第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その26


 ラシードとアインウルフのあいだにある緊張感は、永遠に克服されることはないかもしれないが、今は休戦状態となることを選んでくれている。このあいだに、さっさとハナシを進めちまうとしようか。


「結局のところ、メイウェイは政治的に死んだ立場にある」


「そうだろうな。アルノアは、皇帝陛下からの信頼も厚い男だ。熱烈な人間族第一主義の支持者だった」


「……ユアンダートのお友だちっていうのは、本当なわけか」


「アルノアは有力な貴族だ。戦力も十分なものを保有している。古くからの貴族であり、いわゆる名門という立場だよ」


「名門貴族か。その割りにはセコい作戦を好むらしいな。ドサクサに紛れて暗殺を企むような」


「一族の全員が尊い行いまで継承しているとは限らない。彼は、矮小な男だ。しかし、メイウェイを追い詰めた手腕は褒めるに値する」


「アンタ、メイウェイに友情を持っているんじゃないのかよ?」


 敵を褒めるアインウルフに、ギュスターブは軽めに噛みついていた。ギュスターブは紳士の微笑みを浮かべながら、肩をすくめている。


「友情はある。尊敬もな。メイウェイは、私の部下のなかでは最も有能な男。死なせるつもりはない……我が身に代えてもな」


「そこまで考えていても、敵を褒めるか」


「強い敵だからね。剣や槍を振り回す以外の力の現れ方というのもある。アルノアは、矮小であろうとも、メイウェイを追い詰めてみせた。力量は、認めるべきと想わないかね、ギュスターブ」


「……グラーセス・ドワーフの戦士には、よく分からん考え方だぜ」


「それもいい。じつに君らしくて、気持ちの良い考えではある」


「アンタに褒められても、そんなに嬉しくないんだよ。理由は分かるだろ」


「敵だったからね」


「親戚をアンタの部下に殺されている。それは、やはりわだかまりを作るもんだ。でも、ラシードがガマンしているようだから。オレも、気にしないようにしてやる。サー・ストラウス、ハナシを続けてくれ」


「ああ。メイウェイが政治的に死んだ以上、オレたちがヤツへ二度目の死を与えることを、誰も必要とはしていない」


「そうだろうな。死者を討ち取っても、君たち『自由同盟』の名は上がることはない」


 帝国人は『蛮族連合』って呼ぶんだが、コイツは『自由同盟』と呼ぶらしい。社交術というわけでもなかろう。アインウルフは『自由同盟』を気に入っているのかもしれないな。おそらく、グラーセス王国のことも。


「……メイウェイを殺さなければ、アインウルフよ、お前はオレたちに協力を惜しまないというのは本当か?」


「本当だ。取引に応じてくれるならな。政治的に死んだメイウェイは、君らの獲物にはならないだろう。それに……メイウェイも、帝国への反発を抱いている頃だろうさ」


 帝国の貴族に裏切られて、暗殺されかけたわけだ。そうなれば、帝国に恨みを抱いたとしてもおかしいことではない……まして、メイウェイは貴族ではなく、一市民から成り上がっただけの男だからな。


 一度失った政治力を、回復することは出来まい。だが……。


「メイウェイは、素直に帝国の敵になるような男か?……帝国貴族に裏切られたことは、今回だけでもないんじゃないか?」


「……メイウェイは苦労している。実力主義を謳ってはいるが、やはり血統が重要視される社会でもあるのが帝国だからね」


「それでも、今までは忠実な帝国軍人だった。帝国を裏切るのなら、オレたちとしては、それなりに歓迎してやる気も起きる……だが、今の状況でも帝国に忠誠を誓うのなら、考えものだぞ」


「……軟禁すればいい。私にしてくれたようにな」


「……そうなった時は、お前はどうするんだ?」


「君らに従うよ。上質な騎馬軍団が欲しいというのなら、編成してみせよう。師団の長でなくなったとしても、大陸各地にある良質な騎馬の産地にあるコネの使い方までは失ってはいない。クラリス女王が予算を組むのなら、私は帝国軍に勝る騎馬軍団を作ってみせよう」


「……どうしてそこまでしてくれる?メイウェイに肩入れしているというだけでも、ないように思えるが」


「……まあ、私にも色々と思うことはある。ガルーナの竜騎士よ、君も亜人種族と共に生きたことのある男ならば、帝国のやり方に怒りを覚えることもあるだろう」


「覚えることがあるっていうほどの低頻度ではないがな。つまり、アインウルフ。お前は、帝国の人間族第一主義が、気に食わないというのか?」


「悪いかね?」


「ククク!……いいや。侵略師団の将軍にまでなった男としては、面白い意見だと感じたが……お前は、そういう男でもあるのか」


「亜人種族の兵と組んでこそ、私の師団は最強の存在だった。私は、彼らのことを差別しようと考えたことはない。結果としては、政治的圧力の結果として、師団から除籍してしまったがな。信じてくれるかね?」


「ああ。信じる。この『メイガーロフ』の民を見ていても、理解することが出来る。お前やメイウェイは、亜人種に敬意を持って接してはいたようだな。それが、お前たちの哲学なのだろう」


「……そうだ。私も、君に敗北し、君がさまざまな戦場で勝利を重ねていったことで、興味が湧いた」


「帝国に反旗をひるがえすという道にか?」


「ああ。帝国は、かつてとは大きくことなっている。亜人種族の兵を、排除したばかりか……帝国から追放している。迫害までも始めた。そうなるような危機感はあったがね。私は、怠惰なことに、そうなる流れを断ち切ることに、努力することもなかった」


「今までは傍観者だったのに、これからは帝国に敵対するか?」


「……帝国貴族の一員であり、将軍という地位を考えれば、忠誠に縛られている。だが、メイウェイという才能を救ってくれるというのなら……私の忠誠も、折れることが叶うのだ」


「お気に入りの部下の命を、鞍替えのダシに使うつもりってことかよ」


「そこまでは思わんよ。メイウェイが、有能な部下であると考えているのは真実だ。しかし、それだけでもない。私も、しがらみを持ち、それでもなお、自分の意志も曲げきれぬ……子供じみた性分の男なんだ」


「……だろうな。厄介そうだが、仲間になりたいというのなら、歓迎しよう。お前は使える」


「ああ。だが、私がそうなるためには、メイウェイの命を保証してもらいたい。彼も、いつかは君と同じ場所を見て、共通の敵に対して剣を抜き放つ日が来るだろうしな」




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