第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その74
メイウェイ指揮下のベテラン騎兵の威力と、メイウェイの話術がアルノアについた若者どもに迷いを生んでいた。誰もが完全な納得と理解をしている状態ではないのだろう、メイウェイ不在につけ込む形でアルノアとそのシンパが軍を掠め取ろうとしただけだ。
アルノア軍は混乱してしまっていたよ。
「アルノア伯爵はどこだ!!指揮官を気取るのであれば、正々堂々と私の前に出て来い!この軍事行動の正当性を主張してみるがいい!!帝国軍は帝国臣民の所有物だ!!それを独断のもとに不正に動かしたとなれば、盗人と同じ行い!!大罪である!!」
……帝国人ってのは、何だかんだで法律に弱い。蛮族の『掟』よりも、それらは選択の余地の少ないものであり、それがあるから莫大な数の民衆を統治することが可能となるものだ。
法の正当性を求めることは、帝国人には重要な行いであり、アルノアとその軍には皆無なものであった。
「私を亡き者にしたところで、帝国の法律は変えられんぞ!!首謀者も、それに荷担した者たちにも罰が下されるだろう!!それは将官にも兵士にも及ぶ罪過となる!!帝国への貢献と忠誠で得たものの全てが、諸君らの手からこぼれ落ちることになるだろう!!」
「そ、そんな……ッ」
「違うんですよ、大佐!!お、オレ、オレたち、よく分からないまま、出撃するってハナシになっちまってたんです!!」
「アルノア伯爵に、騙されただけなんですよ……っ」
「ならば武器を下ろせ!!帝国軍の兵士である諸君らが、指揮官である私に道を開けることは正しい行動だ!!」
「りょ、了解!!」
「イエス・サー!!」
「攻撃姿勢を解除してもいいんですよね、小隊長?」
「……オレに訊くな……ッ。指揮系統が、混乱しているのだ」
メイウェイは部下をよく知っている。反乱していた兵士どもの半数近くがメイウェイの声を聞くことで行動を抑止されてしまっていた。だからこそ、本陣に飛び込んだ少数の騎兵がまだ戦えている。
……だが。全員ではない。軍団の25%ぐらいはメイウェイを支持している感情があるらしいが、25%は混乱して様子見……残りの50%に関して言及するのなら、連中はメイウェイの言葉と古強者どもの威力を見せられた今となっても敵意を失ってはいない。
「『ラーシャール』の殲滅は、皇帝陛下の勅命だ!!『蛮族連合』どもとの戦いに備え、この『メイガーロフ』の地ならしをせねばならん!!」
「そうだ!!メイウェイ大佐は亜人種びいきだ!!『蛮族連合』を『メイガーロフ』に引き入れるつもりかもしれんぞ!!」
「国内の亜人種を始末しなければ、我々は内外からヤツらの攻撃されることになるだろうが!!」
「亜人種びいきに従っていたら、オレたちは亜人種どもに嬲り殺しにされるぞ!!」
「『ラーシャール』を攻撃する我々を止めようとすることこそ、ファリス帝国に対する裏切り行為ですぞ、メイウェイ大佐ッッッ!!!」
『正義』は政治的なところもあるものだ。政治である以上、万人が納得するための公正極まるロジックで保証される必要はないってワケさ。
『自由同盟』と戦うにあたって、この反論した兵士どもの『正義』に一定の正しさが無いわけではないのだ。
違法であろうが、脱法であろうが、アルノアと同様に『メイガーロフ』国内の亜人種を脅威だと考え、それを排除しようとしている人間族第一主義の主義者どもは大勢いるんだよ。
そのロジックをオレは認めることなど出来ないが―――帝国人の若者どもは、その考え方を好みもしていた。『正義』は色々とある。オレの『正義』の反対の『正義』もあるってことだ。
……なあ、メイウェイよ。
お前の『正義』は、誰のものだ?……帝国の法律か?帝国の権力である皇帝にあるのか?議会が作った文章があれば、揺らぐ『正義』を信じるのか?……人間族の劣等感を満たしてくれる差別と虐殺を行う権力者に、お前は鍛え上げた槍の冴えと馬術を捧げるのかね。
……50%は敵のままだ。その現実を、『若者どもが亜人種との共存を拒絶している』という現実を、お前はどう受け止める?……予想していたよりも……いいや、期待していたよりも、この憎しみは少ないのか?それとも多いのか?
「裏切り者を殺せ!!」
「この大陸を、女神イースの名の下に、人間族のみで統一し運営するのだ!!」
「人間族による、人間族のための、人間族だけの大陸こそが、最も美しい世界なのだ!!それこそが、女神イースと、ファリス帝国の進むべき道なのだ!!」
「亜人種びいきの老害どもを、排除するぞ!!世界には、人間族のみで良い!!それこそが慈悲にあふれた美しい世界に他ならんのだ!!」
……ああ。帝国人の『正義』に衝動されて、帝国人の市民権が欲しいガキどもが鋼を手にしてメイウェイの軍勢を押し止めようと暴れていく。それは『正義』に酔いしれた戦士にしか出来ん捨て身の威力でもあった。
迷っちゃいない。
ユアンダートの人間族第一主義の正しさを、帝国軍のガキどもは一切の疑いも持つことなく『正義』だと信じ、そのために命がけで腕っこきの古強者どもに挑んでいやがるのさ。
自分たちの命で理想を築くのだと言わんばかりの突撃は、未熟ではあるが、暴力としての性能はそれなりにあった。騎兵に向けて矢が放たれる。誤射も恐れぬ愚昧な純粋は、同士討ちと敵の死を作り上げていく。
槍に貫かれても、剣で馬を斬りつけていった。『正義』に殉ずる覚悟を決めた兵士は、技巧の差でも止められないことがある。
メイウェイの説得も限界ではあった。亜人種への攻撃を望まないメイウェイという男の居場所は、そもそも帝国人の社会には無かったのだ。
法律よりも『正義』が強いことはあるもんだ。
ヒトに命を張らせる理由に、羊皮紙に書いた文言よりも、自分の感情が好む『正義』ってのが勝ったとしても、そこには何の不思議もないじゃないか……?
メイウェイの頼るべき法律は、その力を崩していく。亜人種への憎しみが、帝国人になりたいガキどもの闘志に火をつけ始めていた。メイウェイは、部下たちを知っているはずだ。
この結末も予想していたんじゃないか?……卑怯者のアルノアが名乗り出てくることが無いってこともな。そんな勇敢さが爆発しているようなバカは好きだが、あまり多数派ではない。
……訴えたかったか。というよりも、信じたかったのかもしれん。
亜人種への憎しみの深さを、アインウルフと共に亜人種の戦士たちと隊伍を組んで戦ってきたお前たちは、克服することが可能な深さだと信じたかったのかもしれないな。だが、残念ながら、帝国人の価値観は、お前が期待していたよりも、ずっと亜人種への憎悪が強い。
「メイウェイを殺せえええええ!!」
「亜人種びいきを許すなああああああ!!」
「あの男は、ファリス帝国の敵だぞおおおおおおお!!」
……もはや、アルノアを討てたところで、メイウェイはこの軍勢を掌握することは出来ないかもしれん。メイウェイの『正義』は、帝国と袂を分かっているのだから。
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