第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その3
『ガッシャーラブル』の上空へとたどり着く。城塞の上には増員された兵士がいた。彼らは、『ザシュガン砦』の襲撃についても知らせが来ているだろう。
その結果までは知らないだろうが、もしもの時には南西へと出かける準備をしているのかもしれない。
しかし、『自由同盟』の存在が戦術の幅を狭めてもいる。街の北は、この間よりも警備隊の巡回が増えているようだった。
『自由同盟』の軍が『アルトーレ』にいなければ、増員された兵力は『ザシュガン砦』の戦いに向けて出陣していたはずだ。
国内と国内の敵に対して、『メイガーロフ』に駐屯している帝国軍はどちらともを相手にしなければならない状況に置かれている。おかげで、戦力を完全に集中することも出来ないし、どちらを優先するかについても迷いが生まれていた。
「偵察を行い、帝国人どもの動きを見ておきたいところだが……」
肝心な街の上空では、カラフルな天幕たちが、『ガッシャーラ山』から吹いている風に煽られて暴れていた。
「……布で覆われてしまっていますね。これでは街のなかまでを観察することは難しいです」
「イエス。でも、こういうときの団長の目力でありますな」
「目力って言うなよ?」
少しカッコ悪いカンジがするじゃないか?
しかし、キュレネイの言う通りじゃある。魔法の目玉の出番だな。オレは眼帯をずらすと、左眼を黄金色に輝かせながら、『ガッシャーラブル』の街並みを観察していく。
……風に遊ぶウールの布の下では、帝国兵たちと思しき影が隊列を組んでいる姿が見えた。城門前の広場に、200人規模。それが、南北の城塞の前に集まっている……。
「出撃の準備をしているな。それぞれ200の部隊が、南北に配置しているな」
「ふむ。南の部隊は、『ザシュガン砦』方面へと向かう部隊として……」
「北は、どういう部隊なんすかね?」
「……シンプルに、出撃時間の短縮を計画しているだけのものかもしれない。南門から出ても、北上する部隊に合流する可能性はあるはずだぞ、カミラ殿、リエル殿」
現地の事情に詳しいバルガス将軍がいることは、頼りになるな。実際の経験に基づいた知見というのは、想像力よりも頼りやすさがあるものだ。
「国境警備の増強部隊か、南下する部隊なのか、分からないということですね?」
「そうなる。あるいは、どちらにも動くつもりはないのかもしれない」
「どういうことだ、将軍よ?」
「いいかな、リエル殿。メイウェイというヤツは、そういう策も使って来るのだ。あたかも動くように兵を配置することで、街のなかにいるであろう、『イルカルラ血盟団』の支持者にも、君たち『自由同盟』の支持者にも見せつけているだけの場合もある」
「フェイク?……動くかもしれない素振りを見せて、動揺を誘っているわけですか」
「そういう戦術もする男だ。街を出て、南に向かっても、30分もすれば戻って来るかもしれない」
「謝った情報を、オレたちに与えようとしているわけか。それなら、偵察することが無意味にもなりかねんな」
厄介そうな男だ。目に見えない敵との戦い方まで、心得ているわけか。『メイガーロフ』の太守としての経験は、メイウェイという男に多様な戦術の広さを与えているわけだ。
どこに『イルカルラ血盟団』のスパイがいるかもしれない状況で、長年にわたりバルガス将軍のような古強者と戦い続けて来たわけだからな。
勝ちと負けを繰り返すことで、メイウェイも強さを増していったのだろう。
「少数派の戦い方を、知っている男か」
「……そういうことになる。ストラウス卿よ、偵察するのであれば」
「『カムラン寺院』だな?」
「私とは、因縁深い集団ではあるが、その部隊が、彼らを狙っている可能性もある……殲滅しようという企みがある場合は、逃げ道となる街路に、それなりの規模の兵士を配置しているはずだ」
「逃げ道を潰して、主力部隊を投入するか」
「ああ。メイウェイは、そういう戦を好みはしないだろうが……国の内外からのプレッシャーを浴びれば、今までになく攻撃的な性格を見せてもおかしくはない」
「……安心しろ。『カムラン寺院』の周辺には、昨日までと兵力配置の違いはないようだ……」
「共存することが出来ると、考えているのだろうかな、メイウェイは」
「どうかな。少なくとも、短絡的に亜人種族の根絶やしという作戦を好むようなヤツでもないのは確かだろう」
珍しいことに、かつての支配者層よりも、亜人種の市民たちからのウケが良いと来ているからな……。
しかし。メイウェイがどんなに融和的な戦略を好もうとも、状況が変われば、戦い方だって変わってもおかしくはない。
『自由同盟』の南下に警戒するのであれば、『カムラン寺院』にいる『太陽の目』を排除しておくという『予防策』には、戦略的な価値はある。非道な行いかもしれないが、『自由同盟』の軍と戦いながら、街の中で反乱が起こるという状況を防げるのだからな。
残酷な手段というものは、短絡的な視野において判断する場合は、合理的なことも多いもんだ。善意よりも悪意のほうが、仕組みとしての洗練が確立しているものだからな。
オレは偵察を終える。
「警備を増強し、警戒を強めていることは分かった。何かをしそうな雰囲気を出してはいるが、それも見せかけで、我々の動きを封じようとしているだけかもしれないこともな」
「あまり真剣に付き合い過ぎると、損をする可能性はありますな」
「……臨機応変に対応するという柔軟さで、構えていた方が良いのかもしれませんね。メイウェイの心理状況を予想することは、かなり難解そうです……『自由同盟』に、『イルカルラ血盟団』。それに、『アルノア査察団』もいる」
「イエス。状況を一変しかねない要素が、多くありすぎるであります。今は、しっかりと休んで、有事に備えることをオススメするでありますぞ、団長」
「キュレネイの言う通りだな。現状では、反応すべき事件も起きちゃいない。休める時に休んでおくべきじゃある」
「そうっすね。では、皆さん、自分が『コウモリ』でアジトにまで運ぶっすよ!ソルジェさま、いつでもご指示下さいっ!」
「ああ。ゼファー、北上して湖で水を飲んでおけ。腹は、空いていないか?」
『だいじょうぶ!きのうは、う゛ぇりいがくれた、うしもたべれたし!』
「そうだったな」
竜は食いだめが可能な生き物だ。毎日、食事を摂る必要はない。成長期でない竜は、年に三度しか食事を摂らないこともある……まあ、必要がないだけで、食に対しての貪欲さがある竜の場合は、そのペースを守ることはないがな。
竜の肉体の構造は、ヒトのそれよりも多様な環境に適応している。それぞれの個性や趣味を反映したライフスタイルを、竜は送れるようになっているんだよ。
「では、休息に入るとしよう。カミラ!」
「はい!『闇の翼よ』―――』
再び、穏やかな温もりを持つ闇に抱かれることになる。『コウモリ』の群れへと化けながら、オレはゼファーが楽しげに、空で踊る姿を見ていたよ。砂遊びも好きだけど、水で遊ぶのも好きだってことを、『ドージェ』は知っているのさ。
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