第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その13
僧兵メケイロについて歩き、『カムラン寺院』の内部に入った。長い廊下を歩いたあとで、僧兵たちの宿舎にたどり着く。質素な部屋で、木製のベッドとイスと机と、蛇神の経典なのだろうか?蛇革の背表紙を持つ本がたくさん入った本棚がある。
枯れた草の色と白と黒がモザイク状に混じった、幾何学的な革だな。カミラはそれに気づくと、目を細めていた。蛇が好きな女子ばかりではないのさ。竜と違って、それほど可愛くはないもんな。
だが、個人的には興味深いものだ。蛇神ヴァールティーンを崇拝している人々は、蛇の革まで神聖視するのかもしれない。
蛇革の書物には『復活』と『輪廻』という単語が描かれているな。蛇って生き物は、冬眠し、そして脱皮する。それは死からの再生を連想させるものなのかもしれない。
「……何をジロジロと見ている」
僧兵殿に怒られてしまった。メケイロは、巨人族の割りには怒りっぽくもある。賢さがあると、怒りっぽくなることもある。メケイロは大きな瞳に、神経質な焦りを見せた。深い林のなかで、狩人に気づいてしまった鹿のように、彼は首を横に捻ってオレを見ている。
「ちょっと、蛇革の本に興味をくすぐられたんだよ」
「聖なる経典たちだ。27巻ある蛇神の教えが書かれている」
「27巻か……」
「たくさんあるんですねえ」
「そうだ。一朝一夕では、それらの全てを理解することは出来まい。たとえ賢明な目と頭を持っていて、読むことが出来たとしても、理解が及ぶものではない」
「だろうな。幼い頃から、お前たちはコレを読むわけか」
「幼い頃からも、そして、おそらく死ぬその日も、オレたちは蛇神の教えの深さを識るために思索を重ね、瞑想し、肉体を鍛える」
「マジメなんすね!」
「ま、マジメ……?」
「そうっすよ。マジメな人生設計だと思うっす。一途で、素晴らしいことだと思うっすよ?」
美しい女性に褒められると、巨人族の僧兵であったとしても、照れてしまうものなのだろう。若い男ってのは、本当に単純なものだな。
「オレは、忠実な蛇神の信徒でありたいと思うだけだ」
「たしかに、マジメな青年だよ、君は」
「そーですよねー?」
夫婦そろって微笑んでみる。カミラのそれはともかく、オレの微笑みはどこか僧兵メケイロをイラつかせていたのかもしれないな。男の笑顔を嫌う男も、世の中には珍しくはないものだ。マジメな男はとくに、よく笑うような男を評価してくれなこともある。
酒場とかで、ムッツリした顔で酒を呑みそうな雰囲気がメケイロからは感じられるんだよ。笑う男を嫌う気配がするってことさ。
「……客人。蛇神の深遠なる教えを説法する時でもないだろう」
「ああ。今は宗教のお勉強よりも、メイウェイのことだな」
「長老たちは、その件で色々と考えている……」
「『イルカルラ血盟団』が……バルガス将軍が、命がけで特攻を仕掛けるとは聞いていたんだろ?」
「はい。お伝えしましたっす」
「……たしかに、聞いていた。だが、メイウェイが倒されるとは、思ってはいなかった。戦力の差は歴然だ……お前たちが、介入したのか?」
「もちろん、介入した。オレたちは、同じ敵と戦う側にいるのだからな」
「帝国軍と戦うか」
「メケイロよ、それが気に食わないワケではあるまい」
「他国の軍隊が故郷に居座ることを、屈辱と思わない男はいない。だが、メイウェイ大佐はガミン王よりも、オレたちに寛容だったのも事実でな」
「……それで?」
「え?」
「メイウェイになびきたいわけでもあるまい。長老たちは、何を迷っている?こうなる可能性を考えていなかったわけでもないはずだ」
「……そうだがな。いざ、この事態が起きると、皆、不安になってしまう」
「……まあ、そういものでもあるか。極端な状況というものに、ヒトってのは冷静に対応することが出来るものではないものだ」
「蛇神の僧としては、こういう事態でも冷静であるべきだと思うが……僧兵のオレも、指導者である長老たちも、浮き足立つというかな」
「ホーアンはどう考えている?」
「……ホーアンさまは、『イルカルラ血盟団』との協調を推している」
「オレにとって理想の道だな」
「だが、長老は他にもいる……」
「意見集約は成らずか」
「……いや。すぐに、答えは出るだろう。皆、見つめ直せば……道は一つになるはずだと信じている」
「具体的には、君らはどんな答えに行き着くというんだ?」
「ホーアンさまの路線だろう。バルガス将軍が、死んだというのなら……我々とて、『イルカルラ血盟団』の戦士たちを敵視する気持ちも減る」
……ラシードをここに連れて来なかったのは正解だったな。もしもバレたら八つ裂きにされているかもしれん。
「……バルガス将軍の死も、伝わっているわけだ」
「『ザシュガン砦』ごと、燃えたと聞いた。違うのか?」
「いいや。その通りだ。『メイガーロフ』の戦士として、蛇神に武勇を見せつけながら死ぬことを選んだよ」
「そう、か……」
「彼は勇敢な男だ。君らの憎しみも背負い、死を覚悟して何倍もの数の敵に挑んだ。仲間を生かすために、囮にもなったぞ」
「囮にも?」
「ナックスさんは、そのおかげで生き延びたっすよ」
「彼は、生き延びたか」
「吉報だな。ドゥーニア姫と合流して、彼女のための戦士として生きるだろう。バルガス将軍の死はムダではない……が」
「が?どうかしたのか?」
「……実のところ、オレたちはメイウェイの死を疑っている」
「……なに?」
「援護はしたし、偶然、メイウェイがオレたちの攻撃で死んでいる可能性もありはする。しかし、敵陣の動きには、そういった動揺は見られなかった。戦闘のドサクサに紛れて、『イルカルラ血盟団』の戦士がメイウェイを拉致する余裕もなかったな」
「どういうことだ?」
「メイウェイの行方不明は、オレたちや『イルカルラ血盟団』が関与しちゃいないということだ」
「ならば、それはデマなのか?」
「お前たちの情報源はどこからだ?」
「帝国軍の大尉からだ。それなりに精度のある情報のハズだぞ……少なくとも、『ガッシャーラブル』にいる帝国軍は、この情報を信じ切っている」
「そうか。なら、色々と考えられる」
「何がだ、客人?お前の目には、何が見えている?」
「メイウェイを行方不明にしたヤツらだな。オレは、今こう思っているんだよ、メケイロよ。メイウェイは、アルノア伯爵の手勢によって、拉致されたんじゃないかとな」
「……帝国軍同士で、そんなことを?」
「多分な。容疑者は、他にはいない。アルノア伯爵ってのは、それなりの勢力を、この土地で築き上げていたのかもしれないな」
「……メイウェイの演技という可能性は?あの男は、それぐらいの策をしてもおかしくはない男なんだ」
「ないだろう。そこまでする必要がない。バルガス将軍たちの特攻で、かなり死傷者が出ているんだぞ。自分の不在は、リスクばかりを増やすと、賢い男なら理解できる。今のメイウェイは、守りを固めるべき立場さ。北には『自由同盟』がいるんだからな」
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