第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その7
『ラシード』、いい名前をつけたもんだぜ。
オレたちは、それからは難しいハナシをすることはなかったよ。疲れてもいるし、皿を洗ったり、乾いた布で拭くだけの作業だからな。眠気との戦いでもあった。にやけたまま作業をしていたよ。
そうしていると、猟兵女子たちが風呂から上がり始めた。砂埃から解放されたミアが、オレの腰に頭を突っ込んできた。
「お兄ちゃん、お風呂出たー」
「そうみたいだな」
「お手伝いしようか……?」
「いや。眠たいだろ?……緊急事態がなければ、昼までゆっくりと休んでいるつもりだ。休んでいてくれ」
「うん。オッケー、ぐっすりと眠るねー……とう!」
ミアが狙ったのはキュレネイだった。湯上がりの髪にタオルを巻いたキュレネイは、ぴょーんという可愛らしい擬音が似合いそうなジャンプをしてきたミアのことを、やさしくキャッチする。キュレネイの胸に抱かれて、ミアはニコニコしながら語るのだ。
「あはは。キュレネイ、ぺったんこー」
「ミアも、ぺったんこであります。我々は、『聖なる貧乳同盟』でありますからな」
聖なる同盟か。
ああ、どんなリアクションをしたとしても、セクハラ扱いになりそうだから、団長サンは静かにその言葉を聞き流しながら皿をタオルで拭いていた。
「キュレネイ、ミアといっしょに眠っていてくれるか?」
「イエス。休むのも、猟兵の仕事でありますからな」
「じゃあ、ベッドにゴー!」
「了解であります」
貧乳を合わせるような体勢のまま、キュレネイはミアを抱っこしたまま寝室へと向かうのだ。
オレと『ラシード』は無言のまま皿を吹き続けていたよ。すっかり皿洗いを完了した頃、カミラの声が響いた。
「お風呂、上がりましたっすー」
湯上がりモードに顔を上気させたカミラが、戻って来ていた。
「いい湯だったか?」
「はい!とっても、いい湯加減でした。ククルちゃん、お風呂を入れるのも上手なんすよね」
「えへへ。ありがとうございます」
湯上がりククルもそこにいた。褒められたことで、その頬をさらに赤くしているように見えたな。ククルのそばには腕を組んだ正妻エルフさんがいたよ。
「ソルジェ。お前も風呂に入ってこい。砂漠の砂は、髪のあいだにも入り込んでくるぞ。皿洗いは…………終わっているようだな」
「ああ。済ませた」
「ふむ。すまなかったな。全部、洗わせてしまった」
「いや、誰かが片付けたらいいことだ」
「そうだな。とにかく、風呂に入ってこい」
「おうよ。『ラシード』、オレから先に風呂入って来てもいいか?」
「ああ」
「ん?……『ラシード』とは、将軍のことなのか?」
「そうだ。バルガス将軍の、新しい名前だ。『ラシード』だ。いい名前だろ?」
「『ラシード』さん。いい名前だと思うすよ」
「カッコいい名前だと思いますよ。古いドワーフ語で、『勇敢』とか、あと『疾風』って言葉ですよね?」
「……おお、若いのに、古ドワーフ語を修得しているのかね?」
「はい。『メルカ・コルン』は、色々と古い知識を継承している種族なんですよ」
「秀才が多い土地なのだな」
……『メルカ・コルン』のそれは、一般的な知識の伝承とはかなり事情が異なっているんだがな。まあ、詳しいことは別の機会にするとしよう。
「新たな名前に恥じぬように生きるコトだ。安易な死を選ばずに、戦い続ける男は、お前の他にもいるのだ」
「……そうだな。そういう生き方をするための名前でもある。祖国と、恩のある君たちに報いられるように生きるつもりだ」
「うむ。そうするといい。さてと……ソルジェ、突っ立っていないで、早く風呂に入れ」
「ああ。風呂を出たら夫婦の時間だしな」
「むぐ!?ち、ち、違うぞ!?わ、私は、そんな、はしたない理由から、急かしているわけではないからして!?」
「分かってるっすよ」
「分かってるって」
「お、お前ら、私をからかっているんじゃない!!」
白い指が、オレの頬肉をつまんで引っ張ってきた。ああ。ちょっとばかし、からかい過ぎたか?……これ以上、リエルを怒らせるわけにもいかないしな。さっさと風呂に入ることにする。
オレは首を捻って、正妻エルフさんの指から頬を脱出させた。
「それじゃあ、風呂入ってくるわ」
「……うむ。そうしろ。え、エッチな意味じゃなくて、その、な、何というか……し、寝室に行っているからな!?」
ニヤリとしてしまうけど、その顔をリエルに見せないように、その場から足早に移動を開始していたよ。照れ屋なエルフさんは、ニヤリと笑うスケベな顔に、鉄拳の一撃を打ち放ってくる可能性さえある。
……戦いで疲れてもいるからな。ムダにダメージを負うのも考えものではある。
風呂場に向かい、服を脱ぎ捨てた。
花蜜の香りを放つ乳白色の湯だった。女子が好むタイプの入浴剤だが、オレも嫌いじゃない。甘い香りは、体と心を癒やしてもくれるからな。
……湯船に入ると、体中にある新鮮な痛みが生まれた。戦場で敵の群れのなかに突っ込めば、どうしたってあちこちに傷を負うものだ。可能な限り、ケガはしたくはないものだが、戦場はそんなに甘い場所ではない。
猟兵の鼻は、湯に融けているエルフの秘薬の香りも嗅ぎつけている。
入浴剤だけじゃなく、リエルは秘薬も混ぜてくれているのさ。傷の治りが、少しでも良くなるようにな。傷の化膿を防止して、治癒を促進する。
リエルの薬草医としての成長は、日々あちこちで感じるものだな。誇らしい……ああ、抱きたい。
オレはさっさと湯船から上がりたくもなったが、髪の間に入った砂を除去したい気持ちもある。桶に汲んだ湯を、頭に勢いよく何度かかけながら、髪の毛の奥に絡みつく、砂漠の砂を流していった。
……薬湯に浸かりつつ、オレは髪を洗い終える。さてと、リエルとカミラの待つ寝室へと向かうとしようか。
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