第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その40


 ギュスターブは低い背でその隠し通路へと入っていく。その通路はさほど広くはないが、それだけにドワーフ族のように背の低い種族にとっては向いている穴になるな。彼はどんどん奥へと進む。オレは頭をちょっと屈めてやれば進めるが―――ラシードは膝を曲げる必要があった。


 それでも通れないことはない。オレたちは頑丈なグラーセス・ドワーフを最前列にした隊列で暗がりに満ちた通路を進んだ。血の臭いが近づいてくるな……。


「負傷者は、この奥に置き去りにされたんすかね……」


「傷の次第では妥当なことだろう。手当のための薬に、保存に向く食料が置いてあれば、ここに隠れつづけるというのも悪くない」


「なるほどな。そういう考え方もあるか。オレたちグラーセスの戦士も、地下のダンジョンに負傷者を隠すこともあった。地下ってのは、オレたちの感覚だと悪い場所じゃない。隠れ家としては最適だ」


「蛇神の信徒としても、その意見には賛成したいところだ」


「蛇神も潜るのか?地下に?」


「宗教的な意味がある。私たちの宗教では、蛇が地下に掘る穴に倣って地下墓所を作ることもあるのだ」


「え?じゃ、じゃあ、この奥にもあるんすか!?」


 墓と聞いてカミラは恐怖を感じたらしい。オレの背中に抱きついてくる。豊かなおっぱいが背中に当たって嬉しくなるな。


「いいや。砦の下には作ることはない。多くは砂の下に『卵』を模した楕円形の棺桶にいれて安置するのが一般的だ。地下墓所を作るときは固い岩盤に掘ることが多い」


「そ、そーっすか。よかったー」


「カミラ姐さんは墓場が怖いのか?」


「墓場が好きな女の子とかいないっすよ」


「……そーだろうな。男も、別にいないかもしれない。サー・ストラウスは変わっているから、そういうの好きなのか?」


「バカ言え。他人の墓なんか見てどうするってんだ」


「いやいや。バカに出来ない趣味だとも言えるよ、ソルジェ・ストラウス」


「アインウルフ?」


「過去の偉大な勇士たちの墓碑を眺めることは、歴史を感じさせてくれることだ」


「そういう見方をしたことはなかったな。帝国人の文化か?」


「一部の人々にはそうかもしれない。異郷の地に眠る偉大な先人たちに、皇帝は帝国の爵位を与えることもあった」


「同化政策というわけか。それぞれの王国の過去の英雄を、自分たちの歴史に無理やりに列席させることで、君らファリス帝国人は領土だけでなく歴史も奪う」


「……否定は出来ないね。たしかに、悪癖であることも事実だ。帝国からすれば、一種のリスペクトでもあるのだが……歴史を穢す行いか」


 侵略者の歴史に加えられて、政治利用される。過去の英雄たちにとって、これほど不名誉なこともないさ。そんな言葉を使いたくなるが、今は討論している場合でもない。


 血の臭いは強くなる……違和感を覚えるな。この狭くて暗い通路の三度目の曲がり角を過ぎた頃、疑問が口から出ていたな。


「どうして、こんなに血の臭いがする?……メイウェイは応急処置をしたんだぞ?」


「メイウェイの医術の腕は確かだ」


「……ならば、出血が酷くなった理由ってのがあるな。そして……そいつは間違いなく死んじまっている」


 予想を告げながら、四度目の角を曲がる……ギュスターブはピタリと足を止めていた。オレは通路の天井に指を掛けるようにしながら、ギュスターブの背中を追い越すようにする。ギュスターブの針金みたいに太い黒髪の向こうには、壁にもたれた男がいた。


 人間族の茶色い髪をした男。


 もちろん、息をしてはいない。血まみれだからな。服はズタズタに切り裂かれてしまっている。得物はナイフだろうな。この狭い空間では、剣を振り回すことは難しい。


「……サー・ストラウス。あそこで帝国人が死んでるな」


「そのようだな。ギュスターブ、先頭をオレにゆずってくれ。死体を調べることには、オレは長けている」


「そうか。オレは死体を見てもよく分からん。サー・ストラウスに任せるよ」


「ああ。オレに任せろ」


 先頭を歩くのは好きだ。偉大なドワーフ族の戦士を追い抜くようにすることは、戦士には心地よい瞬間だ―――さてと、死体を調べるか。


 ゆっくりと、その場にしゃがむ。うなだれた顔を見る……見開かれた瞳がそこにはあった。


「……ストラウス卿。その死体を調べて、何か分かるのか?」


「……そうだな。年齢は、20代半ばってところだ。階級は分からないが、それなりに古傷はある……アインウルフ。コイツに見覚えがあるか?」


 手元に『炎』を呼び起こし、その灯りで死んだ兵士の顔を照らす。これで夜目が利かない人間族の中年紳士の目にも、このそう古くないしたいの顔がよく見えるはずだった。アインウルフの気配が背後に近づいてくる。横目でアインウルフの顔面を見上げる。


 紳士の首は横に振られていた。


「いいや。残念だが、この青年の顔を見たことはない」


「メイウェイの仲間のはずだが……現地で採用したヤツなのかもしれん」


「私たちの仲間としては、少しだけ若い。私はベテランの戦士を採用する」


「そうか……ラシード。見覚えは?」


「……記憶にあるような顔ではない。名も無き戦士だろう」


「……ふむ。名前は分からないか。しかし、ナイフでズタズタにした。さーて、追跡者がやったのか……それとも、メイウェイたちのあいだで仲間割れが起きたのか。どっちかだろうな」




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