第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その60
戦場で感じ取った悪い予感が外れてくれたことは、今まで一度もない。猟兵としての勘が告げている―――とても良くないことが始まりそうだと。
「サー・ストラウス。どうするんだ?」
砂の叫びに足音を隠すようにして、オレの背中に近づいて来ていたギュスターブ・リコッドが語りかけてくる。
「決まっている。戦場に向かう……すべきことを見定めて、それを成すだけだ」
「単純な答えだ。そういうのは、分かりやすくてドワーフ向きだ」
「ああ。たしかに、オレやお前に向いているな」
「じゃあ。行こうぜ?……ハナシを聞いている限り、急いだ方が良さそうだ。アルノアは虐殺を始めるかもしれないんだろ?」
「そうなる。悪事というのは合理的な計画で組み上げられる。予想することが出来るものだ」
……メイウェイの行動は想像よりも早いらしい。ならば、『メイガーロフ』で起こりえた最終的なシチュエーションも、早く起きてしまうのさ。
「アルノアが自分の正当性を証明するための唯一の方法、亜人種への虐殺―――メイウェイはそれを拒むだろう」
「でもよ。そいつは拒むのか?人間族だし、帝国人だろ?……自分も虐殺に参加すれば、アルノアはメイウェイを責められなくなるぞ?」
「ククク!」
グラーセス・マーヤ・ドワーフの勇士にしては、かなり頭を使って考えてくれているじゃないか。オレはそのことを褒めるためのスマイルに顔を歪めたあとで、確信を持った言葉を口にする。
「拒むさ。我が身の可愛さに己の『正義』を捨てるような男に、アインウルフは自分の人生を賭けたりはしない」
砂漠に立つ紳士へと語りかける。紳士は肯定するために首を動かしていたよ。
「もちろんだ。メイウェイは、そういう男ではない」
「……え?アインウルフ……?」
ミシェール・ラインハットは名前だけは知っているという『帝国軍の英雄』を見た。聡明な彼女であったとしても、顔も知らない男の素性を悟ることは難しい。だが、賢い人物というものは高度な想像力を持っているものだ。
彼女は真実に気づくかもな。オレはちょっとばかし彼女に正直に色々な情報を与えてしまっていることを、反省しなければならないかもしれん。
口もとにそろえた指先を当てながら、ミシェール・ラインハットは考察を始めていた。マルケス・アインウルフは微笑み、そして彼女に告げる。
「私と出会ったことは秘密にしておいてくれ。私にも、家族がいるのだ」
「は、はい!」
帝国軍人の練度は高い。メイウェイに鍛えられた少女軍曹殿も例外には漏れなかった。かかとを揃えながら敬礼する―――アインウルフは自ら正体を明かした。オレの責任は少しばかり軽くなったよ。
まあ、ミシェール・ラインハットの性格を信用しているけどな。メイウェイの元・上官であるアインウルフが不利になる発言を、彼女が帝国軍やアルノアにすることはないだろう。
とはいえ、長居は無用だ。頭の切れる少女軍曹殿は、帝国軍人であることには変わらない。情報をくれてやるサービスをすることはない。オレは、彼女から得られそうな情報は全て得ているだろうしな。
「……ゼファーに乗れ。行くぞ」
「おう!」
「ああ!」
「あ、あの!ソルジェ・ストラウス!」
背後からかけられた声に、オレは立ち止まることはない。砂漠を歩き続ける。薄まっていく砂嵐のなかを、ミシェール・ラインハットは小走りについて来た。背中に声が投げかけられる。
「私も、連れて行ってくれないかしら!……大佐が窮地にあるのなら、私も戦う!あいつは、アルノアは、父さんの仇でもあるもの。『ラクタパクシャ』を使って、父さんを殺した男だわ」
「……却下だ」
「そんな!?」
「ふらつく足取りに、剣を支えることも出来ん腕。女の体で戦い過ぎたな。消耗が深刻すぎて戦力にはならん。足手まといを戦場に連れて行っても犬死にするだけだ」
「……それは」
「甘えるな。オレと君は敵同士なんだぞ」
「そ、そうね……」
「アルノアと戦いたいのであれば、『ガッシャーラブル』に下がれ」
「え?……『ガッシャーラブル』に?」
「メイウェイの支持が強い町だ。それに、『ラーシャール』からは距離がある。君が復讐のために体力を取り戻す時間は作れる。復讐は、それから後ですればいい」
「大佐を、守れなくても?」
「戦力にならない者が戦場にいても、何の力学も生まないだろう。メイウェイはオレたちが助けてやる。他は知らないが、メイウェイはオレのターゲットなんだよ」
「……アインウルフ将軍と、何か契約を交わしているの?」
鋭いな。
そんなところだ―――という肯定する言葉は使えない。無言でいれば彼女は悟るだろう。
「……帝国軍も、色々とあるんだ……」
「ヒトの組織というのは複雑なもんだ。ミシェール、君は、どう生きてみたい?」
「私は……」
「帝国の『正義』が、君の命を捧げるに相応しいものに見えるのか?……人種の違いで民を虐殺することを選ぶ連中と、君は一緒にいられるのか?……ヤツらは、亜人種の子供のかかとを切り落とすようなクズどもだぞ」
「……っ!!」
立ち止まった『メイガーロフ人』の少女から、遠ざかったオレはゼファーがオレに向けて伸ばしてくれた鼻先に触れる。その後で、ミシェール・ラインハットへと振り返り、霊薬の入った瓶を彼女に向かって放り投げた。
少女の指はその瓶を見事に掴み取る。
「これは?」
「傷の治りと体力の回復を早めるエルフ族の霊薬だ。それを飲んで半日休めば、君はまた戦える。メイウェイの盾でも、お父上のための剣でも、好きな生きざまを選べ」
「ソルジェ・ストラウス。どうして、こんなことをするの?私は……敵なんでしょ?」
「今はな。だが、君が帝国人であるよりも『メイガーロフ人』であることを選べたら、状況は変わるかもな」
「……私は、帝国の兵士よ……」
「変わらなくてもいい。変わってくれてもいい。敵として出会えば、容赦なく斬る。仲間として同じ戦列に並ぶのなら、君の強さを歓迎する」
返事を聞く必要はないからな。ゼファーの背に跳び乗り、オレはブーツの内側でゼファーの肌を叩いていた。
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