第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その71
メイウェイの軽装騎兵の南下に応じて、アルノア軍は陣形を立て直すのに手間取っていたな。統制が取れていない。右翼に位置する騎兵どもは突撃したがっているようだ。その反面、左翼に位置する騎兵どもは遅れている本隊の集結を待ちたがってもいる。
左翼側の騎兵どもは『ラーシャール』の街路に興味を持っているようだな。街を駆け抜けて北上し、アルノアの軍を北と南で挟み撃ちの形にしたいとでも考えているのさ。あるいは……メイウェイがそれをやるんじゃないかという不安もある。
『ラーシャール』の街で『浄化騎士団』に対するカミラたちの散発的な攻撃は、有効に機能している。『コウモリ』を使った移動と、四人の有能な戦士たちの攻撃だからな、帝国人の騎士どもに対策を取ることなどは出来ないさ。
カミラたちはよく働いてくれているよ。そのおかげで、街の住民たちは北へと脱出することが出来ている。帝国人に殺された数は、少なくはない……悼む間もないな。角笛の音が空を揺らす。
北からだった。
メイウェイの軍勢が加速を始める。アルノア軍の隊列の乱れを突くつもりらしいな。ベテランの騎馬どもは、全くの迷いが無い。部隊の右と左で慌てていやがるアルノアの軍とは真逆だ。一致した挙動を使い、古強者どもがアルノア軍へと迫る。
「動じるな!!こちらの方が戦力は上だ!!数の利を使い、メイウェイの軍を包囲しろッッッ!!」
指揮官の命令が怒号となってアルノア軍の動きをコントロールしようとする。左右の騎兵たちを幅広く横へと展開しようというつもりか。メイウェイの軽装騎兵では、弓兵が背後に控えた本陣を突破することは難しいからな。
メイウェイは中央突破を仕掛けることはないと考えたらしい。悪くない。定石的な判断ではある。突破力の低いメイウェイ軍を受け止めるように取り囲む……実現すれば、その戦術は最良の結果を招いただろうな。
……アルノアの策だろうか?
慎重な性格のヤツらしい動きではあるが、すでに戦の流れをメイウェイに崩されたことには気づいていないかもしれんな。
前へと進軍し始めた軍勢を、停止させることは論外だった。数の利を活かしたいなら、そのまま攻撃に全てを集中した方が良かっただろう。
それに、左右へと展開するだと?……そいつは、かなりの愚策じゃある。戦闘意欲の高い戦力は、軍勢の最前列へと踊り出ちまうもんだ。今の命令では、そいつらを、左右の両端に配置することになる。
強い戦士たちを分散しちまっているってわけだ。それでは突撃に対する防御の力が弱まってしまう。隊列を動かすことは、戦場において最も難しい行いの一つじゃある。戦力というのは均一ではないからな、強いヤツもいれば弱いヤツもいる。
弱点が見えちまうぞ?
どの部隊の練度が低いのか、戦闘意欲が弱いのか。弱さは動きに淀みとして反映されるものだ。自信がなく、迷いのある素振りは、ヒトの行動を正しい形に導くことはないものだからな。
戦場での隊列の変更は、よほどのその軍勢を知り尽くした者でなければすべきではない。アルノアの軍勢はその古来からの教えを証明しようとしていたよ。やる気のある強者どもは左右に離されている。
オレが気づけるんだから、メイウェイも気づいているだろう。アルノア軍を構成するのは、元々、メイウェイの部下たちなのだからな。現時点で、アルノア軍の最も脆弱な軍列は、もちろん左翼側だ。左翼の騎兵と中央の弓兵たちをつなぐような場所。
そこが最も弱い。
あきらかに動きが遅かったな、迷いが見て取れる。『ラーシャール』からの伏兵を警戒してもいるし、『ラーシャール』という『逃げ道』があることが大きい。追い詰められたら『逃げ道』へと走りたくなるのがヒトの本性ってもんだ。
『逃げ道』に向かって歩くとき、兵士は臆病風に誘惑されちまうんだよ。まして、敵が強者であるときは、その傾向はどうしたって強くなる。それに攻撃のための北上ルートもあきらめきれないようだからな。
攻めるか逃げるか、どうあれ左翼側の騎兵たちにはムダな選択肢が提示されてしまっている。統制が取れにくい若い兵士どもであることに加えて、この軍は出来たてほやほやだった。
単純な突撃を選ぶことのみが、メイウェイ軍への最適解だったと思うぞ、アルノアよ。
「突撃いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」
メイウェイ軍の先頭を行く軽装騎兵が叫んでいた。最大戦速で突破を仕掛ける様子を見せる。狙ったのは、オレの読み通り、左翼の騎兵どもと本隊の繋ぎ目だ。そこに目掛けて突撃していく……その数は少ない?いいや、あえて少数の突撃を行っている。
40騎ほどの突撃だった。
理由はある。
弓兵たちに矢を撃たせるためなのさ。少数にして、尖るような隊列で疾走する軽装騎兵の集団に、アルノア軍の重装歩兵の背後に位置する弓兵たちは、矢を撃つことで妨害しようとしたが、少数の集団を目視ではなく遠距離からの射撃で射止めることは困難だな。
「放てええええええええええええええええッッッ!!!」
戦場の空に矢が放たれる。アルノア軍の突撃隊に対してではなく、前方の広い空間目掛けてしか矢を放つことはできない。部隊を機動させたばかりだから、弓兵どもも自軍の仲間がどこにいるかを正確には把握しちゃいないからだ。
前方に矢を放つだけでは、ほぼ意味のない行為になっちまうさ。メイウェイ軍はそいつを狙っていたからこそ、最初の突撃は少数だったわけだ。
待ち受けるアルノア軍の騎兵に近づきながら、メイウェイの軽装騎兵たちは馬上から矢を放つ!熟練の弓は、馬上であろうとも狙いを外すことはないものだ。第六師団の古強者どもも、その例外に漏れることはない。
残酷な軌道を描いた矢は、アルノア軍の騎兵と弓兵に突き刺さっていく。
「くそうう!!」
「反撃しろ!!」
「ヤツらに、オレたちの厚みを突破するような力はない!!」
左翼の騎兵たちはメイウェイ軍の馬上からの矢に対して、反撃を試みる気になっていた。そいつはいい考えだろうかな?……右翼のサポートは期待しにくい。メイウェイ軍は、まだ主力を残している。右翼が左翼の救援に動けば、その側面から強襲されるだろう。
そうなってしまえば、弓兵の援護射撃も期待できなくなる。敵味方が入り乱れる混戦になれば、誤射が怖すぎて弓兵は矢を放てなくなる。メイウェイは、少数の軽装騎兵を先攻させて突撃させるだけで、アルノアの軍勢の連携を破綻させようとしているのさ。
いい将軍だな。
アルノア軍の左翼の騎兵どもは、目の前にやって来たメイウェイの軽装騎兵たちと、孤立した状態で戦うことになっていた。だからこそ、本来は隊列を守るべきなのだがな……若い兵士というのは、本能や衝動で動いてしまいがちなものだった。
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