第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その90
ゼファーの背にいる男たちは、無言を貫いている。顔を黒い布で隠したままな。オレがフォローしてやるべきだな。
「高貴な女性と語らうことが苦手な二人だ。無礼のための無愛想ではないことを、許してやれ」
「ええ。それは構わないわ。よろしくね、二人とも」
「……」
「……」
無言のまま、ゼファーの上の二人の戦士たちは片腕をあげて挨拶を行っていたよ。なかなか、困らせてしまっているかもな。だが、この二人のキャリアを考えれば、メイウェイとの取引の場に連れて行くことは愚策でもないだろう。
ガンダラは詳細を伝えなくても、察知するだろう。オレが企むようなことは、賢い巨人ガンダラさんにはバレているんだよ。
「サー・ストラウス、どこに行くんだ?」
砂漠と格闘していたギュスターブ・リコッドが、こちらに駆け足を緩めながらやって来る。体中が砂まみれになっているが、その顔にはどこか達成感があるように見えた。短時間の特訓だったが、それなりに得るものがあったようだ。
「メイウェイに会いに行く」
「殺すのか?……いや、ああ、誘拐しに行くのか?」
「……秘密だが、メイウェイに『イルカルラ血盟団』と共闘しないかと誘いに行く」
「……はあああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」
ギュスターブ・リコッドは素直な人間だよ。この絶叫を浴びていると、どうにもオレの意地悪なハートが落ち着きを取り戻していた。
「ほ、本当なのか、サー・ストラウス!?」
「本当だ。こちらのドゥーニア姫の希望だ」
「敵の敵と組む。共通の敵を倒すためにだ。それは、弱者らしくもある合理的な作戦だとは思わないかしら?」
巨人族であり背の高いドゥーニア姫は、ドワーフの屈強な戦士を見下ろしながら説明する。ロジックとしては、正しい、そいつをな。
「……いや。でも、そうだとしても……それでいいのか?」
「それしかないからね」
「……そうか。まあ、そうなのかもしれない……でも、よくサー・ストラウスがそんな作戦を許したな?」
「オレに決定権はない。『メイガーロフ』のことは、『メイガーロフ人』である彼女が決めることだ。それに、メイウェイが『イルカルラ血盟団』と組めば、それ以後、メイウェイが帝国に戻る道は断たれる」
「だろうな。今の時点で、裏切り者扱いされて攻められているってのに。本気で裏切ることになる……でも、それって、有るのか?」
軽率なギュスターブは、この場で誰よりもメイウェイに詳しいであろうゼファーの背にいる人間族の中年紳士の方を見た。ドゥーニア姫は、ギュスターブの視線であらゆることを察知するほどには、冷静ではなかった。
メイウェイに代わり、ギュスターブの質問にはドゥーニア姫が答えていた。
「有りよ。そうなるように、脅す」
「脅す?……ヤツは、肝っ玉が据わってそうだぜ、お姫さまよ?出来るのかい?」
「出来るわ。もしも、出来なかったときは、メイウェイとも戦う。勝率が落ちることになる。だから、ドワーフさんが『パンジャール猟兵団』の戦士だというのなら、私の交渉が成功することを願っておくべきね」
「……そうか。サー・ストラウス、オレも行った方がいいか?それとも、修行していた方がいいか?」
「修行しておけ。お前のおかげで、オレはすでに落ち着いたよ」
「……オレ、何もしていないんだが。でも、役に立てたのなら、良いことだ」
「砂漠に慣れておくといい。すぐに戦になる……おそらく、砂漠と斜面も使うことになるぞ」
「……サー・ストラウスに遅れを取った戦場だな。任せておけ、屈辱は、オレの力を磨いてくれる。それじゃあ、もう少し鍛えておく」
双剣を抜き放ち、ギュスターブ・リコッドは砂を蹴って鋼の旋風へと化けた。ドワーフ・スピン。100%とは言わないが、かなり砂の上でも踊れているな。普段よりも、ブーツの底を広く使っているのがコツだ。摩擦を作り出そうと考えているらしい。
風を鋼が斬り裂く音が響く……いい音だ。アルノアの兵士どもを、安っぽい鎧ごと斬れる威力は十分に備わっている。
「いい剣さばき。『大穴集落』のドワーフより、速く回っているかも?」
「そうだろうさ。でも、まだまだだ!オレは、まだ砂に慣れちゃいないからな!!」
ギュスターブは何度も、回転しながら鋼と共に踊るのだ。速く回りすぎていることに、ギュスターブは不満を持っている。スピードだけではないからな、武術というものは、遅さが帯びる重さや堅固さも必要なことがあるものだ。
探求者の顔に汗を輝かせながら、鋼の竜巻は砂の上にステップの軌跡を刻み続けていた。
「ドゥーニア姫よ、邪魔しては悪い。竜の背に乗れ」
「分かった。いい動きだから、つい見とれてしまった。私も、あれだけ速い剣舞を使えるようになりたい」
「ドワーフの回転剣舞をマネすることは、君の体格でも出来る。オレがやれているんだからな」
似たような身長をしているからな。オレの方がやや高いだけだ。オレより姫の方が身軽な分、スピン系の技巧を使うことに適した面もある。
「……今度、ご教授を願いたいものだ」
「戦に勝って時間を作ろう。そうすれば、帝国と戦う同志に、奥義の一つでも授けてやれるぞ」
「魅力的な言葉だ。じゃあ、竜に乗るわ。どこに乗ればいい?」
「ガンダラの前だ。ガンダラ!」
「ええ」
副官一号殿は、オレが言わんとすることを察してくれる。ラシードとアインウルフの前に、ガンダラが座っていた。二人とは離しておくべきだからな。とくに、ラシードに関しては、正体を見破られる危険性がある。
ガンダラはその身を遮蔽物にして、ラシードとアインウルフを姫君の視線と洞察から隠そうとしてくれているのさ。
「ドゥーニア姫、こちらへどうぞ」
「分かった」
長い脚を軽やかに動かして、ドゥーニア姫をゼファーの背へと飛んでいた。豹のようにしなやかな動きだったよ。スピードと力のどちらをも感じさせる動き。
……縦の動きに長けている者の動きだとも気づけたよ。長大な曲刀と、長いリーチを使い、彼女は踏み込みながら断首の軌道で鋼を放つことに長けていそうだが、ドワーフ・スピンのような横の動きは経験値不足かもしれないな。
その理由は分かる。彼女は、幼い頃から武術を学んできたわけではない。戦場流の動きしか学べなかったため、基礎の技巧には粗があるってわけだ。
「鍛え甲斐がありそうだ」
そう言いながらゼファーの背に跳び乗り、オレはカミラの手を取ると、腕と脚のあいだに彼女を招いていたよ。
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