第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その15


「元より!オレたちは自分たちと民を守るための僧兵だ!」


 僧兵メケイロはプライドを見せていた。こういう若者の気概を見るのは嬉しいもんだと、二十代も半ばを過ぎれば考えるようになるものだ。アーレスとガルフという老人どもと長らくつるみ過ぎたからかもしれないな。


 どこか年寄り臭いのさ、オレはね。


「張り切るなとは言わないが、冷静に動けよ、若者」


「……年上風を吹かしてからに」


「ククク!ちょっとだけだろうが、年上だろうさ」


「……フン」


「年上の戦士の言葉は聞いておくといい。潜って来た修羅場の数は違うんだからな。やる気に急いて失敗していく若者を、オレは何十人かは名前と顔が一致するレベルで知っているぞ」


 そして、若者がそういう助言を聞きたがらないことだって知っているんだよ。メケイロには、オレの言葉が挑発にでも聞こえているんだろうさ。


 若い男ってのは、年上の男のことなんて、おおよそ嫌いなものだからな。


 オレも、兄貴たちのこと大嫌いだったね。ちょっと数年生まれたぐらいで、偉そうなんだからよ。


 いつかあの世で出会っても、殴り合いのケンカとか出来るんじゃないかね。死んだぐらいでは、我々の関係性は変わらないだろう。


「……何を、にやついているんだ?」


「ん。死んだ兄貴どものことを思い出していただけだ。まあ、気にするな」


「どこか、お前はオレをイラつかせるところがある」


「ああ、何故だか知らないが、よく言われるよ、その言葉はな」


「……メケイロ。客人だぞ」


「……はい。すみません。確かに、オレは修行が足りていないのかもしれません」


「お前も神経質になっているのだ。しかし、それも街を守ろうという感情から来ているものだ……悪いモノではない」


「ええ……ですが、腹が立ちますが、オレは、もっと冷静であるべきなのでしょう」


「そうです。メケイロ、あまり気負いすぎることはない。我々、『太陽の目』は大いなる共同体だ。戦いに挑む瞬間も、蛇神の祈りを唱えている瞬間も、いつであっても孤独ではない」


 尊い教えだな。神サマに頼るような性格を、オレはしてはいない。そして、この場にいるカミラ・ブリーズだってそうだが……それでも、宗教家たちの志は、いつも聖なる輝きをまとっているように思える。


 彼らは、共同体。一緒にこの大きな『カムラン寺院』で、同じ蛇神の教えを実践している僧兵たちだ。言わば、家族のような関係だ。


 昔は、僧兵という存在に対して、どこか矛盾を感じていたものだがな。殺す者と祈る者が等しいということに、どうしたって抵抗がありもした。


 だが、今では、そういう矛盾を感じることはなくなっていたよ。世の中を旅して、色々と経験を積んだからかもしれない。さまざまな考えのヤツらがいると、理解してしまえるようになった。


 9年前のオレも、兄貴どもも、血なまぐさい僧兵たちという存在には首を傾げていただろうがな……。


 生きていくということは、純粋さを失うことでもあるのかもしれない。


 かつての自分と違っていることに気がついた時、若干のさみしさを感じてしまうこともある。しかし、さみしさを伴っていたとしても、これもまた成長だと受け入れられるようにはなっていたよ。


 世の中には多くの価値観があっても、良いものだとは思っていたが……そいつを完全に把握することが出来るようになるのには、人生経験が必要だったということかもしれない。


 ……まったく。


 感傷的になっている場合ではないというのにな。


 しなくてはならないことが、オレたちには山積みだ。


「ホーアン、オレたちは一度、アジトに戻ることにする。さっき言った通り、何人かはこの街に残すからな。安心しろとは言わないが、もしもの時はちゃんと助力する」


「頼もしいことです。帝国軍が追い詰められ、メイウェイ殿の抑止が無い今……帝国の兵士たちは、我々だけではなく、街の民にも牙を剥くかもしれない」


 考えられる事態だ。街の中にいる若者をどこかに閉じ込めておきたくなるかもしれないだろうし……最悪、虐殺を始めたっておかしくはない。


 戦争だからな。


 自分たちの身を守るためには、ヒトはどんなことだって選べるんだよ。


「……そうならないためにも、色々とバランス調整をしなくてはならない……」


「『自由同盟』には、あまり急いた行動には出て欲しくないものです」


「分かっているよ。クラリス陛下は、十分に『メイガーロフ』の民のことだって気にかけておられる」


「その言葉に期待しておきましょう」


「……正直、このタイミングで軍で攻め込めれば短期的には最良の勝利を得られる可能性はあるんだがな―――しかし、クラリス陛下は、それを選ばなかった。その事実を、理解してくれ」


「証拠はあるわけですね、私たちの命を軽んじてはいないという」


「良いように考えろ。そうすれば、クラリス陛下の考え方に近づけるだろう」


「名君であられるか」


「オレが知っているなかでは、三本の指には入る指導者だ。クールで思い切りが良いところもあるが……民を軽んじることはない」


「……ありがたいことですね」


「……そこまで気を使うということは、オレたちの自発的な協力も、最終的には求めてくるということか?」


「鋭いな。恩を売られてもいる。ルード王国も、乾いた荒野の多い国だ。この国ほどではないが、シビアさはある。だが、その取引は、君らから破滅を遠ざける」


「ええ。太守であった、メイウェイ殿がいない……生きていようが死んでいようが、リーダーシップを発揮するような立場にはない……」


 帝国の次の太守が、たとえアルノア伯爵ではなかったとしても―――他の貴族がやって来たとして、メイウェイのように亜人種を重んじることはないのは明白だった。


 選択の余地など、最初から『太陽の目』にはない。合理的に考えればな。


 ……しかし、だ。


 宗教団体ってのはガンコな組織だからな。たとえ、死ぬことになっても、自分たちの掟に準じた行動を取ることだってある。


 蛇神ヴァールティーンの掟を、オレは性格には学んではいないから、突拍子もない判断をしたとしても、そういう連中だと受け入れたかもしれない。


 世俗的。合理的―――そういう言葉を、僧侶である彼らは好まないのかもしれないが、現実的には、オレたちにとっても彼らにとっても、その選択は好ましいものであった。


「ホーアン、メケイロ。それではな」


「ええ。何をなさるつもりかは分かりませんが、蛇神の加護が、貴方がたにもありますように……強い日差しのときには風が止み、熱い風を浴びずに済むように……祈っていますよ」


 ……暑い日には、風に吹かれて欲しいと、砂漠以外の土地では祈るだろう。あまりにも気温が高くなっていると、風に吹かれるとかえって暑さを感じることにもなるんだよ。土地が違うと、色々と変わってくるもんだ。


 蛇神ヴァールティーンの僧侶から、オレとカミラは祝福をもらう。魔王と『吸血鬼』を祝福してくれるとは、なかなかホーアンも気が利いているな。


「さあて、カミラ。行くぞ」


「了解っす。では、ホーアンさま、メケイロさん。ムチャせずに!……という言葉を、実践して下さいね。自分たちも、有事の際には、必ず動くっすから」


 老僧と若い僧兵は、美女の言葉には素直にうなずいていた。男だな、蛇神に仕えていても、慈愛に輝く瞳をした美しい乙女には、素直になってしまうものさ。


 オレとカミラは、二人は残して部屋から出る。


 カミラはすぐに『闇』の力を解放したよ。影に包まれて、視界が無数に分散していく。可愛らしい『コウモリ』の群れに化けた魔王と『吸血鬼』の夫婦は、『カムラン寺院』から飛び出して、『ガッシャーラブル』の空へと踊るのだ……。




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