第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その45


『いっくよーッッ!!』


 ゼファーがそう叫び、翼を広げる。オレたちを乗せたままその場で跳び、翼を広げて空を叩く!高く高くへと飛び上がっていくのさ。熱を持った砂が吹きつけてくる。砂嵐は近づいて来ているようだが……問題はない。


 ゼファーが楽しそうだからだ。


 ある程度の高さにまで達したゼファーは、首をうねらせて骨を鳴らすのさ。翼に力を入れる……金色の瞳は、挑むべき相手をまっすぐに見据えている。


『みんな、めいうぇいはあのすなあらしのしたにいるよ!つっこむからね?つっこむからとばされないように、しっかりとしがみついていてね!!』


「おう。しっかりとゼファーの背にしがみついておけよ」


「はい!おまかせくださいっす!」


 オレの腕のなかでカミラ・ブリーズはそう語る。両脚でゼファーの首のつけ根をギュッと締めつけるんだ。『吸血鬼』の力なら、問題はまったくないだろう。ドワーフの戦士も、巨人族の戦士も、馬術の大天才サマも問題はないはずだった。


「ククク!楽しくなってきたぜ!!」


「砂嵐に挑む?……本当にソルジェ・ストラウスという人物は愉快な男だ」


「竜に乗る者ならば、それをしたくなっちまうもんだ」


「気持ちは分からないではない。私も砂漠をアレクシスで踏破した時には、何にも耐えがたい感動を得たからな」


「似たようなものだ。竜は、空では負けてはならない。竜騎士もしかりだ」


「……オレたち、竜騎士じゃないけど?」


「付き合えよ、グラーセスの友よ」


「わかった。グラーセス王国にいたら、あんな赤いムチャクチャなものに挑む機会もないから。楽しむことにする」


「……砂嵐に挑むか。リスクだとは思うが、メイウェイに警戒されることなく接近することも可能か」


「そういうことだ。砂嵐のなかではメイウェイも騎兵たちと合流することは出来ないだろうからな」


「この少人数でも拉致することが容易くなるわけだ」


「数が多かろうが少なかろうが、魔眼を持つオレとゼファーだけが活動することが可能になるからな……」


「いい作戦だ。ストラウス卿にばかり負担をかけてしまうような気がすることは、少しばかり気になるのだが」


「問題はない。知りたいのは―――」


「―――メイウェイの外見か?」


「そうだ。ラシード、ヤツはどんな男だ」


「瞳の色はブラウン。髪は黒くて癖毛だ。中肉中背の男だ。目と目の間隔は広くはない。普段は穏やかなものだが、戦のときは肉を喰らう獣のように前を睨みつける」


「それだけじゃ参考になりそうにねえぜ?」


「……まあ、全員を気絶させればいい。そのあとで、チェックタイムだな」


「おー、全員と戦う気なのか!さすがだ、サー・ストラウス!」


 ギュスターブ・リコッドは剛毅な作戦を好むようだし、オレも時間があれば砂嵐に紛れて敵を一人ずつ片付けて行く戦い方をしてみたくもある。だが、今回は時間を優先しようと考えている。


「いや。あの砂嵐の中なら、そう離れ離れには行動しないだろう。まとまって固まっているのなら、オレにとっては襲いやすい」


「魔術を使う気なのか、サー・ストラウス?」


「それも考えているが、まとまっているのであればゼファーの体当たりで吹き飛ばせばいいだけだ……死にはしない程度に、痛めつけてやればいい。直接当たらなくとも、影が帯びた風で殴りつけてやる方法もある……」


 そういう技巧を教えておく機会にもなる。殺傷力の低い拘束のための攻撃を選ばなければならない時もある……ゼファーにはいい課題かもしれない。


「楽しむぞ、ゼファー」


『うん!』


「しかし、砂嵐で視界が見えないところに竜が襲いかかって来るのか……地獄だ」


「そうだな。近づいてくる竜の姿を見ることこそ、眼福というものだ」


「……オレが考えていることと、ちょっと違うことを話している」


「見えたほうがいいだろ?ゼファーの愛らしい姿を?」


『だよねー!』


「……まっすぐに自分に向かって来る竜か。そいつは、竜騎士にはたまらない光景なんだろう。でも、オレにとっては地獄かもしれない」


「地獄ではないさ。殺さないんだからな。これほどの労りはないない」


「そうかもだが、でも、どうするんだ?竜で奇襲を仕掛けるんだろう?」


「さっきも言っただろ?影が帯びた風を使うことで、手加減は可能だと……」


 この言い回しが理解してもらいにくいのだろうか?……ガルーナ人の独特の言い回しにはなるかもしれない。


「つまり、ゼファーが敵のギリギリを飛び抜けることで、飛翔が生み出す突風をぶつけてやるんだよ」


「なるほど。風にブン殴られるってわけか?」


「そうだ。身構えていない敵ならば、風で蹴散らせばいいだけだ。腕のある軍人たちならば、死にはしない……風に何十メートルも吹き飛ばされないように、加減もしてやる」


『うん!てかげんしながら、ぶっとばーす!』


「そうだ。死なない程度にやるぜ、ゼファー」


『えへへへ』


 ゼファーの背中を撫でてやる。ゼファーは嬉しそうに空で尻尾を振った。そして、集中を深めていく。呼吸を小さくして、目の前に迫った赤茶色いの砂の瀑布を視線で射貫く。


 『呪いの赤い糸』も見えてはいるが、今のゼファーの集中力は、それを気にしてはいない。渦巻く風に乗ることを考えている。風を力尽くで突き破ることを、ゼファーは考えてはいない。それではシンプル過ぎるからだ。


 すでに二度見ている。『イルカルラ砂漠』の砂嵐を、オレもゼファーも二度、見て来た。その風の動き方は、把握しつつある……。


 オレたちの集中を、馬術の天才は嗅ぎ取っていた。背後から紳士の声が聞こえる。


「……竜騎士と竜の力か。再び、見せてもらうとするよ」


「この作戦が終われば仲間になる。特等席で見ておけよ、アインウルフ」


「メイウェイ以外も殺さないでくれると助かる」


「無益な殺生はしない。メイウェイ以外の兵士は、アルノアと潰し合わせるための駒になる……それで十分だな」


「殺さないというのなら、君の言う通り十分なやさしさだ」


 自分でも本当にそう思う。昔のオレならば、有無を言わさずに帝国人など皆殺しにしようとするだろう。アインウルフと組もうという考えさえも持つことはなかった。


 ……経験値が、オレを濁らせているのか?


 それともこれは成長というべきなのか。


 帝国人に憎しみや殺意を抱くことは、愛であり『正義』だ。それは変わらないが、ガマンすることで得られる力もある。純粋なだけでは到達することの叶わない深みというのもあるのだ。


 全ては、帝国を倒すためだ。


 ……いや。今は、砂嵐に集中するとしよう。これほど面白い風はそうはない。




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