第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その50


 ザギュガシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!


 斬撃は暴力的な歌を放ち、歪んだキリギリスにも似た怪物の脚を斬り裂いていく。蟲型モンスターは痛みに強いらしく、脚の一本や二本を断ち切ったところで怯みはしない。


 だからといって脚一本の喪失ってものは、順調な動きを妨害することには十分なものだったよ。千切れた脚一本……巨大な脚。バカみたいな重さの質量。緑色をした血を吹き出しながら、断ち切られた筋繊維が爆音を立てて、運動を生み出そうとしていた力が反動となって『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の体を衝撃する。


 バギュシュウウウウウウウウッ!!!


 緑色の血を絞り出すようにしながら、蹴り上げられていた蟲野郎の脚が悲鳴を上げていた。動かすべき脚を半分以上失ったとしても、その運動のために稼働していた筋繊維の収縮は止まらない。


 重量から解放されただけに強く、脚の内部で筋繊維がぶつかりながら収縮し、その反動に囚われた『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の動きは濁っていた。明確な次の動作を生み出すための全ての所作が、乱調している。


 痛みも恐怖も感じていないのかもしれない、原始的な怒りと攻撃本能しかないモンスターであったとしても、物理学の法則からは逃れられはしない。振り上げようとしていた手足を失えば、どんな動物であったとしても動きは崩れる―――。


 ―――そうだ。これはオレの技巧が生み出した結果だ。戦士は暴力で運命を制御することが可能な、神秘的な職業である。研ぎ澄まされた暴力により、オレの何十倍も体重がありそうな巨大な怪蟲は動けないでいた。


 サディスティックな悦びが、獣みたいな貌を選ばせる。


 口を開き、歯で戦場の風を切り裂き……オレは加速していた。飛び散ってくる緑色の毒気を帯びた血をすり抜けながら、オレは次の脚へと近寄ると竜太刀による斬撃を放つ!!


 ザギュウウウウアアアアアアアッッッ!!!


 切り裂いたのは、先端だけだ。


 肉がそれほど詰まってはいない、怪蟲野郎の脚の先端。そいつは細くて、アーレスの力を帯びた竜太刀の一刀の前には容易く切断することが可能だった。


 破壊というのは何も大きければ優れているとは限らない。


 とくに武術において、敵の動きを破綻させて崩すという時には、ちょっとした破壊でも十分だったりするものだ。


 老兵ガルフ・コルテスが『パンジャール猟兵団』の団長でいられたことは、それを証明しているな。


 力だけが強さとは限らない。わずかな力を最適なタイミングで加えることだけでも、対戦相手の動きは崩れていく。


 踏ん張ろうとしていた脚だったのさ。


 オレとアーレスの竜太刀が切り裂いたのは、砂を貫き脚の喪失に耐えようとしていた、巨体を支えるための健気な脚だ。そいつを斬っただけ。『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の体は、少しだけ失われたその足先のせいで、転げてしまう。


 砂に向かって怪蟲の体が倒れていくのだから、オレは獣のように俊敏になった。ストラウスの剣鬼の血が、弱り隙を見せた獲物のために熱を帯びる。『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の頭を目指す。


 そこが急所であるということを、オレはラシードからの言葉で識り。ギュスターブ・リコッドの行動で理解しているのだ。


 狙うのは頭だったよ。そいつを破壊してやろうと、オレはステップを踏んでいた。竜太刀を振り回すようにしての、軽やかなステップ。そいつは『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の頭が生えている首のつけ根に叩き込む。


 斬撃が甲殻を断ち切って、その奥にある筋繊維をも斬っていた―――情けないことに、この一撃で戦いを終わらせることは出来なかった。倒れ込んだ怪蟲野郎は、残りの脚で砂を蹴り、また反対側の脚のセットでは砂を掴み這うようにして逃げていく。


 ……大した反射速度だと褒めてやろう。


 オレの自尊心を守るためではなく、事実としてだ。いい動きをしたのは事実だったからな。こいつはオレの自己弁護などではなく、痛みも恐怖も感じていない原始的なモンスターへのリスペクトだ。


 進化ってものを、ずっと昔に捨てたような醜い怪蟲野郎は、反射的にオレから遠ざかり―――それでいて次の瞬間には攻撃するため、残った脚を使い、その半月みたいな胴体を高速でねじり上げながら、長い脚を回し蹴りのようにして放っていた。


 砂を薙ぎ払うようにしながら、オレの左側から太いトゲが無数に生えたモンスターの脚が迫ってくる。


 ここが砂地でなければ回避は間に合っていたんだが。残念ながら、砂地ではヒトの脚は高速での動きを実現することは難しい。


 回避ではなく、竜太刀を構えることで防御を選ぶ。回転してきた脚が竜太刀の刃に衝突し、オレの体は『イルカルラ砂漠』の上を滑っていたよ。砂地だからな、砂に足をすべらせるような技巧を使う。


 腕と竜太刀は頑強に連結し……それでいて、足で砂を踏む力はわずかにする。そうすれば衝撃に乗って砂の上をすべることが可能となる。


 そう読んでいたし、実際にその予想を実現していた。


 吹き飛ばされながらも、それだからこそ体にかかる衝撃を逃がすことが可能というものだよ。


 巨大な体重をもった生き物との戦いは、オレも慣れている。


 この竜太刀に今は融け合っている、アーレスという年寄り竜といつも鍛錬して来たのだからな。


 何回も何十回も何百回も何千回も。


 ……実際には、もっと多くの数だけ吹き飛ばされて、頭と体で理解し把握し、年寄り竜のしわがれた声で教わったのだ。


 巨大な怪物との戦い方。


 竜だろうが、不気味なモンスターだろうが同じことだ。


 力を逃しながら、戦うことが最適解。そいつをオレは今日もする。師であるアーレスから教わったように、恩人であるガルフ・コルテスから学んだように。力をいなしたオレは、さらに走る。獲物を殺すためにな。




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