第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その8


 風呂を出て、体を拭いたよ。あちこちにある傷口の疼きが収まっていた。リエルの秘薬の効果を実感出来る現象だったな。傷が一瞬で治癒することはないので、痛み止めの効果も薬湯に混ぜていたのだろう。


 ……痛み止めも多量に使えばクセになってしまうが、薬湯で肌から馴染ませるぐらいなら依存症も生まれないだろうさ。


 森のエルフの知恵は複雑だが、ヒトの体に負担や依存を好むような哲学ではないものだからな。


「さてと……サッパリしたところで、寝室に向かうとするか」


 朝っぱらからだが、性欲は旺盛ではある。徹夜明けってのは、どこか狂暴な性欲を感じるときがあるもんだ。脱衣場にある姿見に映った赤毛の顔は、スケベな顔を浮かべている。鏡のなかにいる男の顔を、オレは紳士的なキリっとしたものへと作り変えてみた。


「……スケベな顔丸出しだと、リエルに問答無用でブン殴られてしまうかもしれないからな」


 照れ屋さんなんだよね、オレの正妻エルフさんは。カミラは、スケベなノリとかを受け入れてくれるというか、積極的なんだがな、こう、色々とさ……?


 ……ああ。


 鏡のなかにいる男が、またスケベそうな笑顔を浮かべてしまっているな。オレは自戒を与えるために、頬の肉を指で引っ張った後で、男前の顔へと戻していたよ。


 浮き足立った、とても軽い足取りさ。オレはリエルとカミラが待っている寝室へと向かう。


 猟兵の感覚の前には、あまり意味がないことだが、ノックを使ったよ。


「……は、入るがいい」


 正妻エルフさんの緊張した声が、どこか震えながらの返事をくれた。ニヤリとする顔面を筋肉で男前の表情に補正しながら、寝室の中へと入るのさ。


 オレの愛する美しい乙女たちが、ベッドの上に寝間着姿で寝転んでいたよ。リエルは夜以外に夫婦いちゃつくことを、どこかタブー視しているフシがある。だから、今そこにいるリエルの顔は、かなり赤くなっていた。


「な、何を、ジロジロと見ている?」


「ん。可愛いオレのリエルの顔だけど?」


「く、口説くでないっ!!」


「ウフフ。リエルちゃん、照れちゃってるっすねえ」


 いつもは素朴な田舎娘のような雰囲気のカミラ・ブリーズだが、色気を解き放っているときは妖艶な魅力を放つ。アメジスト色の瞳を輝かせるのさ、蠱惑的な表情は、いつものカミラよりも、獣のような貪欲さを彷彿とさせてくれる。


 そんなオレの『吸血鬼』さんは、ベッドの上で四つ足の獣のように動く。背中が女らしくしなり、カミラの体に宿る柔軟性を見せつけてくる。背中を反らせながら、ベッドに寝転ぶリエルの銀色の髪を、『吸血鬼』さんの指が撫でていた。


「な、何をするつもりだ……?」


「何もしないっすよう。リエルちゃんに何かしちゃうのは、ソルジェさまからっすもん。自分は、可愛いリエルちゃんを見ているだけっすよう?」


「……カミラは、スケベだぞ」


「そうかもっすね。でも、リエルちゃんも、そのうち自分みたいにスケベになっちゃうっすよう?」


「わ、私は、そういうタイプではないからして!?」


「そうっすかねー。ソルジェさま、リエルちゃんが、素直じゃないっすよ?」


「そいつはいけないな。ヒトは素直なのが、いちばんだ」


 そんな言葉を使いながら、オレはドアを閉めていた。ゆっくりと、ベッドの上にいる乙女たちに近寄っていく。


 ああ……リエルも、カミラも本当にオレの好みだ。ロロカ先生も、この場所にいればいいのにと思う。夫婦四人で、愛を具体的に確かめ合ったり、伝え合ったりしたいものなんだがな……。


「……スケベな顔で笑うなというに……っ」


「ああ、そいつはすまないな」


 寝転ぶリエルを腕のあいだに捕らえるのさ。四つ足のヒトは、どこか獣みたいで、官能的な動きだよな。どんなことをしても許される、オレの愛しいエルフさんを、じーっと見つめていると、森のエルフの長くて美しい耳が真っ赤になっていく。


「や、や、やっぱり、朝からエッチなことは、ダメだーっ!!」


 そんな叫びと共に、リエルの長い脚がオレの胴体に絡み、もう片方の脚が首へとかかってくる。


「さ、三角締めかよ……っ」


「ね、寝るのだ。寝るのだあ、ソルジェ!や、やはり、朝から、エッチなことはいかん!森のエルフとして、そういうのはエッチ過ぎるのだ!!だから、眠るのだ……っ」


「いや、このままだと締め落とされそうなんだが?」


「……話せる余裕があるということは、ポイントを外されているか……っ」


 リエルはそんな反省を語る。実際のところ、その通りだ。寝技と関節技は、オレの方が上手いのさ。そして、寝技の技巧ってのは、より上手な者には、ほとんど通じることがないんだよな。


「くっ!」


 リエルがあきらめて、オレを長い脚の拘束から解放してくれたよ。


「……はあ」


「あきらめたっすか、リエルちゃん?」


「あ、あきらめたりはしていない。武術ではなく、言葉で説得することにしたのだ」


「言葉でか?」


「そ、そうだ。その、色々と、あ、アレなことをしたいのかもしれないが、今は作戦の途中であるからして?」


「まあ、そうだな」


「だ、だから。その、た、体力を温存するべきだろう……?そ、ソルジェとカミラが一緒のときは、い、色々と、は、激しくなるではないか……」


「大丈夫っすよ?」


「大丈夫だよな?」


「う、うるさい!と、とにかく、さっさと寝るのだ!」


 マクラを掴んだリエルは、オレの顔面にそれを投げつけて来る。照れまくっているようだな。このまま、無理やりエッチなことをするのも、何だか良くない行いにも思える。夫婦の触れあいは、色々と交わせた気もするしな。


「じゃあ、リエルが口移しで睡眠薬を飲ませてくれるなら、オレ、ぐっすりと眠れる」


「え、ええ!?……く、口移しって……っ」


「ダメなら……」


「わ、分かった。本当に、お前という男は、スケベなのだから……」


 オレの腕の間から、リエルはその細身の体を脱出させていった。部屋のテーブルに置かれてあった荷物入れから、リエルは薬瓶を取り出す。それを、一口含むと、オレの目の前にやってくる。


 じーっと目を開けて、羞恥にテンパっているリエルを見るのは、とても可愛い行いだったが、まぶたを指でつかまれて、かなり強引に瞳をクローズさせられたよ。キスのときは、瞳を閉じるのが森のエルフ族の哲学らしい。


 やわらかな感触を、唇に感じる。愛ってのは、やわらかくて温かいものなのさ。そして、甘い眠り薬がゆっくりとオレの口のなかへと入って来た。強い眠り薬じゃないんだが、疲れと睡眠欲を貯めていたオレの体は、ゆっくりと睡魔の虜となっていく。


 オレはベッドの真ん中に寝転ぶのさ。左右の腕マクラを、ヨメさんたちに渡すために…………。


「おやすみなさい、ソルジェさま」


 カミラの声を聞きながら、オレの意識は夢へと融けた。




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