第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その14


 アルノア伯爵たちはメイウェイを捕らえた。あるいは……殺しているのかもしれない。状況がややこしくなって来ている。


 もしかすると、オレたちがアルノアが『ラクタパクシャ』を運用していた間接的な証拠である、雇用の契約書を届けたことで、事態は動いていた可能性もあるな。メイウェイは部下にアルノア伯爵の捕縛でも命じていたのかもしれない。


 対立している関係性であるのなら、あの証拠を最大限に使おうとする可能性もある。民や商業への攻撃が表沙汰になれば、いくらユアンダートの友人であったとしても、アルノアがこの土地の太守となる可能性は消えるだろうよ。


 メイウェイはアルノアのことを、『メイガーロフ』から政治的に排除しようとしていたのかもしれないな。


 山賊を企画した太守候補など、いくらなんでもあり得ない。メイウェイが帝国の主流派にどれだけ嫌われていたとしても、アルノアの排除を声だかに主張しても、支持を集められるだろう。帝国人にとって、商業は最重要の課題。それを脅かした者には、誰も味方についちゃくれないさ。


 メイウェイはそれを狙い、そういう行動がアルノアを追い詰めた。メイウェイの近くにいたアルノアのシンパとか、アルノアの腕っこきの部下たちを刺激することになり……メイウェイを誘拐する結果となったのだろうか?


 ……オレたちが砂漠で休息を取っていたときに、あの契約書たちは仕事をしていたのかもしれない。どうなるか楽しみにはしていたが、こうなるとはな。


「―――アルノアという男は、かなりのやり手らしい」


 オレがそんな結論を出した頃に、廊下に気配はやって来る。そのゆっくりな足音は、メケイロの部屋の前に止まった。メケイロは素早く動いて、来訪者のためにドアを開けていたよ。


 『太陽の目』の長老の一人、ホーアンがそこにいた。


「……ごきげんよう。ストラウス卿」


「ああ。元気そうで何よりだ」


「二日では元気が出たり失せたりはしません」


「年寄りは、いきなりそういうことがあるからな」


「ハハハ。たしかに、そんなことも多々あるものですね……」


「こっちに来いよ。廊下で立ち話するようなことでもないだろう」


「分かりました。たしかに、気軽に皆へと話して回りたいような状況でもありません」


 ホーアンはそう呟きながら、メケイロの部屋に入ってくる。メケイロは廊下を左右に睨みつけながら、聞き耳を立てている者がいないかを警戒した。


 慎重な男だな。だからこそ、長老たちの一人であるホーアンの護衛が務まっているのかもしれない。どこか経験値不足を感じるが、あと3年生き延びれば最高の戦士の一人にはなる可能性だってある。


 今は、あちこち隙だらけだがな……そんな視線をメケイロの背中に向けていた。メケイロが振り返る頃には、ホーアンに視線を移していたよ。メケイロは、その視線があったことに気づけない。


 視野が狭いな。一度、背後から襲ってやれば、よい経験値となるか……そうも考えたが、今は他人の弟子の育成計画に世話を焼いている場合でもなかった。


「ホーアンよ、まずはオレから話そう」


「……はい。聞きたいことが、聞けそうですね」


 ……オレはバルガス将軍が『死んだ』というコトを伝え、『イルカルラ血盟団』がメイウェイを拉致してはいないこと、今のところメイウェイを行方不明にしたのはアルノアとその部下が怪しいと考えていることをホーアンに告げた。


「なるほど。アルノア伯爵……表立っては、悪事を働いていた人物でもありませんでしたが……山賊を組織し、民と商人を襲い……太守であるメイウェイ殿まで襲ったわけですか」


「くせ者なのにも程があるぜ」


「彼は、メイウェイ殿をどうしているのでしょうか?」


「さあな。殺したか、幽閉したか。アルノアは、巧妙な手口を好む卑劣な男であるようだから、実行犯とは一緒ではなかっただろう」


「失敗したとき、万が一にも自分へ累が及ばないようにしていたというわけですね」


「戦術には性格が出るものだからな。アルノアは、現場にはいなかったと断言してもいいさ。そんな血の気の荒い男ではない。冷たく、セコいマネを好む男だ。他人を使って攻撃を企むような性格をしているだろうよ」


「……悪人ですね」


「極悪人さ。好きにはなれん。出会えば、オレはすぐにヤツのことを竜太刀で斬り捨てることになる」


「乱暴ですな……」


「極悪人に甘くても、世の中も状況も改善されることはないというのが持論の一つだ」


「過激な世直しを好まれるようだ」


「僧侶のアンタからすれば、そうかもしれないな。それで、そっちの会議はどうなったんだ?」


「予定調和と申しましょうかな。メイウェイ殿がいなくなろうとも、帝国軍はこの土地にいる。『イルカルラ血盟団』と手を結ぶ流れに、長老の過半数は賛成しました」


「好ましい答えだ」


「そうでしょうとも、貴方は、そうなるように尽力なされたようですから」


「敵がデカいんでね。戦を仕掛ける以上、仲間は一人だって多く欲しいのさ。完全な仲間とはならなかったとしても、同じ敵に鋼を向ける気があるのなら、十分だ」


「『自由同盟』は、私たちを無理やりに統合しようとはしないでしょうかな?」


「そういうイメージこそが、『自由同盟』の敵だ」


「……侵略者のイメージをつけず、帝国からの解放者であるというスタンスを喧伝したいというわけでしょうかな」


「その通りだ」


 『帝国と同じ』というレッテルを貼られるようなものなら、『自由同盟』が反帝国勢力と手を組むことが、今の何倍も難しくなってしまう。それは、『メイガーロフ』を掌握することに比べても、損得勘定で射れば、大きな損になるのさ。


「オレたちは、解放者さ。帝国からのね」


「……そういう建前で、多くの戦が生まれたという事実もありますがね」


「ヒトが戦をするのは、しょうがないことだ。権力と金のためなら、戦はいつどこででも発生したっておかしくはない」


「……大陸を旅して回ったお方の言葉は、重たいですな」


「ヒトの本能について議論している場合でもない。情報の共有は出来たな。お互いが何を目指して動くのかも知れた。帝国軍は敵、『イルカルラ血盟団』は味方。スッキリした」


「ですが……」


「なんだ?」


「メイウェイ殿は、どうすればいいのでしょうか?」


「探して欲しいとでも言うのか?」


「……それは、どうでしょうな」


「すでに殺されているかもしれない。アルノアにとっては、生かしておいてもメリットなど何一つ無いのだから」


「…………ふむ」


 沈黙は雄弁だ。ホーアンは、メイウェイをオレたちに探して欲しいかのように見えてくる。だが、オレには、そんなことをしているヒマはない。


「メイウェイの捜索までは、オレたちはしない。どこにいるのか、見当もつかないからな……それに、忙しくてね」


「『自由同盟』の兵も、近づいているのですかね?」


「それはな。メイウェイが不在というのも、ゆっくりと伝わっていくだろう。『自由同盟』からすればチャンスじゃある……アンタたちも、忙しくなるな」


「守りを固めるべきですからね。帝国軍が代替わりしたとしても、『自由同盟』が南下を開始したとしても……私たち『太陽の目』に対して、帝国軍が由々しき選択をしかねる可能性が出て来ています」


「そうだ。防御を固めておけ。もしもの時に備えて、この街にも戦力を残してはおくつもりだが、基本的に、自分の身は自分で守るという考えが必須となる……帝国軍は、ナーバスになっているからな」




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