第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その20


 アインウルフ、メイウェイの元・上司になる男。帝国軍最強の騎兵の軍勢を編成し、グラーセス王国を襲撃した男―――グラーセス王国を滅ぼすような勢いで攻め立てたが、最終的には、グラーセス王国軍とオレたち『パンジャール猟兵団』の前に敗北を喫した。


 強い男だった。


 将軍としても、戦士としても一流の男だ。


「お兄ちゃん、アインウルフに会いに行くの?」


 ミアはイスの上に両膝を抱えるポーズで座ったまま、訊いてきたよ。お兄ちゃんはうなずくのさ。


「ああ。もしかすれば、オレはアインウルフを『自由同盟』に組み込めるかもしれないからな。馬の扱いに長けた男だ。ユニコーンには負けるだろうが、上物の騎馬を作れる力を持つ男だ」


 仲間にすることが出来たなら、オレたちには大きな戦力になる。


「アインウルフは、メイウェイのことをえらく評価しているんだ。メイウェイをオレたちが殺さないのなら……手を貸すと言い出すほどにな」


「ストラウス卿は、それを信じるのだな」


「信じる。鋼を合わせた男のことは、理解が及ぶさ。嘘をついてまで生きられるような男ではない」


「……そう、か。猟兵の直感は、信じるべきだろうな」


「そーゆうことー!」


 誰よりも猟兵の哲学を守るミア・マルー・ストラウスが、お兄ちゃんに変わって返事をしてくれていた。ラシードは納得したようだ。


「信じることにしよう、私がそうされたように、私もそうすべきだ。君たちの仲間なのだからな」


「オレの耳を喜ばせる言葉だよ、ラシード」


「……ですが、ソルジェ兄さん。メイウェイを死なせないことが条件なんですよね?」


「そうだな。メイウェイが、まだ生きているとしても、いつまで生きているかは分からない。だからこそ、元・上司のアインウルフの出番かもしれん」


「元・上司……アインウルフには、メイウェイの行動パターンが読める、ということですか?」


「そう考えている。上司は部下の行動パターンぐらい読めるものだからな。とくに、追い詰められた時の行動は、性格を把握していれば想像がつくもんだ」


「イエス。団長は、私のことを、よく理解してくれていたであります」


「家出娘になったよな」


「面目ないであります」


 まあ、上司ってのは部下を知っているもんだ。部下が思ってもいないほどにな。失敗の癖だって、見えてくるものだろう……うちの猟兵たちは有能すぎて、欠点とかは、そうありはしないがな。


 ……だが。追い詰められた時に、どんな行動をするかぐらいは、予想することが出来る。上司ってのは、そういうポジションなんだよ。


「メイウェイが生きているとすれば、どこかに身を隠しているんだろう。『イルカルラ血盟団』に発見される可能性が低い場所であり、帝国軍にも見つからない場所―――そして、古く信頼がおける仲間になら、見つかる場所かもしれん」


「アインウルフならば、その場所も予想がつくってことっすね?」


「そう期待しているよ。とにかく、今はアインウルフに会うべきだな」


「うむ。誰が向かうのだ?全員で行くほどのことでもなかろう?」


「そだねー。『ガッシャーラブル』の守りもいるかも?……帝国軍、どう動くか読めないもん」


 指揮官の不在だから、突発的な行動を軍隊が選ぶ可能性はある。具体的には、『カムラン寺院』を攻撃するという状況になるな。


「もしもの時に備えて、戦力は残す。まずは、オレとカミラと、ラシードだけで行って来よう」


「私もか?」


「ラシードとアインウルフの情報があれば、メイウェイを見つけ出せるかもしれないからな」


「情報を照らし合わせるというわけか」


「アインウルフが出す選択肢を、ラシードが潰してくれるというのなら、それでメイウェイの隠れ場所が分かるかもしれん」


「……行くべきだな。私は、ラシードだ。アインウルフと出会っても、過去の恨みのままに襲いかかりはしない」


 その言葉を口にすることが、どれだけの覚悟と精神力が要る言葉なのかオレには分かるんだよ。


 祖国を滅ぼした男に、復讐をしないと誓う。ラシードのような戦士には、苦痛を伴う選択に違いがなかった。オレが、それを言わせているのかもしれないな。だが、緊急事態ではある……ラシードにはガマンしてもらう必要がある。


「カミラ。出発しよう」


「はい!ゼファーちゃんは……?」


「来ているよ。呼んでおいた」


 マンサフを食べながらだって、竜騎士は竜と心をつなぐことは可能だった。性格には、昼食の前には、ゼファーに呼びかけていたんだがな。


 左眼をまぶた越しに押さえると、カラフルな天幕の布たちが、風に踊る街並みを見ることが出来た。ゼファーは、とっくの昔に、オレたちの上空で、『ガッシャーラ山』から吹く冷たい風を翼に当てながら、ぐるぐると旋回を繰り返していたのさ。


「それでは、皆、ちょっと出かけてくる」


「うむ。行って来い。私たちは、街に出て情報収集をしておくとしよう。あまり目立たないように、小規模にな」


「その方針で頼む。リエル、ここの指揮は、お前に任せた」


「ん?……私でいいのか?」


「問題はない」


「……そうか。ならば、私がお前の代わりに、皆に指示を出しておこう」


 リーダーの役目を与えられると、リエルは嬉しそうだったよ。森のエルフの王族らしいというか―――リエルらしいな。


「リエルの副官は、キュレネイだ。戦術の相談は、キュレネイにすればいい」


「イエス。リエルの副官をやるであります」


「うむ。頼りにするぞ、キュレネイ」


「よし、カミラ。力を使わせてばかりで悪いが」


「いいんです。自分の力で、役に立てれば光栄なことっすから」




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