第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その25
オレたちは、崩れかけている砦へと入ったよ。中には涼しさを求めていたのか、『自由同盟』の若い戦士たちがいた。かなり急ぎ足の行軍だったのだろう、誰もが疲れてはいたが、オレを見ると立ち上がり姿勢を正した。
エルフにドワーフに、巨人族、若い戦士たちが10人ほどいたよ。エルフの青年が、オレを緊張している瞳で見つめていた。敬礼をして、凜然とした若い声を放つ。
「サー・ストラウス。お待ちしておりました!」
その声に反応して、若い戦士たちが一斉に敬礼をする。いい練度を感じさせる姿だったな。
「……待たせたようだな」
「い、いえ。そうでもないです!我々も、少しばかり、疲れていたので、よい休憩時間になりました!」
「そうか。それならば、良かったよ。体を休めるのも戦士の仕事のうちだ。気にせず、体を休めておけ。土のように静かに体を休めておけ。この土地の風は、熱を宿しているし、標高もかなり高い。体を休めておくことが、今の君らの優先事項だ」
「はい!」
「了解です!」
若い戦士たちは、床に座ったり、横になったりしたよ。酸素も少ない土地だからな。疲労を回復するには時間は必要なのさ。
オレは若い戦士たちに見つめられながら、二階へと続く階段を見つめた。
「二階でいいか?」
振り返ることもなく、背後の紳士に訊いていた。返事はすぐにかえってくる。
「ああ。私は何処でもいいよ、ソルジェ・ストラウス。君の好きな場所で話し合おうじゃないか」
「……オレの偵察によれば、三階は崩れかけて、四階と五階はほとんど崩れている。二階が、いちばん会議するには適していそうだな」
「わ、我々は、耳を塞いでいた方がよいのでしょうか!?」
エルフの青年が質問を投げかけてくる。オレは肩をすくめた。
「いいや、別に君らに秘密を作りたいわけではない。オレたちを気にせず、休んでいればいい」
「はい!そうします!」
マジメな青年は休憩という仕事を実行する才能に欠くかもしれんな。以前のオレのようだ……というのは、言いすぎか。
とにかく、ホコリっぽい黄土色の石段を踏みながら、オレたちは二階へと登っていたよ。そこにあったのは、古材をつぎはぎにしたような古いチェストに、鍵がすっかりと錆びてしまった大きな宝箱―――といっても、宝なんてものは入っちゃいないだろうがな。
ジャガイモでも入ってそうな袋は並んでいたな。古いものじゃない。遠征隊が運び込んだものだろう。食料は、人数からすれば多くはない量だ。補給を想定しているような量だ。シャーロンは、第二陣の遠征隊をすでに派遣しているんだろうな。
『自由同盟』の動きも気にはなるが、まずはメイウェイについての方を優先するとしよう。古いがイスとテーブルがこのフロアにはあったからな。この空間には、暖炉もある……大昔の山賊たちは、ここで晩飯を食べていたのかもしれない。
砂埃は若干ながら気になるが、このテーブルを会議用のテーブルにするとしよう。オレはテーブルの上に逆さまになって置かれていた、古いドワーフオークの四つ足のイスを手指で掴んで力を入れる……壊れそうじゃなかった。ドワーフの仕事だろうな。
無言のまま、イスを下ろして、手のひらをつかって砂埃を払い除けると、そこにカミラを招いたよ。
「えへへ。ソルジェさま、紳士っすねー」
嬉しそうに笑ってくれる。だから、彼女の夫であるオレも笑顔になれるんだよ。オレはガサツだから、たまにはレディーファーストという騎士道の側面を実行しておかないとな。女性への気配りを忘れてしまうことは、良くないことさ。
オレはカミラの隣りにイスを下ろして座った。ギュスターブとラシードとアインウルフには、レディーファーストの精神は必要ない。男たちはそれぞれ、イスをテーブルから引きずり降ろして、テーブルを囲むように配置して座る。
『メイガーロフ』の山賊たちも、こんな風に会議をしているのだろうな。
「……さてと、メイウェイが置かれている状況を、アインウルフ。お前に教えよう」
「……そうしてくれ。メイウェイは、生きているな?」
「状況は流動的ではある。メイウェイに対して、オレたちも『イルカルラ血盟団』も確保はしていないし、殺してもいない。オレたちの攻撃に巻き込まれて死ぬほど、運が悪いヤツじゃなければな」
「そういうことで死ぬような男ではないさ」
「そうか。なら、信じるとしよう。オレたちは、メイウェイを殺せなかったようだ。だが……メイウェイは戦場で行方不明となったようだ」
「行方不明か……」
「オレたちは、アルノア伯爵という男を怪しんでいる」
「……アルノア伯爵か。なるほど」
「知り合いか?」
「社交界で、何度かな。パーティー好きな男だよ。ポーカーが得意だった記憶がある」
「社交界ってのは、俗っぽいことをするんだな」
「色々なことをしているよ。だが、遊びはヒトの性格を知るには、うってつけの行いだというのが私の持論だ。どのカードを愛しているか……合理的なのか、詩的な戦いを好むのかぐらいは分かる」
「オレの予想では、アルノアは合理的でつまらないカードを好みそうだ」
「たしかに、そんな男だった記憶がある。魅力的な戦術ではないが、合理的な考えと、消極さを感じたな」
「慎重な男か」
「つまらない程にね。だが、それはそれで弱さがあるわけではない」
「だろうな。オレたちの読みが正しければ、お前の優秀な部下であるメイウェイは、アルノアに出し抜かれて拉致された可能性がある」
「……なるほど。だから、『彼』をここに連れてきたのか、ソルジェ・ストラウス」
鋭い視線がラシードを見ている。ラシードは、無言だった。視線を隠すための灰色の色眼鏡の奥にある巨人族の瞳は、微動だにすることもなくアインウルフの視線を受け止めていた。
どうやら、ラシードが『誰』なのかには気づいているらしい。この男の場合、勘の良さもある。野生の勘を持っていそうなのが、アインウルフという男だ。賢さもあるが、それよりも度胸が目立つ戦い方をしてもいたからな。
「彼はラシードだ。それ以外の誰でもない」
「……そうか。理由があるのだろう。私は、それは問わないが―――」
「―――安心しろ。ストラウス卿の仲間として、情報を出し惜しむことはない。メイウェイとお前には、何度も屈辱を与えられたが……今は、かつての遺恨では動くことはない。私たちは、ストラウス卿のもとに協力関係になれるだろう」
「……わかった。期待している」
「うむ。ストラウス卿、ハナシを続けてくれ」
「……おうよ」
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