第四話 『ドゥーニア姫の選択』 その41


 手のなかに生み出していた『炎』を握りつぶすような動きで消失させると、その死体の検死を始めることにする。ズタズタにされた衣服を、引き千切るような乱暴さで胸元をはだけさせたのさ。


 死体の胸と腹には手当のあとが見られる。縫われたばかりの新鮮な傷と強くしっかりと巻かれた包帯だ。


 メイウェイの治療行為だろう。包帯には血がにじんでいるが、わずかなものだ。戦場の混乱で負った深手に対しての処置としては、理想的なレベルの処置と言えるものになるだろう。メイウェイが持っている医術的な技巧はかなりのものだ。


「メイウェイはいい腕をしているな」


「そうっすね。見事な処置っすよ」


「……だが、せっかくの手当もムダになってしまったようだな」


 包帯の巻かれた胸と腹には、彼の命を奪うことになった7つの刺し傷もあった。それらはどれも深い穴だったが……致命傷は鳩尾から抉り込むように突き刺された傷だな。


「右利きの兵士が犯人だ。鳩尾から心臓の先端を狙うように、体重をかけてかち上げるして突き刺したな。おそらく、この死んじまった帝国の兵士の背中を壁に押し当てるようにして使った。やや小柄な兵士。そして右利き……メイウェイは左利きだったな」


「メイウェイは部下を裏切ることはない。裏切られたとしてもな」


「上司が言うんだ。メイウェイの仕業ではないんだろうよ」


「そうっすね。こんなに丁寧な処置をしておいて、わざわざ殺すなんておかしい」


「じゃあ、誰がやったんだよ?……もしかして、コイツは裏切り者で、メイウェイの部下に殺されたのか?」


「可能性はあるが、どうだろうな……コイツを殺した犯人は、オレの予想では女だ」


「女?ストラウス卿、本当なのか?」


「根拠はいくつかある。まずは、小柄なことだ。傷口の角度から見て、人間族なら女の身長、あるいはドワーフ族ってところだ」


「オレたちの仲間が帝国人を殺した?」


「いいや。ハナシは最後まで聞くものだぜ、ギュスターブ」


「そうか。じゃあ、続けてくれ」


「……比較のために使ってしまったが、犯人はドワーフじゃない。小柄な身長に、それなりに非力なんだよ。負傷した兵士相手に、一撃では致命傷を与えられなかった。技巧も知識もある訓練された犯人ではあるが……腕力そのものが足りなかった」


「ドワーフ族なら、非力ってのはおかしいっすよね」


「だよな。じゃあ、ドワーフ族じゃない」


「そうだ。小柄なことと、筋力不足であること。そういうことから判断して、オレは右利きの女兵士が犯人だと考えている……」


「女兵士か。じゃあ、アルノアってヤツが放った暗殺者の仕業なのかよ?」


「……この場所は閉鎖されていたからな。犯人の女がアルノアの部下という説は、それなりに可能性が下がる……それに、暗殺者としては、殺し方がな……」


「じゃあ、『仲間割れ』ということっすか、ソルジェさま?」


「……だとしても、背後から刺しても良かったはずだぞ。そっちの方が効率的に暗殺は可能だからな……」


「でも、それを選ばなかったわけだね、犯人は」


「ああ。正面から殺している……『仲間』を手にかけることの罪深さから逃げたくはなかったのかもしれない……正面から堂々と殺しにかかった。ある程度、抵抗されてもみ合いになりながらも、やがては仕留めた」


「……メイウェイの部下の女兵士が、この男を殺したという予想をしているのか、ストラウス卿よ?」


「蛮族の脆弱な脳みそが作った推理に過ぎないものだがな。メイウェイは、ここに治療した重傷者を隠した。メイウェイはそのあとで、この砦から脱出したんだろう……この通路の先を使ったのか……それとも二手に分かれたのかもしれない」


 ……この通路の奥からは風を感じる。遠からずに地上への出口があるだろう。だが砦の周囲には、馬がいたはずだ。その馬を回収してもいる……殺人犯の女は、その出口を使って外に出て、メイウェイたちと合流したのだろうか?


 この通路を外から閉じる必要もあったはずだからな。急いでいるのなら、役割分担をするものだ。


「……メイウェイに、彼をここに隠せと命じられていた女兵士が、彼をここで殺害したのかもしれない」


「どうしてだ?」


「不安になったのかもしれん。メイウェイがアルノアに裏切られてから半日も経っていない。この男はアインウルフが知るほどの古参兵でもないんだ……女兵士は、コイツを生かしておくことにリスクを感じたのかもしれないな」


「……そのレディーは、アルノア伯爵の放った刺客に彼が見つけられた場合……彼は、メイウェイに不利になる証言をするかもしれないと考えたと?」


「だとすれば、彼を殺したとしてもおかしくはない……メイウェイだけでなく、引いては彼女自身の身を守ることにもなる……葛藤はあったが、実行したんだろうよ」


 追い詰められていた状況だ。アルノア側に仲間だと考えていた若い騎兵たちが、そそのかされてしまった。不安になり、誰が敵で誰が味方なのかも分からなくなるような状況に陥っていた。


 そんな状況になったとき、ヒトはまともな判断を行えるような動物ではないんだ。極限状態で、迷ってしまえば……ときどき罪も犯してしまう。間違いだったのかもしれないが、不安要素を消し去ることで、彼女は自分の心が落ち着くと考えてしまったのかもな。


 だが。


 経験上、その選択は間違いだと確信する。迷いの果てに仲間殺しをした戦士を何人かは知っているが……どいつもこいつも、死霊にでも取り憑かれたようになっていった。酒に溺れて幻覚を見るようになり、狂っていった。


 ……宿屋の庭先にある木の枝にくくりつけたロープで、首を吊った男もいる。敵を殺すことは何の苦痛にもならないことがあるが―――仲間を殺すという罪深い行いが、どれだけ深く自分の心を狂わせてしまうものなのか……。


 彼女にとっては、悪い決断だったのかもな。背後からではなく、正面から仲間を殺す重みを背負おうとするほど、マジメな女性には……仲間殺しの罪は重い。割り切れるような罪ではないさ……。


 ……オレの推理は、空想じみているのかね。そんな不安も少しはあったんだが、今では完全なる自信を持っている。オレの推理の多くは当たっているんだろうよ。なにせ、『見え始めている』んだからな。


 そうだ。


 『呪い追い』。魔法の目玉が修得した、あの瞳術が機能し始めている……この男は女兵士に殺されながら、呪ったようだ。そいつは呪術師が使う高度なものではないのだろう。だが深い悲しみと強い怒り、大きな失望によって編まれた、簡素ながらも呪いの一種に他ならない。


 数時間前に彼女が突き刺した心臓からは、『呪いの赤い糸』が垂れている……途切れそうなほどに薄いが、そいつは風の吹いてくる通路の奥に向かって、たしかに続いていたよ。恨みの赤は暗闇のずっと先にいる彼女に、しっかりとつながっているはずだ。


「……メイウェイの側近の一人を、追跡することが可能になったぞ」


「本当か、サーストラウス?」


「まさか……これだけの情報で可能だというのか?」


「ああ。古竜がくれた魔法の目玉が、仲間殺しの罪を見逃さないんでな」




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