第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その73


「ひ、ひいいっ!!」


「め、メイウェイ大佐だああッ!!」


「近寄らせるなあ……っ」


「だが……この位置関係では……ッ!!」


「―――行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 栗毛の馬に乗った男……メイウェイは部下に手本を示すかのうように、非情かつ冷徹な突撃を敢行していた。ヤケクソの賭けにすら見えたが、実のところは自信を持ってもいたのだろう。若い弓兵たちが自分への攻撃を躊躇うであろうことをな。


 迎撃の動きが膠着していた。外せば味方に当たるからという、誤射への恐怖もあるだろうし……『メイガーロフ』の太守という帝国にとっての要人を殺す勇気と決意までは、若い帝国兵どもには無かったのさ。


 躊躇った。


 迷い、考え、砂漠の灼熱の風に汗ばむ体が凍りつく。


 メイウェイへ放たれたのはわずかな矢だけであり、それらも命中精度には欠けている。メイウェイの馬が歩法を使い、加速しながらもその軌道を右に左へと大きく揺さぶったことも技巧として回避性能を上げていたな。


 メイウェイは矢の迎撃を受けることなく、アルノア軍の弓兵どもの中へと突入した。加速した騎兵の突撃ほど、歩兵からすれば恐怖を感じるものも少ないものだ。数百キログラムも暴れる剛力の獣に、武術の達人が乗っているのだからな。


「ヒヒイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!」


 荒々しい声で栗毛の馬が歌い、その加速した巨重を宿した脚で帝国兵どもを踏みつぶしていく。


「ぎゅふう!?」


「ぐええ!!」


「私に道を開けろ!!死にたくないのならな!!」


 馬上のメイウェイは槍を振り回し、弓兵どもを叩きのめしていた。苛烈なまでの突撃だった。対騎兵用の長くて重い槍を構えた重装歩兵どもならともかく、弓と剣と軽装の鎧しかない者たちに、騎兵の相手など務まるものじゃない。


 まして、メイウェイ一人ではなく数十人の精鋭騎兵による突撃だ。何人かを押し潰し、叩きのめしながらもその勢いを鈍らせたメイウェイの左右から、軽装騎兵たちが次々と弓兵どもの隊列の中へと突撃していった。


 ……戦術だけなら天才的だと言えるだろう。自軍の動きに敵を誘導しつつも、本命を隠していた。敵陣への道が出来たわずかなタイミングに、えぐり込ませるように少数精鋭の騎兵で蹂躙を行っていく。


 接近して乱戦にさえ持ち込めれば、弓兵は攻撃を封じられて一方的に狩られるだけか。それどころか、メイウェイは弓兵を盾にさえ使っている。アルノア軍の騎兵がその場所に侵入することは難しい。


 同じ帝国軍の装備をした騎兵だからな、どちらに所属しているのかは一目では分からん。弓兵に射られるリスクを考えれば、不用意に近づくことは最も危険な行いでもある。


 メイウェイは電光石火に様々な戦術を放ち、戦況を自軍の有利に作り変えることに成功しやがったわけだ。


 ……腹立たしいほどに、優秀な軍人だな。


 メイウェイの作り上げた状況に、アルノアが対応するには時間が要るだろう。その時間は、数分程度でしかないだろうが……むしろ、その短さこそがベテランぞろいのメイウェイの手勢からすれば有り難いだろう。


 彼らは強いし圧倒的だが―――体力はそう長くは保たないはずだからな。古強者どもは体力を使い切るような勢いで暴れて、弓兵どもを蹴散らしていく。アルノア軍の中心目掛けて、古強者どもの全霊の行進は突き進んでいく。


『あいつ……つよい。じょうずだー』


「ああ。あいつらが、大陸最強の騎兵どもだった連中だ。ベテラン過ぎて、弱くはなっているのだろうが……それでも、あれだけの強さだ」


 感心することを選ぶべきか。帝国人への憎しみよりも、今この瞬間だけは眼下で暴れる戦士らが到達した高みのことを褒めてやろうじゃないか。


「……見ておけ。あの連中は、騎兵がやれる最高の戦術の一つを実行してみせた」


『うん……っ!べんきょーするね、『どーじぇ』!』


「そうだ。オレも、ヤツらの動きをしっかりと目玉に刻みつけておくとしよう」


 騎兵を指揮する日だってありえるからな。オレが目指すのはガルーナの『魔王』。全ての兵科を識り、使いこなせるようにならなければならない。


 天才が実現させた戦術を楽しんでいると、メイウェイが槍を掲げながらアルノアの弓兵どもへと命令していた。ヤツは、話術も使う気だ。


「帝国の同胞たちよ、私に道を開けろ!!帝国軍の規律に従え!!私こそがこの『メイガーロフ』の太守、ランドロウ・メイウェイだッ!!反逆者であるアルノア伯爵は、私の暗殺を計画した!!これはクーデターに他ならん!!武装を解き、私と『ラーシャール』への攻撃を停止しろッ!!」


「し、しかし……ッ!?」


「こ、これは皇帝陛下の勅命だと!?」


「この土地の責任者は私だ!!アルノア伯爵が、いかに陛下と懇意であろうとも、陛下の勅命があったとしても、全ての軍事行動は私の名において実施されるべきである!!アルノア伯爵の命令を聞くことは、諸君らの軍人としての身分を保障しなくなる行いだ!!」


「し、市民権を剥奪されるっていうのかよ!?」


「そんな……っ」


「オレたちは、ど、どうすりゃいいってんだ!?」


 いい話術の使い方だ。敵の動揺を誘っていやがる。心理戦もお手の物というわけか。アルノア軍の弓兵どもは、メイウェイの言葉にも惑わされている。いや、メイウェイの方が正論ではあるのだ。


 クーデターが反乱という行いであり、そいつが軍人からすれば禁忌の行いであることなどは、血気盛んな若者の頭だって理解が出来るほどにシンプルな事実であった。




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