第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その18


 グラスをぶつけて澄んだ音を鳴らして、オレたちは昼食をスタートさせたよ。


 まずはマンサフの黄色に染まったターメリック・ライスから食べるとしよう。スプーンでそいつをすくって、口へと運ぶ。ハーブの香りと、ヨーグルトとミルクが生み出す酸味と、羊肉の風味が混じっているな。


 濃密なヨーグルト・ソースで煮込んだ米を、口へと運ぶ。風味が強まるな、肉の気配がしっかりとターメリック・ライスに絡んでいた。刻まれていた肉と野菜と一緒に、米を噛むのさ。ああ、塩気が酸味をサポートしてくれているな。


 ……美味い。


 ヨーグルトが羊肉を、やわらかくしてくれている。


 ラシードの家のレシピは、大当たりのようだ。


「もぐもぐ!……美味しい!」


「イエス。不思議な味でありますが、肉とヨーグルトの風味も、口に入れるとあまり気にならないであります。とても美味しいでありますよ、ラシード」


「そうか!気に入ってもらえたなら、光栄なことだよ」


 家族のレシピを褒められて、新たな人生を歩き始める男は自分もスプーンでマンサフを食べ始めていた。


 羊肉の塊も、口に運ぶ。


 ミアと目が合った。一緒のタイミングで羊肉を食べたいのさ。無言の呼吸で、ストラウス兄妹はその動きをシンクロさせると、一気に肉を口へと運んだよ。ニコニコとした笑顔と、ストラウスの剣鬼の獣くさい笑顔が、肉へと噛みついた。


 弾力のある肉を想像していたんだが、肉のカタマリもヨーグルトの力が利いているのか、考えていたよりも、ずっとやわらかいものだ。


 肉を噛み、肉の線維の内側から融け出してくる肉の味を堪能する。煮込まれた羊肉は、融けかけた脂の美味さを舌に与えてくるのさ。ああ、肉を味わうことを愛するストラウス家の兄妹は、笑顔を深くするんだよ。


「お肉!美味しーね、お兄ちゃん!」


「そうだな、ミア!」


 兄妹の会話は短いものであったが、それでも十分に伝わるものがある。オレたちは、マンサフの羊肉と米を、ガツガツと動物的な勢いで食べていく。


 昨夜の連戦と、長距離の移動が、オレたちの体に疲れを残していた。『ガッシャーラブル』の昼は暑さをともなうものだったが、マンサフの熱さと、どこか似合う。スパイスとハーブをたっぷりと使った料理は、暑さとの相性がいい。


 肉汁の融けたスープをまとった黄色い米たち。そいつを、呑み込みながら味わっていると汗が噴き出してくる。


 この汗が噴き出す感覚も、好きだな。オットー・ノーランの料理への哲学を踏襲するわけじゃないんだが……熱い料理は美味いってのも真実だった。


 オレたちはラシードの作ったマンサフの米と羊肉を楽しみながら、ときおり赤ワインを呑んだ。猟兵女子たちは、カフェオーレだったがな。肉には、やっぱり辛めの赤ワインだということを再確認するよ。


 ……ああ。


 ガッツリと赤ワインを呑み始めたくなるな。


 だが、『パンジャール猟兵団』の団長さんは、意外とマジメな男だ。酔っ払わない程度のアルコールしか呑みやしないさ。


 暑さと熱さに、酒の燃える感覚を思いっきりに混ぜてみたくなりもするが……まあ、次の機会に回すとしようじゃないか。


 マンサフのレシピも、それなりに把握することが出来ている気がするな。近いうちに、オレもマンサフを作りたい。チャミードの使い方ってのが、かなりポイントになるだろう。


 ……一回ぐらいは、失敗するかもしれない。


 問題はない。失敗することで、ヒトってのは成長のための要素を得られるわけだからな。出来なかったコトが出来るようになるという感覚や、知らなかったコトを知る感覚。成長のための、若干の痛みを伴う発見の感動。そういうものと気軽に出会うことが可能だから、料理という趣味は止められそうにない。


 食べるのも大好きだが。


 作るのも大好きなんだよ。


 もっと朝食をこだわって作れば良かったかもしれない。そういう反省も、ラシードが振る舞ってくれたマンサフからは感じるよ。ラシードは、短時間ながらも、丁寧に技巧をこらした調理を行ったのさ。


 家族のレシピに則った味を、オレたちに食べさせるためにな―――練度を感じる。肉を大きく切ったり、小さく切る。男ってのは、そういう細かなコトを嫌って、どっちか同じ大きさに切っちまうもんだってのにな。


 何度も作って来たのさ。


 戦と任務の果てに家族を失った亡国の将は、何を思いながら、マンサフを鍋で煮ていたのかな……そんなことを考えると、ラシードが作ってくれたマンサフを食べるということが尊いことのように思えた。


「ラシードが死んでいたら、この味に出会えることはなかったな」


「……フフ。そうだな、私も生き延びた価値があったようだ」


「価値なんてものは、後からつければいい。ラシードの日々は、始まったばかりなんだからな」


「そうだな……出来ることをしよう。祖国のために……ストラウス卿も、そういう戦いをしているわけだ」


「まあな。祖国を取り戻す戦いをしているヤツの気持ちは、どこまでも分かる。肩を組んで、共に酒を呑みまくりたくなるほどにな」


「……二度目の乾杯は、止めておくとしようか」


「何か、蛇神ヴァールティーンの教えに関わるものでもあるのか……?」


「そうではないさ。私が考えているのは…………」


 無言のまま、オレはうなずくことを選んでいたよ。


「……仕事のハナシは、この大皿にあるメシを、すべて平らげてからにしょうじゃないか」


「分かった。今は、ただ食事をすることに集中すべき時なのだな」


「ああ。休むときは全力で休むし、食べる時は、全力で食べるのが、オレたち『パンジャール猟兵団』のスタイルさ」


 そう言い切りながら、羊肉のカタマリを奥歯で噛むのさ。ギジジ!と羊肉が鳴りながら、その分厚い肉が、オレの口の中で千切れていた。こいつを噛むのが、美味しいのさ。


 しばらくの間、無言のままに、ただひたすら肉と米を楽しむ時間は続いたんだよ。




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