第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その58
「……あなたを信じるべきなのか、分からない。でも……たしかに、大佐はアルノアとの内戦状態を望むとも思えないわ。大佐自身が生き残りたいだけなら、姿をくらませることだって出来たもの。あなたは、信じられないけど、あなたの理屈を否定することが難しい」
「嘘をついていない者の言葉を疑うことは難しいものだ」
「自信満々なのね」
「レディーに嘘をつくのは騎士道に反するからな」
「……あなたは、大佐の命を奪うことはないの?」
「オレは奪わない。捕虜として扱うことになるさ」
「そうなれば、大佐だけは無事に済むわね」
「メイウェイを支持する兵士たちの全員をも、君は守りたいと考えているわけでもないだろう」
「……そう、ね。私に……そこまで大きな考えは、無いわね。ただ、自分の周りにいる人々の命を守りたかっただけかも……ちょっと、後ろめたさもあったからね」
「その後ろめたさの理由をオレは気にしない。今、君のなかにあるのは、メイウェイを死なせたくないという感情こそが最も強いんじゃないか?」
「あとは、『ラクタパクシャ』への……アルノアへの憎しみもある……」
「知っているさ。でも、君は復讐者だけにはなれない」
「私をバカにしているの?」
「いいや。賢いからこそ、復讐以外に大切なことがあるという事実にも気がつける。オレも家族を失った。帝国の裏切りのせいで、ガルーナ王国は民の血さえも絶えている。復讐は、オレの人生にとって最大のテーマの一つだったし、それは今も変わらない。だが……」
「だけど?」
「……新しい『家族』が出来た。それを守ることも、帝国への復讐と同じぐらい大切なことだ」
「私は……」
「その手を穢してでも、守ろうと必死だった」
「……っ!」
「その身を犠牲にしてでも、守ろうと必死になれたんだ。そいつを死なせるべきじゃないと思わないか?……軍人としての職業倫理も、何もかもをも忘れて考えろ。メイウェイを確実に助けたいのなら、オレを頼るべきだぞ、ミシェール・ラインハット」
「……あなたは、私のことを、よく知っているみたいね」
「知っているさ。似ているところがあるって感じているからな」
「あなたの手も、仲間の血で汚れているの?」
「オレは『死神』と呼ばれた。復讐心に駆られて、ただ無謀な地獄に仲間を誘った過去があるからだ。死ぬべきだったが、強すぎたからオレだけが生き延びてしまった。君よりも、よっぽど血に汚れているんだよ。オレは、復讐のために仲間が死ぬことを許容してしまっていたからな」
それこそが、オレの罪だ。仲間を大勢、道連れにしながら生き抜いている。ガルフ・コルテスが教えてくれるまで、そのことを疑問に思うことさえなかった。同僚一人刺し殺しただけのミシェールよりも、はるかに罪深い人生だ。
オレの体に『呪いの赤い糸』が、ぐるぐる巻きに絡みついていないことが不思議じゃある。
あるいは、『呪い追い』でも自分に絡んだ呪いは見えないのだろうか?……もしかすると、呪うという形でさえも、『死神』と関わり合うことを望みはしなかったのかもしれない。
「オレの昔も、君は少し知ってしまったな。ミシェール、復讐と同じぐらい大切だぞ。守りたいヒトの命を長らえさせることはな」
「……ずるいヒト。私の感情を利用しようとしているのね」
「買いかぶるな。利用しているんじゃなく、感情に訴えているだけのことさ。複雑な技巧を言葉に乗せる術は、知らないんだよ」
「分かった。あなたの知りたいことを教えるわ、竜騎士さん」
「ソルジェ・ストラウスだ」
「ソルジェ・ストラウス。あなたに教えてあげる……でも、でもね、ソルジェ・ストラウス」
悲しげな瞳を見たな。乙女のそんな瞳を向けられると、心苦しくなってしまう。悲しみの理由に見当をつけながらも、オレは義務のように問いかける。
「どうした?」
「手遅れかもしれないわ。私はね、時間稼ぎに成功しちゃったもの。結果的に、あなたを大佐から遠ざけたし、この長話の時間も、それに貢献しているの……」
「集合ポイントを言えばいい。竜騎士にとって拉致は得意技の一つだ」
「だとしても、手遅れだわ。だって。あなたは昨夜、大佐を警戒させてしまっているもの……」
「メイウェイはオレたちの接近を許さないというのか?」
ミシェール・ラインハットはさみしげな瞳を同意の合図にしながら、言葉をその若い唇で紡ぐ。
「大佐は竜の介入を警戒しているし……この砂嵐も西から離れ過ぎているわ。夜の闇か砂嵐に紛れ込まなければ、あなたとあの黒い竜がどれだけ優秀だったとしても、矢の雨を浴びて死ぬことになるでしょう」
「メイウェイは、すでにそれだけの布陣が敷ける部隊と合流済みというわけか」
「合流しているはずよ。もう太陽の位置が傾き始めてしまっているもの。大佐が有事のさいに備えさせていたベテランは、弓術の猛者がそろっている」
「馬上射法の達人たちか」
「ええ。竜の襲撃は密集に対して圧倒的な威力を誇ったわ。大佐は、それも知っている。あなたは、もう大佐を確保することが出来ないのよ。闇を頼るより前に……アルノアの軍勢は大佐の軍勢に迫る……あなたの読みが正しければ、大佐は私たち部下のためにアルノアへの投降を選択する」
「そのタイミングで奪取したくもあるな」
「ムチャでしょう。大佐とアルノア、どちらの軍勢からも、あなたは敵だもの」
……竜騎士の限界か?……そうかもしれないな。ガルーナの竜騎士の技巧と能力だけでは不可能なミッションになるかもしれん。だが、『吸血鬼』の力もある……夜の闇よりも深くオレたちを包む『闇』の力がな……。
しかし。カミラの力を敵に教えることは避けたくもある……とっておきの手段を、敵に知られることは大きすぎるリスクだ。『竜の奇襲』という最大のカードを失ったオレは、カミラの力まで敵に知られたくはないというのが正直な気持ちだよ。
「何であれ、メイウェイたちがどこで合流したのかを教えてくれ」
「……『ラーシャール』の南東、5キロの場所よ。そこに、信頼出来る800のベテランが集まっている」
「アルノアの軍勢はどれぐらいだとメイウェイは語っていた?」
「……3000はいるでしょうね。それに、時間が経つほどに増えるはずよ。あいつは、本国から増援を呼ぼうとしていたもの。表向きは『蛮族連合』を叩くためだったけど、本音は、大佐に対するクーデターの尖兵よ」
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