第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その55


 ゼファーの背から飛び降りると、こちらを向いて気丈な睨みを続ける『彼女』へと近づいていく。


「……貴様は、『蛮族連合』の竜使いか!!」


 凜とした声だ。苦痛と混乱に染まった表情ではあるし、自分が不利な状況にいることは察しているだろう。愚かさからではなく、おそらく職業的な倫理に支えられて『彼女』は剣を抜き放っていた。


 だが、ふらつきもする。剣を自在に振り回せるほどには、元気なはずもない。しかし安心する。『彼女』が重傷を負ってはいないことと、ナイフを抜いて自分の首を掻き切ったりしなかったことにだ。


 戦う気力がある間は自決はしない。オレにとって騎士としても紳士としても猟兵としても避けたいことは、『彼女』を死なせることだった。こちらの倫理的な観点からでもあるし、情報を得なくてはならない相手でもあるからだ。


 だからこそ、オレは立ち止まる。接近して組み倒すことも容易いが、まずは話術によって説得を試みることにした。組み倒しても、自分で舌を噛み千切られたりすれば大変だからな。


「落ち着け、帝国の女兵士よ」


「……落ち着け、だと?」


「君のことを殺したいわけではない。まずは、それだけでも知って欲しくてな」


「……私を捕虜にして情報を吐かせるつもりか?」


「そうでなければ、とっくの昔に殺している」


「……くっ!」


「捕虜になるのなら身の安全は保障してやる。殺さないし、ああ、もちろん。スケベなこともしない。情報を吐くのなら、この場で解放してやってもいいぞ」


「……何を聞き出したがっている?」


 交渉術ってのは難解な技巧がいるものだ。オレだって、そんなに得意なことではないが、拷問以外の手段で情報を得たくもあるからな……。


 『彼女』はどういう人物だろうか?……マジメそうで、知恵が利くタイプだ。人一倍の度胸もあるし、行動力もあり……『戦略的に正しかった悪行』を実行したとしても罪悪感を抱ける人物。あとは黒髪。『彼女』についてオレが知っているのは、それぐらいだな。


 もっと多くを知るべきか。


「……まずは名前を聞こう。礼儀知らずには思われたくはなくてな、オレの名前はソルジェ・ストラウス。『パンジャール猟兵団』の団長であり、『自由同盟』の傭兵だ」


「……『パンジャール猟兵団』?……知らないが、『自由同盟』に竜使いがいることは聞いた」


「竜騎士だ。竜に乗るガルーナの騎士」


「魔物と、心を通わすというのか……おぞましい野蛮人め」


 強気で口が悪く、野蛮人への偏見があるようだということも知れたな。竜と心を通わし、竜に乗ることがどれほど素晴らしいことかを分からん帝国人の方が、オレには哀れに思えるんでね。心に余裕をもって聞き流してやることが可能だ。


 『彼女』は追い詰められた猫みたいなもんだから、ちょっとばかし気が立ってもいるんだろう。


「おぞましい野蛮人にも名前がある。君にもそうだろう?どうだ、名前ぐらいは教えてくれても構わないのではないか?」


「……私は、帝国軍人。ミシェール・ラインハット曹長だ」


「そうか。よろしく、ミシェール・ラインハット曹長」


 握手でもしてみたくなるが、ラインハット曹長の両手は剣の柄でいっぱいだ。野蛮人の指を受け入れる気はなさそうだったな……さてと、アインウルフを頼るという切り札を、いきなり使う気は起こらない。


 軍曹がアインウルフを知らない可能性はある。彼女は、ずいぶんと若く見えるからだ。十代後半。もしかするとリエルよりも若いかもしれん。それなのに、砂漠での馬術に慣れているか……。


「……君は従軍歴は長いのか?砂漠に慣れているように見えるが?」


「……現地採用だ」


「現地採用?」


「……『メイガーロフ』にだって、人間族はいる。多くはないがな。私は商人の父と共に『メイガーロフ』の南部で暮らしていた」


「『メイガーロフ人』の人間族か」


 なるほど。亜人種だけで構成された国ではないのか。世の中にいる人間族の数と広がりを考えれば、当然のことではあるな。


 巨人族が国家の中枢を掌握していたとしても、人間族の商人はいたわけさ。人間族は各国の町にいるものだ。行商を行う種族としては、優れている。砂漠を貫く交易路が商業の中心となっている国に、人間族がゼロってことはデメリットが大きすぎるのだろう。


「幼い頃から、この砂漠には慣れている。馬術も、帝国軍に入って鍛えたんだ。父の仇を取りたくてな」


「仇?」


「……そうだ。盗賊に殺されたんだ」


「亜人種の盗賊は、この土地では縄張りを侵さなければ残酷ではないのだろうがな。現地の商人が、そんな縄張りを侵すとも思えんが……そうか。『ラクタパクシャ』か」


「……ああ。ヤツらに、父さんは殺された。皮を剥がれていた。私は、父さんの死体を見ても、父さんだと気づけなかったんだ」


「残酷な見せしめを行ったようだな。君の父上の安らかな冥福を祈る」


「……私は、父さんの仇を取りたかった」


 ……ならば、やはり彼女の軍歴は浅い。アインウルフを使うことは、出来そうにないか。


「……アインウルフを知っているか?」


「……アインウルフ将軍。遠征師団の将軍で、メイウェイ大佐の師にあたる人物だな」


「面識はないか?」


「……ない。お前は……まさか、ドワーフたちの王国で、将軍を倒したのか?」


「そうだ。いい腕をしていたぞ。ドワーフ王の戦槌を奪い、振り回してみせた。一対一でも戦い、オレが勝者となった」


「……そうか。メイウェイ大佐がお前を見れば、許してはおかないだろう」


「メイウェイと親しいのか?オレの読み通り、ヤツの護衛か」


「……父と大佐は懇意だった。大佐は、私を評価して下さっているが……私の『ラクタパクシャ』への復讐心を心配しているようだった」


「護衛にして、手元に置いた。君を守るためでもあるのか」


「……そうかもしれない」


「……だが、『ラクタパクシャ』の正体を君は知ったわけだ」


「……っ」


 今までで最も感情的な貌になる。一瞬だけだったが、彼女は感情を強く表していた。それは、とても雄弁な行動でもある。


「アルノア伯爵が組織していた。傭兵どもを雇い、『メイガーロフ』の太守であるメイウェイの仕事を妨害するためだ」


「言うな!!」


「知っていただろう?……オレでさえ、この土地に来て、すぐに理解したんだ。『メイガーロフ』の盗賊ではないことを、君ならずっと前から気づいていた」


「……帝国人が、帝国人を裏切るなんて、思いたくはなかった……私は、帝国化を歓迎していた。この土地ではな、人間族の地位が向上したんだぞ。父さんの仕事も、ずっとしやすくなっていたんだ」


「支配種族が変われば、そうなることもある。だが、ヒトはどの種族であろうとも残酷で利己的な側面を持つ。自分の所属する組織や集団の正当性を主張したり、信じたりしたくなるという感情もヒトを持っているが展開…帝国は、君の理想と完全な一致をしている組織なんかじゃないよ」




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