第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その75


 戦場を支配するのは悪意だった。いつものように。


 メイウェイに挑むことを選んだガキどもは、自らの『正義』を実行するために鋼を振り回している。未熟な動きではあったが、それでも数の多さが戦況を掌握し始めていた。


 潮時のはずだぜ、メイウェイ。このまま、あっさりと勝てるとは思っていなかっただろう。半分の帝国兵どもの動きが鈍っているあいだじゃあるんだがな……退くには、そろそろ頃合いだ。


 ……問題は、ヤツのモチベーションか。アルノアに捕らえられるつもりか?……顔なじみの仲間たちと、このまま最後まで抗うのも悪くはないだろうが……。


 メイウェイの古強者どもたちの体力も、そろそろ限界だ。乱れて混沌としてきた隊列ではあるが、練度の高い重装歩兵たちだけは別だな。ヤツらは規律高く動き、騎兵を伴いながら、包囲網を完成させつつある……。


 突撃しなかったメイウェイ軍の残りは、『ラーシャール』へと向けて機動している。アルノア軍の騎兵を本隊からは引き離して、本隊から遠ざけることには成功している。そいつは作戦だろうな……逃げ道はある。作ってくれようとしている。


 ……だが、メイウェイは動きを見せていないな。


 あきらめるつもりか?……帝国軍の消耗を防ぐために、自身をアルノアに差し出すつもりだろうか?


『……『どーじぇ』、あいつ、うごかないよ?このままだと、あいつ、かこまれてやられちゃうね』


「ああ。それを願っているのかもしれん。意地は見せたと満足しているのかもな。だが、それではつまらん……」


 ……ああ、どうやらオレは期待しているようだ。メイウェイという男が、ユアンダートの『正義』に反することにな。


 メイウェイは奮戦しながらも、答えを出したようだった。兜をかなぐり捨てて、自分に近づこうとしていたアルノアの兵士に投げつけていた。焦げ茶色の猫毛気味の髪の下には、汗まみれで疲れ切っている中年男の貌がある。


 ランドロウ・メイウェイは空にいるオレたちを睨み、歯を食いしめた面をしやがったな。オレたちの介入で事態がややこしくなったとでも考えているのかもしれん。まあ、その要素はある。


 オレたちがプレッシャーを与えなければ、睨み合ったまま衝突は起きなかったかもしれない。この戦いはメイウェイには不本意なことではあるだろうからな。帝国軍の消耗を望んだオレたちが引き起こした衝突じゃある。


 だが、どうあれ、こうなる運命ではあったのさ。


 ユアンダートはアルノアを支持している。帝国人の若いヤツらも、人間族第一主義を好んではいるのだからな。


 いずれはアルノアはお前とお前の部下を襲っていたさ。


 ……それもまた理解しているのだろう。オレたちを長く見つめることはない。すぐさま地上にある帝国人同士の戦いを見つめなおしていた。メイウェイにとって、目の前にある現実は否定したいものだったのかもしれない。


 ……不条理だと見えたのか、それとも失望していたのか。


 どちらかは本人以外の誰にも分かることはない。何であれ、乱世に生きる自我の強い男の一人として、ヤツにもまた決断しなくてはならない状況だった。メイウェイの仲間たちが『ラーシャール』への逃げ道を確保し続けるのも限界だ。


「……皇帝陛下よ!!……私の仕事が気に食わなかったか!?私は帝国に尽くした!!亜人種の多い国に、私を太守としての任を与えたのは、安定した国造りを望まれたからだったはずだ!!……アルノア伯爵に、何が出来るというのだ!!己の欲望のために、『ラクタパクシャ』を作り、帝国の商人まで虐殺している男だ!!」


「ら、『ラクタパクシャ』……っ!?」


「ほ、本当なのですか、大佐……!?」


 若い兵士どもは知らないようだ。当然だったな。アルノアが隠して来た事実。この決起を開始させることになった原因の一つじゃある。アルノアにとって政治的なアキレス腱。メイウェイは、その事実を兵士らに公表することで何かを得ようとしていたな。


「真実だ!!私の仕事を阻むためか、私の評価を落として太守の座を奪う方便にしようとしたのかは分からない!!だが、アルノアは伯爵位にある貴族にもかかわらず、帝国市民権を持った商人らを殺したのだ!!傭兵を雇い、『ラクタパクシャ』を使うことでな!!」


「で、でたらめでは!?」


「帝国貴族が、そんなことを……」


「証拠の一つは南へと早馬で送っている!アルノア伯爵の野心は、すぐに白日のもとに明らかとされるだろう!!……アルノアよ!!怯えておくがいい!!お前の地位は、安泰なものではないぞ!!帝国の法は、たとえ皇帝陛下さえも例外なく罰するものだ!!」


 ……法律という建前の上ではそうらしい。しかし、権力者が法律で裁かれることなど、現実にはありえない空想だ。とはいえ、帝国人にとって法律はその空想を信じ込ますほどに重たい。ユアンダートが法で裁かれなかったとしても、アルノアは裁かれるかもしれんな。王と伯爵では、地位が違う。


「その男を黙らせろ!!」


「我らが主君に、ありもせぬ汚名を着せようとする亜人種びいきめ!!」


 身なりの良い騎兵がメイウェイへと向かっていた。アルノアの護衛だろう。近くにアルノアはいるのか?……探して見つけられたら良いのだが、顔も知らんからな。


 だがアルノアの忠臣だというのなら、生かしておくつもりはない。オレはゼファーの背に乗ったまま矢を放ち、その騎兵の一人を射殺した。


「……ッ!!竜が、『蛮族連合』の竜が、メイウェイを守ったぞ!!」


「内通しているのか……っ!?」


「そんな……も、もう何を信じていいのか、分からない……」


 帝国軍は戦いへの意志を失いつつあった。メイウェイは接近して来たアルノアの騎兵目掛けて馬を走らせ、槍の一突きで仕留めてみせた。そして、こちらをまた睨みつける。邪魔したからな。だが、アインウルフとの契約がある。死なせるわけにもいかなくてな。


 こちらを睨み続けるメイウェイのとなりに、腹心と思しき男が馬で駆け寄り、何か言っていたな。メイウェイは、オレから視線を外す。そのまま、メイウェイは馬の頭を北へと向けた。


「……退くぞ!!ここで犬死にしては、名誉を守れん!!」


「了解です!!」


 メイウェイと古強者どもが混沌を極めた戦場を北に向かって撤退を始めた。『ラーシャール』南城門を狙っている。そこを通り、北門から逃げ出そうという作戦だな。砂漠を走るよりは速く移動することが可能だ。


 アルノア軍も同じことが言えるかもしれないが、街の通路は限定的だ。上手いこと詰まらせたら、追っ手から距離を取れもする……あるいは、オレが援護することを期待しているのかもしれないな。


 アインウルフとの契約を知っているハズもないが、オレがアルノアとメイウェイのつぶし合いを望んでいることは理解しているさ。『敵』であるかもしれない駒を利用するってのは、何もオレだけじゃない。メイウェイは、オレ以上には賢い将軍でもあるからな。




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