相手もそうだ」


「反帝国か。人間族のくせに、人間族の敵となるのか?」


「共存することが理想だ」


「あり得ないよ。そんなことを、誰が成せたという!?」


「北方諸国にはちょくちょくある。ガルーナも『ベイゼンハウド』も、アリューバ半島でも、そしてルード王国もそうだ。人種が共存している国家など、珍しいものではない」


「少数であることには違いがないはずだ……」


「確かに、それは認める。だが、不可能なことでないことを、証明している。あとは、帝国を倒し、オレの『正義』を実現させればいいだけのことだ」


「……ハハハ!辺境の国で幾つかの戦に勝ったところで、帝国を倒せるとでも?」


「倒せるな。帝国は、弱くなっている。猛将どもを失い、亜人種の戦士を戦に使わなくなっている。弱体化しているし、戦線を広げすぎている。オレたちの連勝は、帝国の衰退を示す明確な証拠でもあるんだよ」


「……我が帝国は、千年の輝きを放つ!!」


「させんよ。次の冬を、ユアンダートは越せん。オレが、その首を叩き斬る」


「陛下に対して、無礼な発言をッ!!神にも等しい、この大陸の支配者なのだぞ!!」


「神も殺す。悪神ならば、なおのことだ……長話が過ぎるな。かかってくるがいい。名前を告げてな。弔ってやるほどのヒマはないが、兄弟のために死地へと向かう覚悟をしてみせたこと、オレは評価するぞ」


「……ほざけ」


「記憶するに足らぬ名か?」


「……私の名前は、ロビン・マーデルフ。貴様に斬られた、帝国騎士、マルカスの弟だ」


「そうか。来るがいい、ロビン・マーデルフよ」


「その首、叩き落としてやる!!」


 鋭い踏み込みのまま、若騎士ロビン・マーデルフが斬り込んでくる。竜太刀でその一刀を受ける。鋼が震え、甲高い歌を放ち、火花は踊った。ロビンの顔は曇っていたよ。強さの差を悟ったようだ。


「くそッ!!」


 舌打ちしながらも、退くことはなかった。兄弟の弔いのために?……あるいは、マーデルフ一族の名誉のために、怨敵に背を向けることはロビンの騎士道にはないようだ。全身を使い、押し込んでくる。受け流すのではなく、力で押し返してやることで距離を生んだ。


 マーデルフ一族の太刀筋は、速さを重視するようだ。軽さを求めてか、騎士剣には彫り込みが多い。肉抜きされた剣は、かなりの技巧によって華麗な連続突きに形を変えた。


 竜太刀により、その三連続の突きを打ち払い、オレは踏み込んだ。


「っ!?」


 剣術の間合いに慣れすぎているな、それは時に悪癖ともなるものだ。素晴らしい道場剣術だが、戦場の荒さを持つ剣には劣る部分もある。突きや斬撃だけではない、白兵戦の場では、剣術は当て身も有効だ。


 力と速さと、そして体格で勝るオレの体重を込めた、かち上げるようなタックル。それを喰らうと、マーデルフ一族の若騎士は大きく重心を崩していた。遊んでいるわけではなく、ただ冷静に弱点を効率的に突いた。本気で殺しにかかっている。


 騎士が決闘を仕掛けてくることの重さを、オレは軽んじない。徹底的に潰す。手抜きはない。体勢を押し崩してやった直後に、竜太刀による横薙ぎの斬撃を叩き込む。若騎士はよく対応した。剣を操り、受け止めようとするが……こちらは断刀の技巧を使う。


 受け止めるために動かした重心と筋力を、力尽くの動きで剪断力に変えてやるのさ。肉を抜いて軽量化した剣は攻撃には向く。だが、当然ながらこういったシチュエーションでは脆さも出る。切れ味や動かしやすさよりも、折られぬ頑丈さを重視すべきではある。


 ガキイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!


 帝国騎士の剣は折られて、少年のあどけなさを残す顔は引きつっていた。容赦なく殺すための斬撃を放つ。当然のことだ。少年の顔は引きつりながら逃げたが、足りなかった。遅くはない。十分な速さだ。しかし、如何ともしがたい実力差があるため、少年は斬首の一刀を完全には回避することはできなかった。


 手加減はしていない。即死を免れたのは、この若騎士が行って来た幼い頃からの鍛錬のおかげだ。だが、首に斬撃は当たっている。左の頸動脈をかすめた。大量の出血が始まる。


 呻く声を噛み殺しながら、少年の手が斬られた首に向かう……温かい命が自分の身体から抜け落ちていくことを理解した。顔が引きつる。オレは、少しばかし温情をくれてやることを選んだ。


「……気を抜くな。死を覚悟したなら、斬りかかりながら死ね。それが、騎士らしさというものだ」


 言葉を返ってこなかった。無礼な若者というわけではなく、ただそれを返す力もなかったのだ。だが、若騎士は前進し、剣を振り抜くことで、オレと対話を成したよ。死に行く者にしては、上等すぎる前進。


 剣を折られたぐらいで怯むべきではない。折れた剣でも突き立てればいい。相手の首を掻き切りやすくもなっている。騎士ならば、最後まで見事にあがけばいいのだ。勝利を目指した動きを、オレは受けてやることはない。


 真剣勝負だからな。


 若者の腹を斬り裂きながら、駆け抜けていたよ。背骨さえも斬る感触を得られたほどの深手だ。腹の奥にある太い大動脈をも斬り裂いているということだ。断ち斬られた腹直筋は、体を支えることは不可能となり、振り向くことさえ出来なくなる。


「……強い……な―――」


「―――君の兄上を斬るほどの腕前だからな」


「……兄さんは…………剣の腕より……槍が……得意だったんだ―――」


「そうか」


 返事は二度とない。首と腹からの大量出血のせいで、騎士ロビン・マーデルフは死の闇にその意識を塗りつぶされていた。崩れ落ちる。『イルカルラ砂漠』の砂は、その赤い色をより深めていくことだろう。


 死に絶えた若者から視線を外し、赤く染まった竜太刀を一振りして刃を銀色に戻す。戦いは、すでに終わろうとしている。ゼファーが二人目の帝国騎兵に喰らいつき、ギュスターブも二人目を仕留めている。


 アインウルフは、全滅を悟りこの場から逃げ去ろうとしている騎兵に追いつくと、その側面に並び、斬撃と馬による体当たりを完全に連動させた見事な一撃で、帝国兵を斬り捨てていた。


 10人の敵は、こうして全滅したわけだ。オレたちは、無傷なままな。即席チームではあるが、なかなかいい連携をしていたということだ。効率的に、短時間で敵を仕留め終わったわけだからな。




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