第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その9


 ……夢を見たのか、見なかったのか。自覚することは出来なかった。目を覚ますと、両腕のなかにリエルとカミラがいてくれる。幸せな感触を腕に感じながら、大きく口を開いてあくびを放つ。


「……む。もう、起きたのか?」


 左の腕マクラの所有者であるリエルが、そんな質問をしてきた。あくびを噛み殺しながら、うなずいた。


「ぐっすりと寝れた気がするぜ」


「だろうな。疲れていたはずだ。『メイガーロフ』の環境は、なかなかに厳しいものだからな」


「不慣れな者を拒絶するようなところはあるかもしれない……バルガス将軍の……いや、ラシードの故郷だから、悪く言うつもりはないがな」


「仲間の故郷の悪口など、言うものではないのは確かだぞ」


「ああ。それに、上手いこと環境と体を馴染ませる手段というのも存在しているんだからな」


「……見事な建築だものな」


「他にも、色々あるぜ」


 皿を砂で洗うってことは、伝えるべきか迷ったな。でも、女子ウケの悪さを考慮して、今は口に出すことを止めておくことにした。


「……砂を利用して、逃げ隠れする方法とかな」


「自然は、使いこなすことでヒトに力を与えてくれることもあるものだ。ラシードも、砂漠から力を得ていたのだろう」


「そうだな」


「それで……もう、起きるのか?」


「目が覚めてしまったからな……」


 カーテンの隙間から入って来る日差しの角度から察するに、正午前ってところだろう。4時間ぐらい眠れたようだ。


「これ以上、眠っちまうと、かえって起きておくことが辛くなるかもしれない」


「……そうかもしれないな。では、起きるか……カミラ」


「……んー……おきてますっすよー……」


 カミラがちいさなアゴを、オレの右胸に乗せながらそんな返事をする。そして、オレは一つの事実に気がついていた。服を脱いでいる……?いや、脱がされていたが正しい。


「リエル、オレ、服を着て寝たよな……?」


「そ、それは、あ、あの……っ」


「ほう。脱がしたのか」


「か、勘違いするでないぞ?お、お前たち下品な男どもが企むように、え、エッチないたずらをするつもりなどではなく、お前が暑さにうなされてはいけないだろうという観点からの行いなのであるからして!?」


「……そうしておいてやるよ。パンツまで脱がせてくれて、ありがとうな」


「ぱ、ぱん……は、カミラの仕業だ。わ、私は、う、上着とかだけだからな?」


「ククク!たまには、睡眠薬で眠ってみるもんだな。特殊な経験を積めた気がする」


「は、破廉恥なことではないのだぞ?き、気の利いた、ヨメとしてのサポートだ!おかげで、少しは涼しく過ごせただろうが……」


「はいはい」


「はい、は一回で十分なのだ!」


 エルフの指が、意地悪な男の頬肉を再びつねってくる。そこそこ痛みはあるが、いちゃついているようなものだ。


「仲が良いっすねー……自分も、ソルジェさまのホッペタにキスしちゃうっすよう」


 イタズラっぽく耳元で囁いたあと、カミラのキスを受け止める。ああ、ホント。いちゃついちまっているなあ……オレは、幸せ者だ。子作りしたくなるけれど、今は止めておくとしようか。


「よーし。そろそろ起きるとしようぜ。街の動きを探っておきたい」


「……うむ。そうだな。『カムラン寺院』の連中が、帝国軍に狙われていないとも限らないしな」


「魔力の変動や騒ぎがあれば、オレたちなら眠っていても気がつくが……そういうのは、無いな」


「街の音も、昨日と変わりはないようだぞ」


 エルフさんの耳が、ちょっとだけ動きながら聴力の良さを主張していたよ。街の音の違いも、リエルなら理解することが可能なわけさ。


「……大事件は起こってはいないってことっすね……?」


「おそらくな。だが、小さな事件は起きているかもしれない。とりあえず、情報収集を始めなくてはな」


 オレたちは行動を開始する。ベッドから起き上がり、服を着るのさ。全裸で街中をうろつくわけにはいかないからな。体に自信がないってワケじゃないぜ?……もっと、広範な一般常識的な観念からの選択だ。


 街中を全裸で歩く男の上を行く怪人物を、オレは少し思いつく自信がない。無意味に目立つわけにもいかないってことさ。


 ……バカなことを考えちまっている。寝起きのアタマってのは、髪の毛だけじゃなく、アタマの中身まで寝癖がついちまっているようだ。


「……しかし、昼になると、さすがに暑くなってくるぜ……」


「なんといっても、砂漠の国っすからねー。でも、標高が高くて、『ガッシャーラ山』から降りてくる風のおかげで、イルカルラよりは涼しいっす」


「ふむ。日中の砂漠は、かなり暑そうだからな……」


「暑かったぞ。それに、砂嵐もある」


「あれか……ゼファーはよろこんでいたが……」


 リエルはそれほど好きではないらしい。細かな砂が、大量に飛び交うからな。服とか髪のあいだに入って来るような事態になってしまう。オレは、轟々と唸る風の音が好きなんだが、竜騎士だけの職業病みたいなモンかもしれないな。


「……昼間は、それなりに頻発しているだろう。南からの熱と、北からの冷たい風が混ざり合っているから、『イルカルラ砂漠』の空は、かなり不安定なはずだ」


「定期的に、砂嵐が起こるわけか。とんでもない土地だな」


「味方につければ、それなりに強いさ」


 オレなんて、魔眼を使いながら砂嵐のなかを走り回れば、敵からは見えない、オレだけは見える……なんていう戦い方を行えるだろうしな。砂嵐に紛れての奇襲攻撃ってのも、いつかやってみたい気がする。


「……よーし。では、眠気覚ましのコーヒーを淹れてやろう。熱いのは、ダメか?」


「いいや。暑いときこそ、熱い飲み物ってのも、いいもんさ」


「うむ。飲み物は熱いものが良い!」


 ……オットー・ノーランみたいな価値観だな、そんなことを思ってしまったよ。オットーは、飲食物については、高温であるほど評価が高いようだからな。味よりも、温度だ。


 狭い階段をゆっくりと降りて、オレたちは食卓へと向かう。


 そこには、黒いスカーフをつけた巨人族の男がいた。口もとを隠すようにして、腕を組んだまま直立不動……。


「ラシード、そいつが変装用の道具か?」


「……ああ。ダメだろうか?」


「いいんじゃないっすかね?顔が半分ぐらい隠れていますし?」


「外出するときは、アタマにはターバンも巻いておこうと思うのだ」


「顔面の上下を隠すわけだな。良い行いだと思うぞ、バルガス―――いや、ラシードよ」


「……オレたちの方にも、練習が要りそうだな」


「そのようだ。私も、ラシードという呼び名に反応できるようにならなくてはな」


 ……巨人族にはマジメな男が多いものだが、バルガス将軍ことラシードも、勤勉さを宿した男であるらしい。戦術の組み方からして、攻撃型の思考をする男だろう。マジメで、精密な条件設定を作り上げる、ガンコな人物ってことさ。


「……さてと。ラシードよ、リエルのコーヒーを飲んだら、ちょっとその変装を試してみるか?」


「……どうするというんだ?」


「街に出て試す。即座にバレるようであれば、ちょっと作戦を考えることにする」


「ストラウス卿は、ハードな教育方針であるようだ」


「大丈夫だ。カミラもついてくる。最悪、『コウモリ』で逃げちまえるってわけだ。安全性の高い様子見だ」


「……ふむ。カミラ殿に頼りっぱなしではあるが」


「大丈夫っすよ。自分の仕事っすから!」


「甘えればいい。アンタの領分を発揮するときに、恩を返してくれたら問題ないさ」




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