第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その54


 ……三匹の『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』を排除した。そうなれば、次にすることは一つだ。


「皆!ゼファーに乗るぞ!!『彼女』を確保する!!」


「は、はい!」


『みんなー!ぼくにのってー!!』


 ゼファーがそう叫んで砂嵐のなかで誘導を行う。オレたちはゼファーの背に次から次に跳び乗っていく。全員が乗ったのを確認すると、ブーツの内側でゼファーの首のつけ根を叩いた。


『いくねー!!』


 首を持ち上げたゼファーが砂漠を蹴り込み加速していく。砂嵐を貫くようなスピードになると、ゼファーは暴れる風を力で制するような翼の使い方で地上から飛び立っていた。


 脚力任せに跳躍し、翼で風を制圧する。


 スマートさはないが、今は優先すべきは時間だからな。『呪い追い』は消えつつある……『彼女』の行いは呪いを薄める作用があったらしい。


 一人の男が抱いた憎しみや怒りが消え去ろうとしていることそのものは尊いことだし、仲間のために自己犠牲を選んだ『彼女』のことを嫌いにはなれない。だが、あまり悠長にしている場合じゃなくなってもいる。


 『呪い追い』が消えてしまえば?……この広い『イルカルラ砂漠』で『彼女』を見つけるための手段がなくなる。


 『彼女』がメイウェイの腹心のような立場であるというのならば、昨夜の戦いに参加していたと考えるべきだろう。


 『ザシュガン砦』での戦いに、オレはゼファーを使っているのだ。『彼女』は竜の存在を知っているし、さっきオレたちは、そんな『彼女』の上空を飛んでいた。さっきは一瞬の遭遇だったが……竜との戦いを経験した者の恐怖は容易くは拭い切れぬだろう。


 自分の上空を飛ぶ何か大きな存在を感じ取ってはいたさ。すぐに、竜を連想したはずだ。


 だからこそ、『彼女』は逃げている。状況を好意的には解釈してはいない。竜が自分を狙っていると判断したさ。砂漠に長けた女戦士は、竜に対してどんな策を使ってくるのだろうか?……砂の下に身を伏せるぐらいのことは、するかもしれんな。


 馬の尻を叩いて、見当違いの方角へ走らせるなんてアイデアとセットに実行されてしまえば、かなり追跡と発見が困難になってしまうのは確実だ。『呪い追い』は、もはやいつ消失するか分からんのだからな。


 時間を与えるわけにはいかないのさ。『彼女』が何らかのアイデアを思いつく前に、捕まえるべきだ。


 ……今のところ、そこまで遠くに逃げてはいない。空に上がったゼファーの力尽くの飛翔はすぐに十分な速度と高度を手に入れた。オレとゼファーは竜の力が宿る目玉を動かして、北へと向かって走る馬を見つける。


『……いたよ!『どーじぇ』!!』


「ああ、オレも見つけた!……馬の背にも、彼女はまだいるぞ」


「どうやって捕獲するんだ、サー・ストラウス?」


 ギュスターブの問いかけに、いくつかの案が頭によぎる。もしも、砂嵐でなければ、竜騎士の伝統技巧の一つであるロープによる空中への釣り上げを実行するところだが、砂嵐のなかでロープ投げを命中させることは難しい。これは選択すべきではないな。


 馬を射るという手段も、砂嵐のなかではな……リエルならばともかく、オレの技巧では馬でなく『彼女』を誤射してしまう可能性を否定はできない。


「……女一人に対して使うことになるとは思わなかったが、さっきのプランで行こう」


「竜で上空から襲わせるヤツか」


「そうだ。警戒されている。それにこの砂嵐のなかでは、『彼女』を無傷で捕らえることまでは難しい。文句はないな、アインウルフ?」


「ないさ。だが、女性相手ならば相応の手加減をしろ」


「ガルーナの竜は女性にやさしいんだよ。ゼファー、『彼女』の馬の近くへ急降下する!前方から回り込むようにして、突風を浴びせてやれ!」


『らじゃー!!』


 力強い羽ばたきを使って、ゼファーは襲撃のための軌道で砂嵐を貫いた。北上して、馬を全力疾走させる『彼女』を追い抜く……横や後ろから突風に襲われるよりはマシだろうという判断だ。


「地上近くで羽ばたきを入れるんだぞ。だが、注意すべきこともある。砂を帯びた風は重さがある。地上に当てて、反射させた風は、馬にしがみつく戦士の体を吹き飛ばす」


『てかげんするんだね!』


「そうだ。五割の力でいい。そして、可能な限り馬の近くで羽ばたくんだ。地面に反射させた突風を直撃させるのは馬だ。馬の方を狙え。馬の無効化は確実にするぞ」


『わかった!……じゃあ、いくね!』


「頼むぞ、ゼファー!」


 右の翼が起き上がり、飛翔の角度は急変する。砂嵐のなかで旋回したゼファーは、勇ましく砂漠を走る女騎士を正面に捉えた。黒い首は勢いをつけて地上へ向けて下げられる。重心が変動する。尻尾を伸ばし、急降下の姿勢へとゼファーは入ったのだ。


 曇天を撃ち抜く雷のように、この襲撃は速くて鋭さがある。砂嵐はオレたちの仕事を邪魔しているが―――助けてもいる。もしも視界がクリアであれば、『彼女』はオレたちを見つけていたかもしれないが、今は目隠しも同然。


 ……こちらの急襲に対して、馬術で回避を試みることはない。だからこその、鋭さだ。ターゲットが逃げないと分かっているからこそ、この急降下に迷いの鈍さはない。それゆえに実戦での手加減という困難な技巧に挑戦することも可能となりはする。


 ……ゼファーは緊張しているが、それよりも集中力の深さが勝っていた。ゼファーは理想的な急降下で『彼女』の騎馬に接近する。


 帝国軍の軽装騎兵の装備に身を包んだ『彼女』の姿が見える。こちらの方向を見てはいるようだが、視線はわずかに外れてもいる……砂嵐の遮蔽は有効らしい。オレはちょっとした援護をしてやった。右手に『ファイヤー・ボール』を発生させる。


 『炎』を爆ぜるように散らすことで、一瞬の閃光を作り上げた。あえて目立たせる。『彼女』が襲撃されることを悟って欲しくてな。『彼女』の視野は動いていた。見えたらしい。そして、その直後に砂嵐の遮蔽でも隠せないほどに大きなゼファーの姿に気づいたはずだ。


『てかげ……んっ!』


 そんなつぶやきと共に、ゼファーは『彼女』とその馬とすれ違う直前に羽ばたきを入れた。完璧なタイミングと、絶妙な力加減だったよ。大地にぶつかった羽ばたきが生んだ突風は、『彼女』と馬を打ち上げていた。


「うわッ!!」


 砂混じりの風に打たれ、『彼女』は宙へと吹き飛んでいた。そのまま5メートルは飛ばされて、『彼女』は小さな悲鳴を上げながらも『彼女』はアゴを引いて受け身の体勢を取ろうとした。地上へはそのまま背中から落ちる……。


 降り積もったばかりの砂は、雪原のようにはやわらくはないものだが、踏み固められた地面よりはマシだろう。『彼女』の体はゴロゴロと、砂上で4回は横に転がってくれた。見た目こそ痛々しいが、あれだけ転がれば墜落の威力は分散されもする。


 『彼女』は馬から落馬した経験は何度もあったのだろう。その経験も『彼女』に強さを与えていた。背中を強く打ちつけたはずだ。肺腑が痛み、呼吸するのもイヤなほどの痛みがあったはず。全身打撲の痛みもあるさ。それでなお、『彼女』はすぐさま立ち上がる。


 いい女戦士だ。帝国人ではあるが、やはり嫌いにはなれないタイプのようだ。


 ゼファーは空中で身を躍らせて、立ち上がり、剣を抜こうとしている『彼女』の目の前へと着地する……ここから先は、『ドージェ』向きの仕事だな。




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