第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その44


 ゼファーの羽ばたきが砂混じりの熱い風を巻き起こし、オレはカミラのための盾になる。目を細めながら力強い風を見るのさ。ああ、うちの仔竜は日々、その翼を大きくしているな……。


『ちゃーくちっ!!』


 大地を揺らして黒き竜の脚爪が『イルカルラ砂漠』に突き刺さっていた。長い尻尾がぐるんと回り、お気に入りの砂漠の砂を掃いている。砂の感触に満足を得たのだろうよ、ゼファーの顔は楽しそうだ。


 ぷしゅー!と吐き出された鼻息が空を走る頃、オレの手はゼファーの鼻先を撫でていた。硬い竜の肌に触れながらのスキンシップさ―――そして、それだけでもない。『呪い追い』で得た情報を共有するためでもある。


 ゼファーは瞳を閉じて、集中力を高めた。数秒後に開かれた金色の瞳は、オレの左眼と呼応するように輝く。ふたりのあいだに魔法の目玉の情報が共有されたんだよ。これでゼファーも『彼女』を追いかけることが可能になる……。


 ……だが。


 タイミングが良いとは言えないようだ。


「ソルジェさま。西の空が……」


 不安げなカミラの声を聞いた。そうだ。今、西の空には巨大な砂嵐が発生している。『呪いの赤い糸』が向かう先は、赤茶色に渦巻く砂の大瀑布の果てだった。


「……ラシード、アインウルフ。あの砂嵐の方角にメイウェイたちは向かった。正確には西南西ってところだ。どういう意図があると考えられる?」


「自分の手勢と合流しようと考えたのだろう」


「……時間が経てば、メイウェイにとって有利な動きも出て来るからね。メイウェイを支持する将兵たちが、メイウェイの捜索に乗り出すだろう」


「うむ。この土地の指導者はあくまでもメイウェイ。アルノアという男が根回しをしていたとしても、メイウェイを短時間で暗殺することが叶わなかったことは大きな不利だ。おそらく『ラーシャール』へと向かうつもりだろう……『ガッシャーラブル』に向かう可能性もあっただろうが、それは選ばなかった」


「……帝国軍人の鑑というわけか」


「そいつは、どういうことだい、サー・ストラウス?」


「メイウェイを支持する集団は、『ガッシャーラブル』には多いのさ。そこに逃げ込み、支持者と合流するという方法もヤツは選べた。そいつは至極、無難な策じゃある。アルノアとその支持者から逃れるには、合理的な判断ではあるのさ」


「……どうしてそれを選ばなかったんだ?」


「帝国軍同士が国境近くで争う可能性を嫌ったわけだ」


「そうか。国境近くで内輪モメになったら……おっかないクラリス女王にまとめてぶっ潰されちまうもんな!!」


「おっかないは余計だ。うつくしく聡明なオレたちのクライアントを悪く言うな」


『そーだよー。くらりすは、う゛ぇりいとおなじようにいいひと!おにくをくれるし、ぼくたちのくらいあんとー!』


「まあ、褒め言葉だよ」


「外交というものを学ぶべきだぞ、鎖国の時代は終わったんだからな。自分たちの同盟の盟主を悪く言えば、国際問題となりかねん」


「……外交ってのは、難しいんだよな。忘れていたよ。でも、本当に褒めているんだぜ?怖いってのも、オレたちとしては褒め言葉だ」


 非公式の外交官、そいつがスパイだってアイリス・パナージュ『お姉さん』に教わっているオレとすれば、ギュスターブの迂闊さにはアドバイスを与えておきたい。オレたちは『自由同盟』を代理するような側面を持ち、ギュスターブはグラーセス王国を代表する戦士の一人だ。


 ……もちろん、オレだってグラーセス王国に小さいながら領土も持っている『貴族戦士』の一人なのだから、グラーセス王国のために尽くすべき立場でもある。だからこそ、ギュスターブに老婆心も湧いちまうのさ。


「でも。メイウェイってヤツは帝国の貴族に裏切られているっていうのに、帝国のために尽くそうとするんだな」


「軍人の職業倫理としては正しくはある」


「律儀な男だ。そういうところがアンタの心を掴んだってわけなのか、アインウルフ?」


「ギュスターブ、君もメイウェイの友になれるだろう。祖国を思う気持ちは、君たちは共通している」


「……帝国人と組むってのは……いや、オレが口出すことじゃない。鎖国は終わったんだからな。いろいろなヤツとも手を組む必要がある……」


「約束している通り、メイウェイを死なせない努力を君たちがしてくれたのなら、私は自分の才能と経験を『自由同盟』に与える。君らが恐れ奉るクラリス女王に忠誠を誓うとするさ」


「……そうかよ。で、メイウェイってのが、このまま西の街に向かうとしてよ?そうなったら、無事に済むのか?」


「……衝突が起きるだろう。メイウェイの向かう先には、一つに意味しかないわけではないはずだ」


「騎兵も呼んでいるというわけだ」


「ああ。前々から約束事をしていたのだろう。メイウェイは自分にもしものことがあった時は、『ラーシャール』に自分の息のかかった軍勢を集めることを、計画していたに違いない……」


 オレが『ガッシャーラブル』で拉致した、あのロビン・クリストフ特務少尉の言っていた通りのようだ。『帝国人の敵』は帝国人だったらしい。


「メイウェイは反乱を予期していたわけだな」


「……『ラーシャール』周辺での戦闘ならば、国境警備にそれほど甚大な隙を作ることはないだろう。好判断だ。しかし、リスクは大きいだろう」


「アルノアになびいている戦力は多いだろうからな。『ラーシャール』の近くに、ヤツもまた拠点を構えていた……双方の大きな戦いになる可能性も高い。オレたちとすれば、連中が潰し合ってくれると助かるんだがな」


「……そうだろうね」


「しかし、そういうことにはならんだろう。今から、オレたちがメイウェイを捕まえるからだ」


「いいのかよ、サー・ストラウス?」


「どう転んでも悪くはないが、サイアクなのはメイウェイが騎兵たちと合流するより先にアルノアの配下に殺されることだ。メイウェイは、今その冒険の最中ではある」


「そうか……オレたちにとっては、今のところ一番の敵はアルノアってヤツでいいんだよな?」


「それでいい。アルノアに迷惑をかけることがオレたちの理想になる。メイウェイは死んだような扱いになっている。これ以上、殺しても『自由同盟』のメリットにはならない」


「メイウェイを拉致る。それでいいか?」


「ああ。メイウェイの死体が見つからない限り、アルノアは方針に迷ってしまうだろうからな……組織内部が疑心暗鬼の状態になってくれるのならば、オレたちも工作のし甲斐がある」


 アルノアが謀殺しようとしているという事実を、補強する書類はあるわけだからな。アルノアが『ラクタパクシャ』の傭兵と交わした契約書だ。オレたちが持っているだけではなく、メイウェイの勢力にもリエルの『矢文』で渡してやったからな。


 モメてるさ。


 時間の経過が有利に働くのは、オレたちにとってもだ……どうあれ。今はメイウェイを確保するとしよう。


「ゼファーに乗れ。砂嵐のなかだったとしても、竜の魔眼からは逃れられはしない。アルノアを確保するぞ」




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