第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その51


『ぎぎぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいがああああああッッッ!!!』


 首から緑色の血を噴き出しながらも、ヤツもまた動きを止めることはない。体勢を整えようとしていた。損傷した二本の脚のことなど、もう頭にはないようだ。


 ある意味では、戦士の鑑とも言えるような割り切りの力だと感心する。肉体的な喪失に臆することは戦場では無益なものだ。追い詰められたのならば、何かしらの対応をすべきだからな。


 『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』は立ち上がる……体を反らすようにしていた。頭を高い位置にしながら、前脚を使う。カマキリの鎌の使い方に似ていたよ、こちらを引きつけるようにして待ち構え、射程に入れば全身を前倒しにするように斬りつけてくる。


 ただし、殴りつけるような使い方だったな。カマキリではなく、いくらか拳闘をするヒトにも近しい動きに似ていた。


 どうあれ対策は一つ。


 竜太刀を振り回し、遠心力と怪力を鋼に込めて打ち放つのみ!!


 鋼の怪蟲の前脚が衝突し、鉄を叩くような金属音が響いていた。


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンッッッ!!!


 火花が散る。そして、オレは勝利を得ていたよ。『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の打撃を、竜太刀の一打で弾き上げてみせたからな。


 サイズじゃ負けている。


 重量でも当然、負けている。


 しかし、技巧ではオレが大きく勝っている。


 原始的な獣の魅力的であり―――なおかつ限界を決めてしまう部分だ。シンプル。ヤツの攻撃の軌道はあまりにも予測しやすく、単調なものだった。ただ払い除けるような動きだったのさ。そんな単調な動きは、こちらが少しばかり歩法で場所と角度をズラしてしまえば、動きの威力が減弱する。


 崩れた脚で、急場の軌道修正。それだけの悪条件が重なれば、攻撃に宿る威力など減弱してしまう。攻撃は計画的な行うべき行動だ。デザインの連鎖が威力を補償する。空振りにつけ込まれてしまうほどには、最初の一撃に入れ込むべきではないものさ。


 竜太刀に叩かれて、『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の『右腕』は大きく外へと弾かれる。すかさず、『左腕』での突きを放とうとしたことは褒めてやるべき好反応だった。


 だが、竜太刀に斬られた脚がヤツの行動を縛っていた。動きは出遅れる。その隙に乗じて、オレはヤツの腕が通る軌道の内側へと身を差し込んでいた。そこならば、攻撃は当たることはない。


 むろん、『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』がハグしてくれば致命傷も負いかねないが……。


 ……そんな動作をさせてやるほどには、オレは遅くはない。攻撃は計画的に行うものだ。


「はあああああああああああああッッッ!!!」


 攻撃の唸りで喉を揺さぶりながら、竜太刀をヤツの胸元に叩き込む!!


 ザギュジャアアアアアアアアッッッ!!!


 甲殻を裂きながら、その奥にある筋繊維を幾つか断ち切る―――狙ったのは、肉体の破壊だけではない。ヤツの体の重心に、強打の衝撃を入れちまうのも目的だ。肉体の表面は女子人気ゼロであろう複雑怪奇な蟲の腹だったが、差別はよくない。


 どんな生き物であろうとも、どんな形であろうとも、重心はあるものだ。そして、武術の達人というものは、鋼で斬り結んだ相手の重心はどこにあるかぐらい手の指で識ることが出来るものだよ。


 オレは、そんなことがやれるぐらいには達人ではある。怪蟲野郎の重心は揺れた。散々、暴れすぎて攻撃を連打していることで、元々、揺さぶられやすい状態であった。長い胴体を起こしてしまっていることも、ヤツにとっては不利に働く。


 『左腕』の突きが空振りし、ヤツは斬られた脚をふらつかせた。バランスを取り戻そうともがいていたのだが、その目的は成功することはない。ストラウスの斬撃が持つ威力は、ただでさえ重たくもある。


 それに、オレは修得しているのさ、『ベイゼンハウド』の『北天騎士』たちが使っていた『剛の太刀』をな。全身の筋肉に力を込めて関節を固定する、筋力と体重を連結させて踏み込みの加速で剛打をぶつける。


 竜太刀の一刀には、その技巧も使っていた。重心を破壊するような勢いの剛剣が叩き込まれたいたわけだ。


 『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』は大きくバランスを崩す。『両腕』を引くことではなく、『両腕』を伸ばすことで砂を押し込もうとしていたよ。弱点である頭を守ろうと、胴体と一体化している首筋を後ろに反らそうともする……。


 『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』同士の戦いであれば、この防御手段は有効なものかもしれないが……。


 オレのような猟兵相手には、その本能的な逃避の動きは悪手になる。その醜くも長い手脚で、オレに抱きついてくるべきだったな……。


 そうすれば、オレはドワーフ・スピンで腕を斬り裂くか……コイツの攻撃が想定よりも素早いものであれば、後退して逃れていただろうに。


 仰け反り……オレを視界から外してしまうとは、自殺行為そのものだ。だが、本能には抗えない。このモンスターは、砂に倒れることを何よりも嫌うという哲学によって行動を組み立てているようだ。


 痛みが無い……あるいは痛みに『強すぎる』ことが災いしたのかもな。


 もっと痛みに敏感であれば、胸を守ろうと抱きしめただろうに。痛みに鈍感な蟲型モンスターらしく、痛みを気にすることもなく、それよりも体勢を崩すことを恐れた結果だった。そういう本能なのだろうから、仕方がないことだ。


 砂を蹴って、鋼の一閃に身を融かす。アーレスの竜太刀と一体化して、加速と重さを使って、判断を誤ってしまったモンスターを襲うのだ。


 仰け反った『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の腹を、竜太刀で斬り裂きながらオレはヤツの手脚の間をすり抜けていた。指に命が壊れていく感触を得ながらな。硬い部分と柔らかな部分。戦いと動きのための甲殻と筋繊維と、ただただ生命を維持するためにある柔らかなトコロをも破壊したのさ。


 蟲の体には詳しくはないんだが、命を叩き斬って壊すことには慣れている。あの柔らかな部分は、命を構成するためには必要不可欠な部位であっただろうことは理解が及んだ。そこを、オレとアーレスは残酷なまでに深く壊してやったのさ。


『ぎゅうううううううううううううふうううううううううううううう――――――』


 蟲型モンスターの腹がうごめき、血と空気と音を放つ。悲鳴ではない。痛苦でもなく、ただの生命の流失だ。吐き出すべきでない空気と血液が、体から強制的に抜け出してしまう音に過ぎず、感情的な意味などそこにはない。


 命の宿った息を捨て去りながら、そのままヤツの体は前のめりに倒れていく。腹は急所だし、動きを生み出すための重心も近い。


 そんなものが大きく斬り裂かれたのなら、蟲型モンスターでも立ってはいられないらしい。脚の動きが何本か止まっていた。斬り裂いた甲殻は、ヤツの脚を動かすための基礎が含まれていたのかもしれん。


 蟲についての理解は及ばないところはあるが、戦いの流れは分かる。殺し方も想像はつくものだ。ヤツは砂に倒れた。力を失い、斬られたあちこちから大量の緑色の血を吹き出しながら……命がどんどん小さくなっている。


 さあて、トドメを刺しにいこう。


 慈悲をくれてやるのも戦士の務めだ。死に転がり落ちていく者にとって、生への未練と執着はただの苦しみの延長でしかない。




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