第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その19
最高の昼食の時間は終わりを告げて、しばし、その余韻にひたっていたよ。ふくれた胃袋のもたらす、あの幸福感は何にも代えがたい。
昼寝をするのも良い時間ではあるが……大人は仕事をしなくてはならない。生きるために。そして、大きな目標を成し遂げるためにはな。
皿を流しに突っ込んで、オレたちは会議を始める。
「……まずは、『カムラン寺院』で手に入れた情報を共有するぞ」
「うむ。そうしてくれ。シャーロンからの報告は、その後でもいいだろう。私も、最新の事情が気になるしな」
リエルは胸の前で両腕を組みながら、そう語る。いつの間にやら、その手の先にはフクロウが運んで来てくれた書類を握っていた。マジメだからな。仕事をしたくてしかたがないタイプの子でもあるのさ。
「『カムラン寺院』……というか『太陽の目』は、『イルカルラ血盟団』と共同で動くことに異論はない。メイウェイの消失に、少しばかり不安があるようだが、問題はないだろう。だよな、カミラ?」
「はい!『太陽の目』の方々は……その、バルガス将軍が戦死したことで、『イルカルラ血盟団』とのあいだにあった、わだかまりも解消されたようっす」
その言葉に、ラシードはゆっくりとうなずいた。
「良かった。『彼』の死も、ムダではなかったのだな」
「ええ。ムダではありません。将軍の死も、あの戦場で散っていった人たちも、その死があったからこそ、開いた道もあるっすよ、ラシードさん」
やさしげな口調で、カミラはラシードに言い聞かせる。魔王のヨメらしい言葉だと、オレは考えていたよ。猟兵らしくもある言葉さ。
ラシードは、空になっていたグラスを掲げたよ。昨夜の戦で命を失った全ての同胞たちへと捧げたのだ。哀悼の動作をな―――。
「―――彼らの分まで、戦い抜く。それこそが、このラシードの生きる道だ」
空のグラスをテーブルに置きながら、ラシードの悲しみを超えた達観の視線が、オレを見つめて来る。
マジメな戦士がここにもいるのさ。おしゃべり野郎であるオレの口は、促されたならばすぐに開く。春の日差しを浴びたエルビナ草の芽のように。
「メイウェイについての情報も手に入った。ヤツは行方不明となっているようだ。帝国軍の見解は正式にそうであるようだ。これにはオレたちは関与していないし、もちろん『イルカルラ血盟団』も関わってはいない。総合的に状況を鑑みれば、犯人はアルノアだ」
「イエス。最も怪しい人物であります」
「……んー。ちょっと寝ている間に、色々なことが起きてて、ビックリだ」
戦火に炙られている国では、さまざまなことが急激に変化することがある。良くも悪くも、状況が不安定になっているからな。
「ソルジェ兄さん」
「どうした、ククル?」
「アルノアを疑う動きは、帝国軍のなかにはあるのでしょうか?」
「表立ってはないようだ。それに、戦場でメイウェイを誘拐したとするのなら、アルノアのシンパはメイウェイの周辺にも潜んでいる」
「……帝国人の若者は、砂漠での騎兵の特訓や、亜人種との共存に不満を抱いてもいるようでした。アルノアは、そういう不満につけ込んでいるのでしょうか……?」
「おそらくな。メイウェイは、アインウルフに仕えていた古株の兵士や、亜人種の『メイガーロフ』の民草からは支持を受けているが、若手の帝国人からは、不満を持たれていたようだ。まあ、その辺りについては、オレよりラシードの方が詳しいか」
黒いターバンを巻いた巨人族の大きな頭が、縦に動いていた。
「その通りだ。帝国人の若者は、メイウェイに反感を持っている。ヤツらからすれば、辺境の国で、地獄のような訓練を強いる男がメイウェイだ」
「好きになれるようなタイプの上司ではないか」
経営者としては、部下に厳しくするのは成長を促すためのことでもあるのだが、それを理解してくれる部下ばかりとは限らん。世の中には、鍛錬が趣味ではない男もいるのだからな。
砂漠の真ん中で、日々、騎兵の訓練などをさせられたのなら、自分の立場に疑問を覚える可能性もあるだろう。
理想的な軍人なのかもしれないが、それだけに部下からすれば耐えがたい部分も出る。若者たちの政治信条は、おそらくメイウェイやベテラン兵士のようには、亜人種への許容を許さない。若者ってのは、洗脳されやすいからな。
ユアンダートや帝国の議会が作り出した人間族第一主義ってのは、若者に根拠のない自己肯定を与えてくれているようだ。ヒトならば、誰しもが大なり小なり抱えている劣等感ってヤツを克服させるのだろう。『優れた種族の一員』なのだという言葉は。
間抜けなハナシじゃあるが、ヒトなんてそんなものだ。とくに男はな、劣等感を満たしくれる考えには、染まりやすい。女より確実にバカだから。
「……お兄ちゃん、メイウェイは死んじゃったのかな?」
「いいポイントだな。オレがアルノアの立場なら、速攻で殺しちまっている」
「イエス。生かしておく必要はないであります。ということは、逆に言えば、メイウェイが生きている可能性もあるであります」
「そうですよね」
頭が良いコンビたちが、そう語る。ミアはきょとんとしちまっていた。
「どゆこと?」
「ミア。情報が不確かなことが、そう考える根拠になるであります」
「つまり、アルノアは『イルカルラ血盟団』の戦士たちに、メイウェイが殺されたように見せかけたいんです。でも、行方不明という噂が出回っています」
「殺したなら、すでに死体を見せてるってことさ。戦が終わってからしばらく経ってから死体が見つかれば、戦で死んだということにはならないかもしれんからな。早めにメイウェイの死体が見つかる方が、アルノアには都合がいい」
「そっかー。わかったよ!リエルとカミラは分かってる?」
「と、当然だぞ!」
「自分はちょっと分からなかったですけど、お話しを聞いていて、分かりましたっす」
「……まあ、こいつは不確かな予想じゃあるんだがな。『ザシュガン砦』の辺りでは、すでに死体が見つかっているかもしれん」
「イエス。情報が遅れて、この『ガッシャーラブル』に届くことはあるかもしれないであります」
「ですが、メイウェイはこの国の太守です。その捜索は、全力を注ぐはず……現時点で、メイウェイが死亡したという情報が届いていないことは、彼の生存を予想させる情報になります」
「私の個人的な意見では、メイウェイは生きているように、今は感じている。政治的な道具としてメイウェイの死を使うつもりなら、疑われる部分を削ぎ落としたいと考えるだろう……それに、政治的なインパクトがある間に、太守の座を奪いたいはずだ」
「ドサクサに紛れての政権交代か。正々堂々を好みそうにない、アルノアという男にはお似合いにの方針だな」
「ふーむ。つまり、ラシードよ、お前はメイウェイが生き延びて、どこかに隠れていると言いたいのか?」
「そうだ、リエル殿。私は、そう直感する。ただの直感だがな」
「いや。戦士の直感は、信じるのが猟兵ってものだぜ。ラシードが生きていると感じているのなら、生きていると考えて動くのが良い結果を招く」
「じゃあ、どこかに拉致られた後、逃げ出してる……ってトコロ?」
ミアの言葉にオレはうなずく。
「敵味方が分からん状況なら、身を隠している最中かもしれん。生きていれば……ちょっと面白いコトになるかもしれんな」
「ストラウス卿、まさか……死人の戦士を、また作るのか?」
「それもまた悪くはない。メイウェイがアルノアと帝国に裏切られたのなら、スカウトしてみるのも一興じゃある……リエル」
「うむ。そういったハナシと、関連がある情報も届いているぞ。『ガッシャーラブル』から北西にある古い砦に、アインウルフが来ている。ソルジェに接触を求めているのだ」
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