第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その89


「では、行くとしよう……君は護衛を選ぶか?」


「そなたがいるな、私の護衛には」


「光栄な言葉だが……」


「皆が疲れている。一人でも多く、可能な限り休ませたい。メイウェイと同盟が結べたとしても、結べなかったとしても、どうせすぐに戦になる」


 メイウェイと組みアルノア軍と戦うか、あるいはメイウェイ軍を攻撃して潰すか、そういうことになる……。


 ……砂漠に隊列を組んだまま座り込んでいる『イルカルラ血盟団』の戦士たちを見た。当然ながら疲れてはいるようだ。肉体的にというよりも、精神的に疲れている者も多いのかもしれない。


「……メイウェイと協力することを、彼らは喜ぶのか?」


「喜びはないかもしれないが、納得はするだろう。メイウェイよりもアルノアの方が脅威なことぐらい、誰もが理解しているさ」


「クールだな」


 ……オレも大人にならなくてはいけないらしい。敵の敵は、味方かもしれない。少なくとも、敵の敵ではあるのだからな、期待してみようじゃないか。メイウェイの軍事的な手腕が優れていることは、十分に理解させられたしな。


 有能だよ。


 騎兵を操る指揮は見事なものだ。『家族』のように心が通じ合った古強者同士だからの強さでもあるのだろうがな。どんな軍勢を率いたとしても、実力を十二分に発揮させるぐらいの手腕を持っているだろうよ。


 ……そうだというのに、この抵抗感だぜ。まったく、大人になるということは難しい。オレよりも若いドゥーニア姫が、それをしているのだから、オレもプライドにかけてガマンしようかね。


 敵の敵と協力する。そうだ、至極、一般的な戦術のひとつじゃないか?


「……護衛はオレたちだけでいいんだな?」


「そうだ。そなたは、連れて行きたい者がいるのか?」


「いる。おい!ガンダラ!……こっちに来てくれ!!」


「ええ。分かりました」


 ガンダラを呼んだよ。馬に乗った巨人族の副官一号殿が、オレの目の前にやって来た。ヒヒンと鼻を鳴らす馬から、長い脚を風車の羽根みたいに大きく振り回しながら降りてくる。


「……メイウェイを同盟に誘いに行くのですかな?」


「さすがだな、ガンダラよ」


「本当ね。耳が良かったわけじゃないわよね?」


「巨人族の耳は、ヒトのなかでも平均的な能力に過ぎませんよ。ただの予測です。『自由同盟』と組みたがらないドゥーニア殿には、多くの選択肢は残されてはいません。アルノアの軍勢と戦うためには、追い詰められたメイウェイを利用するしか思いつきませんな」


 ガンダラの言葉に、ドゥーニア姫はおどけたように肩をすくめる。その表情はそれほど笑えてはいなかったがな。


「……こうもあっさりと腹の中を読まれると、愚か者になってしまった気がするわ」


「賢い行動ですよ。誰でも選べるような道ではありません」


「たしかにな。オレでは、自力で言い出せなかっただろう」


「それも、課題ですな」


 ガンダラの言葉が、小さく、そして確かな鋭さを持ったまま、心に突き刺さって来やがったよ。


 課題。そうかもな。ガンダラは、オレをアホな野蛮人よりも少しばかり洗練されたヤツにしようと考えているところがある。『敵』をも駒として使えるような、そういう器量を得なければ……ガルーナ王になることも、帝国を打倒することも難しいかもしれん。


 分かっちゃいるが、そいつは、どこか自分の魂が濁ってしまうような行いに思えている。ガルーナ人にとって、それはなかなかに苦しいことだ。もっと単純な世界を、オレたちは好んでいたのだから。


 ……だが、いいさ。今は、猟兵としての矜持に従って行動するとしよう。オレたちは雇われたのだ、ドゥーニア姫にな。


「お供はガンダラ殿だけでいいのか?」


「いや。カミラも来てくれ」


「はい!がんばるっす!」


 もしも交渉がこじれてしまった時には、カミラの『コウモリ』の力を借りなくてはならない事態になるかもしれんからな。


 ああ……そういう物騒な展開を、心のどこかで期待してしまっている自分がいる。


 いかんな。


 雑念を振り払うべきだ。


 両の手のひらで、左右の頬肉を叩いてみた。


「ソルジェさま?」


「……団長、もっと強い打撃が必要なら、私の手を貸しますが?」


「いらん。残りのメンバーは……ラシードと……マルだ」


「ラシードと……マル?」


 咄嗟に、マルって呼んじまったな。マルケス・アインウルフのことを。アインウルフと呼ぶわけにはいかんしな……まあ、いいさ。偽名なんて、そんなものでいいだろう。


「竜の背にいる二人だ。オレの部下になる」


「ふむ……巨人族の男と、人間族か?」


「そうだな。ああ、ジロジロ見てやるな。どちらも妻帯者だ。美しい姫君の視線は、彼らには酷なのだから」


「……ふむ。そうか……」


 気がついてはいないだろう。ラシードとアインウルフの正体にはな。気づけば、もっと混乱しそうなものだが、ドゥーニア姫は落ち着いている。いや、落ち着こうとしている、というのが正確なところだ。


 『イルカルラ血盟団』の姫君は、これから自分がすることになっている大きな交渉に集中力を注いでいる。竜の背にいる、傭兵たちを気にすることが出来るような余裕なんてものは、どこにもないのさ。


「……では、オレについて来てくれ、ドゥーニア姫。ゼファーに……オレの竜のもとへと行くぞ」


「分かったわ。竜ね……」


「緊張するな。見ての通り、とても愛らしい生き物だ」


「……竜騎士って、全員、こんな感じなのかしら?」


『あー。『どーじぇ』、おでかけするの?』


「そうだ。お出かけするんだよ」


 ゼファーが砂を蹴散らした、オレたちの方へと走ってくる。ドゥーニア姫は驚くことはなかったな。さすがに、肝が据わっているようだ。


「ゼファー、彼女がドゥーニア姫だ」


『うん。どぅーにあ、はじめまして!ぼくのなまえは、ぜふぁーだよ!』


 ゼファーはその鼻先を、美しい砂漠の戦姫の前に差し出すのさ。


 姫君は、少しばかりの時間を置いて、ニヤリと笑い、ゼファーの鼻先をその優雅さを持つ長い指で撫でてやるのさ。


「よろしくね。ゼファー。私は、ドゥーニアよ」


『うん。よろくしくねー、どぅーにあー!』




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