第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その4


 カミラの力に頼りっぱなしではあるが、オレたちは『ガッシャーラブル』に用意したアジトへ帰還する。煙突の中を『コウモリ』の群れで飛び抜けた後で、暖炉の前に人の姿へと戻ったよ。


 懐かしさまでは感じないが、やはり自分たちが用意した拠点は、どこか安心するものだな。


「ふう。けっこう疲れちまったな」


「ソルジェたちは丸一日、戦い続けていたようなものだからな。疲れて当然だ」


「ソルジェさま、竜鱗の鎧を脱ぎましょう。血と砂で汚れてしまっているっすよ?」


「……そうだな」


 砂と返り血まみれってのは、皆で似たようなものじゃある―――メシを作る前に、着替えを済ましておくことにした。風呂にも入りたくはあるが……それよりも腹が空いちまっているからな。先にメシを食ってからだ。


 何を作るか……?


 正直なところ、チャミードたっぷりのマンサフを食べてみたくありはするが、食材を用意する時間で、空腹モードのミアを待たせるというのは、お兄ちゃんとして許容することが出来なかった。


 外へと食べに行ってもいいかもしれないが……それだと、バルガス将軍を放置することになるし、何よりも徹夜でがんばってくれたミアに、お兄ちゃんとして料理を作ってやりたいじゃないか。


 竜鱗の鎧を体から外しつつ、オレは朝食の構想を練る―――さっさと作れて、お腹いっぱい食べられるボリューム感がある料理で、ミアが大好物か。答えは幾つか頭に浮かぶが、選んだのは一つだった。


「ミートソース・パスタでいいか、ミア?」


 眠たそうな目で手甲を外していたミアが、黒髪の中から生えた猫耳をぴょこん!と反応させていた。


 ミアの瞳が、こちらを見つめてくれるのさ。


 キラキラと輝いていた。


「うん!!お兄ちゃんのミートソース・パスタ、大好き!!」


「くくく!そうか!!気合い入れて、作るぜ!!」


 大好きって言葉が持つ魔力の強さを体中で実感しながら、砂と返り血のついていない服に着替えたオレは、食材を入れた袋から材料を取り出す。


 トマトと玉ねぎとニンジンと、乾燥パスタだな。


「お手伝いするっすよ、ソルジェさま」


「じゃあ、野菜を切っていてくれ。オレは貯蔵庫から肉を取ってくる」


 軽やかな足取りで、オレは地下の貯蔵庫に向かい、そこから牛肉の塊をナイフで切り出してくる。


 キッチンに戻ると、ミートミンサーでその牛肉のカタマリをミンチにしていくのさ。こういう腕力を使う作業って、間違いなくガルーナ人向きだよな。


 ……しかし。オレが主導してパスタを作りたくもあったわけだが、猟兵女子たちが手伝ってくれるので、早いというか、早すぎるというかな。カミラだけじゃなく、リエルとククルもいるからな……。


 あっという間に野菜は切られていたし、トマトは皮を剥かれて、マッシュされていた。酸味の強いトマトのソースが、オリーブオイルが塗られたフライパンの上で作られている。


 リエルとカミラとククルは、皆、料理についても手際が良いからな。料理が趣味のオレではあるが、彼女たちの料理にまつわる技巧も、かなりのものなのさ。


 時間がかからないのは、良いことだろうな。


 皿と食器だけでなく、テーブルクロスを用意して机にスタンバイしているミアとキュレネイの腹ペコ・コンビをムダに待たせなくても良いわけだしな……しかし、挽肉製造器のハンドルを回す以外のことも、色々としてみたくはあったが……。


「ストラウス卿よ、私も何か手伝おうか?」


「いや。これ以上、オレの趣味の時間が短縮される必要はない」


 バルガス将軍の献身には、ちょっとした感動を覚える。オレたちの中では、最もケガが多いし、そもそも年齢もかなりいっているんだからな。誰もいない場所だったら、そこらにグッタリと横になっているだろうさ。間違いなく、それぐらいは疲れているはずだ。


 それなのに、料理を手伝ってくれようという心配りには、彼が政治的な嫌われ者であることに大きな間違いがあるってことを実感させてくれる事実であった。バルガス将軍は、とても善良な人物だよ。死なせずに済んで、良かったなとあらためて思えたぜ。


「『パンジャール猟兵団』の料理を、ご馳走するさ。アンタの得意料理は、次の機会に堪能させてもらうぜ?」


「いいとも。君たちにも、私の故郷の料理を食べてみて欲しいと考えているからな」


「チャミードたっぷりのマンサフは、気になっている」


 オレの口から出た言葉に、グルメな猫舌は反応していた。


「チャミードさんたっぷりのマンサフって何処!?」


「ノー。ミア、チャミードさんは人物名ではなく、岩塩で固められた乾燥ヨーグルトであります」


「なにそれ!?楽しそう!?マンサフはどこの街?」


「ミアよ。マンサフというのは、『メイガーロフ』に伝わる料理だ」


「バルガスちゃん?」


 ミアは、バルガス将軍のことまで『ちゃん呼び』なのか……大物だな。ゼファーの背の上で、二人は年齢を超えた友だちになってしまったようだ。


「チャミードとライスを混ぜて炊くのだ。羊肉もたっぷりと混ぜてな」


「美味しそう!!」


「そうだ。シンプルだが、美味しいぞ。近いうちに、君たちに振る舞おう」


「うん!ミートソース・パスタも楽しみだけど、チャミードさんのマンサフも美味しそうだよ!」


 グルメな猫舌の好奇心があそこまで刺激されてしまうとは、それなら、ちょっと空腹タイムを延長させたとしても、マンサフを作るべきだったのか……?


 いや。米を炊くのであれば、ちょっと時間がかかりすぎる。疲れ果てているオレたちは、メシ食って、風呂入って、ぐっすりと休むべきだ。


 休むことも猟兵の仕事なんだからな―――そう考えている間に、肉をミンチにする作業は終わっていた。


 ミンチ肉をリエルが大量のトマトを煮詰めている、底深の大型フライパンへと入れちまうのさ。


「あとは、オレにやらせてくれ」


「ふむ。わかったぞ。では、私はサラダを作ろうか。新鮮な野菜を、昨日、補充しておいたのだ」


「食卓が豊かになるな」


「栄養も豊かになるぞ。野菜は多く取るべきだ」


「ねえ、リエル!サラダ作るなら、クルトンも入れて?」


 グルメな猫舌さんは、クルトンの不思議な食感がサラダに入っているのを好むんだよ。カリコリしていて、アレは噛む音まで楽しめるしな。料理ってのは味と香りと色合いだけじゃなく、楽しさも加われば、より幸せを得られる度合いが増すというものさ。


「分かった。クルトンも入れてやろう」


「やったー。楽しみが増えるね、キュレネイ?」


「イエス。クルトンは、ワクワクの食材であります」


 ミアとキュレネイは、そんな言葉を交わしていた。無表情なハズのキュレネイにも、表情を感じる瞬間があるものだが、このときもそうだった。無表情なのに、心は笑っているが分かるんだよ。


「……ソルジェ兄さん。私、手が空いたので、お風呂の準備をして来ますね!」


「いいのか?」


「いいんです。私、ソルジェ兄さんの役に立つために、ここにいるんですから」


 健気なセリフを残して、ククルは風呂の準備へと向かってくれる。ああ、皆、良いヤツばかりだぜ。オレは、料理に全霊を捧げたくなる。


「ソルジェさま、ニンジンさんと玉ねぎさんっすよ」


 カミラがそれらの野菜のみじん切りを、オリーブオイルで炒めたものを、底深フライパンに入れてくれる。


「ああ。あとの味付けは、オレに任せてくれ」


「はい。じゃあ、自分はリエルちゃんと一緒に、コーヒー豆を挽いてるっすね」


 ……ささやかだしシンプルだが、なかなか良さそうな朝食メニューになりそうな予感がしてきたぜ。さてと、コンソメと塩コショウを、マイ・レシピ通りに入れるとするか!




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