第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その59


 3000の兵力。


 そして、アルノアの増援か。想定していたことではあるさ。ドワーフたちが住む南の『大穴集落』を攻撃したのは、援軍を送り込むための橋頭堡を確保するためでもあったわけだ。


 『大穴集落』のドワーフたちが妨害工作を行えば、アルノアの援軍たちも足止めされてしまう……砂漠に慣れていないのであれば、ドワーフたちが少数であったとしても、大軍を疲弊させることだってやれる。


 ……『大穴集落』に対しての襲撃に『ラクタパクシャ』を使ったということは、アルノアは秘密裏に軍勢を呼び込もうとしていたことの証にもなるんだ。


 ヤツの援軍とやらは、かなり近くに来ているのかもしれない。メイウェイの予想よりも早く、アルノアは巨大な軍勢を作りあげる可能性はあるな。


 いや。メイウェイはそれを見越しているのか……?だからこそ、行動している。アルノアの囚われになることも想定しての行動。アルノアは、囚われのメイウェイをどうするつもりだろうな?……まあ、殺したいのは分かっている。


 どう殺すかだ……。


 処刑するための理由を作り、その責任を取らせるしかなさそうだが……むしろ、クーデターで太守の座を奪うことになるアルノアにこそ正当性が足りない。それを補う手段があるのか?……いや。なければ、作るだけか。


 死人に口なし。


 弁護人を雇うことが出来ない状態にしてしまえば、アルノアのどんな作り話も通るかもしれん。帝国の本国はメイウェイを支持しちゃいないんだしな。人間族第一主義においては、亜人種族との共存をはかるメイウェイは異端者だ。


 ……ああ。


 ……くそ。イヤな予感がしちまうな。メイウェイを失脚させるための理由と、人間族第一主義を結びつける方法が存在している。しかも、軍事行動を伴うための名目もそろえることが出来る、サイアクの手段がある。


「……ソルジェ・ストラウス?」


 黙りこくっていたオレを心配したわけではないのだろうが、ミシェール・ラインハットは観察者の視線をこちらに向ける。薄まっていく砂嵐は、オレの表情を隠してはくれないだろう。人間族の少女の瞳とはいえ、この土地で長らく暮らした者の瞳。薄まった砂嵐の中でなら十分な視野を確保するに違いない。


「軍隊の大きさに、恐れをなしたの?」


「……いいや。その軍勢が誰に暴力を振るうかについて考えたときへの恐怖だ」


「あなたに?」


「ちがうね。オレでもメイウェイでもない……」


「え?」


「ミシェール。君は、亜人種が嫌いかな?」


「……私は……少し、嫌いなところもある。この国に暮らしていれば、人間族は肩身の狭い思いをしてきた」


「それは多くの『メイガーロフ』にいる人間族に共通する点でもあるか」


「そうね。それが、何か?」


「……亜人種を根絶やしにしたいと考えたことはあるか?」


「まさか?そこまでは、思ったりはしないわよ?」


「支配的な共存が理想か?」


「……そういう言い方は……いえ、そうね。たしかに、人間族が支配するような形が、私にとっては理想よ。でも、亜人種にだって友人はいるし…………ソルジェ・ストラウス」


 大きな発見をしてしまった顔の口もとに、ミシェール・ラインハットは片手を当てる。大きな嫌悪感を催す発見だったのかもしれないな。目的のためになら仲間の血に手を汚すことを覚悟できもする烈女は、今、とても怯えている。


 不安を確かめるために、問いかけの言葉を砂漠に生きた少女は選ぶ。


「アルノアの軍勢が、『メイガーロフ』の亜人種を掃討するとでも言いたいの?」


「メイウェイはそれに反対するだろう。君もそうかもしれないが、ファリス帝国の政治的な方針は亜人種の生存を認めてはいない。君も、帝国人になったのならば、知っているだろう」


 淡々と事実を告げるつもりであったのだが……オレの声には、どこか攻撃性があったのだろうか?ミシェール・ラインハットの体が、すくむように震え、後ずさりしていた。


「それは……でも、そんなことをするの?」


「軍事行動を行える。亜人種を排除することは、『自由同盟』の軍が近づいている現状では、ある意味では合理的な判断になる……アルノアは、メイウェイを暗殺した後、『イルカルラ血盟団』に罪をなすりつけ―――討伐隊を指揮し、それを壊滅することで太守としての正当性を得ようとしていたのかもしれない」


「……な、なら……本当に、虐殺が始まるというの?」


「『ラーシャール』を攻撃するつもりかもしれない。巨人族の町だからな。かつての『メイガーロフ』の支配階級でもある……」


「そ、そんな暴挙、大佐が許すはずがない―――そ、そうか。だから、理由になるのか」


「『亜人種狩り』に反対すれば、メイウェイは皇帝ユアンダートの方針に背くことにもなるだろう。そうなればメイウェイを『裏切り者』と断罪することが可能になる」


「大佐は、そんなことまで気づいているのかしら……」


「気づいているかもしれないし、気づいていないのかもしれない。オレはメイウェイではないから分からないがな……だが、メイウェイには無い情報も持ってはいる。『ラクタパクシャ』は、アルノアの援軍がすみやかにこの土地に入るための工作を行ってはいた」


「では、大佐の想定よりも早くに、アルノアの援軍は到着するということ?」


「そうかもな。メイウェイが策士であろうとも、軍略の天才であろうとも、想定していない事実があれば……計算は狂う」


「そんな……大佐は、どうなるの……?」


「自分の矜持を貫くだろう。オレが期待しているほどの男であるのならな」


「……大佐は、戦うわ。私たち以上に、あのひとは亜人種族との共存を望んでいる。たしかに……帝国の軍人としては、唯一間違っていることなのかもしれないけれど……で、でも、アルノアは、本当に、あなたの言うようなことをするというの?」


「帝国人に焼き払われた亜人種の村など、何も珍しいハナシではない。『ラーシャール』ほどの大きな町であったとしても、兵力がいれば問題なく殺戮は行える……メイウェイがアルノアにプレッシャーをかけるような形になっているとすれば、結果的には裏目になる」


「追い詰められたアルノアが、虐殺を指示するというのね……?」


「同じ『敵』を殺せるかを、示させる。メイウェイがそれを拒めば……メイウェイは亜人種と内通する反逆者に陥れられるだろう」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る