第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その72
前進すべきではないはずだが、アルノア軍の左翼が目の前に現れたメイウェイの軽装騎兵どもが突撃していく。古強者の軽装騎兵どもは、その突撃をいなすように北へと反転して逃げ始める……まあ、正確には逃げているわけでもない。
40の騎兵は小さな単位だったが、それでこその利も出てくるのさ。次の集団がいるってことだ。メイウェイがしたかった戦術の第二弾がスタートしている。波状攻撃だ。40人の軽装騎兵の背後から新たな軽装騎兵どもが、アルノア軍左翼に突撃していく。
北に走ったのは射線を開けてやるためでもあるし、浅はかな若者どもを誘導するためでもあった。北に向けて一部が移動していたため、密度が薄くなっていた。そして開かれた射線に向けて古強者どもは矢を放っていた。
「撃ち込めえええええええええッッッ!!!」
「引っかかったな、若造どもがああああああッッッ!!!」
殺気に満ちた歌を帯びて、無数の矢がアルノア軍の騎兵どもの側面に突き刺さる。
「ぐうう!?」
「は、波状攻撃……ッ」
「大佐の戦術……っ」
射殺された騎兵どもの死体の山が出来ていく。その山が障害物になってしまい、アルノアの騎兵どもはその数の利を使えないのさ。弓兵どもも、北に誘い出されてしまった友軍の誤射を恐れて矢を放てない。
少数精鋭に、防御という戦術を取ることはリスクがある。攻撃の間合いの内側に入り込まれてしまえば、一方的に殺される可能性が出てくるのだからな。すべきことは一つだった。最初から突撃しちまえば良かったな。
メイウェイは自軍を少しばかり動かすだけで、アルノア軍に防御を強いて混沌を与えやがったわけだ。
……部隊としての練度の高さを感じるな。
集団として共通の組織哲学を有しているからこそ、戦場という混沌が支配する空間でも迷わずに行動することが可能になっている。
メイウェイの作戦と指揮を理解しているのさ。どういう意図で命令されているか、どう自分が役割を果たすことで組織哲学が全うすることが叶うのかを識っている……メイウェイか。マルケス・アインウルフが評価するだけの男ではあるよ。
将軍としての才能は、天才的だというわけだ。
……もちろん。それだけで、メイウェイの軍勢がアルノアの軍に勝ることは難しい。練度は上だし、戦術の質も上だろう。そして、軍団の強さの根源である『結束』も間違いなく超一流だ。
多くの時間を共にして来なければ、この結束は作り上げることが出来ない。知人ではなく友人以上の存在、『家族』に近しいほどに、お互いを知らなければ、これほどの結束を生み出すことはない。
死線をくぐり抜けて来た第六師団の古強者どもは、『家族』に近しい結束力で完璧な連携をしている。
少数の騎兵どもが入れ替わるように最前線へと踊り出て、次から次に矢を放っていく。アルノア軍は弓兵を使うタイミングを逸してしまっているな。弓を捨て、剣でも抜いて前進してみるのも手ではあるが、迷っていやがる。
指揮伝達が上手く行っていない。本能的で攻撃的な前進をさせた後に、守りのための命令をしてしまった影響が出ているのさ。攻めるべきなのか、守るべきなのか、それぞれの兵力の単位を指揮するヤツらも混乱している。
防御は組織哲学に従う反射だというのに、その組織哲学も反射も機能不全だ。お互いを知らないということは、こういうことだ。攻撃のみを選べば良かったな、アルノアよ。貴様は大きな失敗をして、そのせいでムダに自軍の兵士を死なせることになっている。
……連携が期待できないのなら、とにかく攻めろで良かったのさ。それでも十分な勝率はある。力勝負では多数の利が生きた。戦術などに頼らないことも、賢い判断ってこともあるわけだ。
アルノアの慎重な性格と、挑発されやすい若い騎兵どもの哲学は、あまりにも違っていた。そいつが、この無様な結果を招いてはいる……将としての実力は、アルノアよりもメイウェイであることが証明されてもいるな。
だが。
有能な者が勝てるとは限らない。少数の古強者どもにも弱さがある。体力は続かず、そもそも装備が不足していた。多くの矢を持ち歩いてはいないのさ。矢が不足し、馬上の戦士どもの息はすぐにあがっていく。
肉体も装備もまたたく間に困窮していくのだ。
「押せえええええええッッッ!!!」
「ジジイどもに、いつまでも好きにさせるなああああッッッ!!!」
古強者どもが個の技巧で若者に優れていたとしても、体力勝負を強いられる接近戦では脆さが出てしまう。矢を射られながらも、勇猛な突撃を敢行した若いバカどもが、道を切り開きつつあった。
メイウェイ軍の軽装騎兵に突撃し、槍を叩き込んでいく。
勇気は戦場でのバランスを覆す力がある。犠牲を支払いながらも、敵の行動と戦略を破綻させる強引さを生むからな。
アルノア軍の若い騎兵どもも、そいつを行っていた。正しくスマートな行動ではなく、一種の間違いではあるだろうが……間違っているからと言って、必ず負けるとも限らないのも戦いだ。
けっきょくのところ、軍隊の強さを決める最大の要素は数でもある。少々の被害でも破綻しない数がいるのなら、非効率的な選択をしたとしても、やがては勝利を得られるのだ。
アルノア軍は矢を散々に射られながらも、勝利を手繰り寄せようとしている。若い命を捧げながら、アルノア軍はメイウェイ軍を崩し始めていた。だからこそ、賢いヤツってのは手を打つものだ。
……ジリ貧に傾き始めるよりも先に、動いていたよ。メイウェイ軍の一部が突撃を仕掛けていた。北に誘導したアルノア軍左翼の騎兵……そのことで生まれた間隙に対して、北東から南西目掛けて走って行く。
明らかに動きの違う集団だ。馬も騎兵も装備も質がいい。メイウェイ軍の主力……というか、あそこにメイウェイがいるだろうな。先頭を走る騎兵が叫ぶ。
「私に続け!!反逆者を討ち、この反乱を終わらせるぞ!!」
『本陣目掛けての突撃』か。マルケス・アインウルフの部下らしい男だ、メイウェイよ。
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