第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その2


 砂嵐は風を吸い込みながら、うなり声を響かせている。空は歌を放つものだが、これは大地との合唱という方が正しくもあるよな。砂に風が削られるようにして、奏でられているのだから。


『ぐるぐるーって、うごいてるー』


「そうね。砂嵐というのは、派手なものね、ゼファー」


『うん。でも、すきー』


「砂漠が気に入ったの?」


『うん!『まーじぇ』、さばくはね、すながたくさんあるんだ。すなであそぶのって、なんだか、たのしい!』


「ゼファーに好きな場所が増えてくれて、『マージェ』は嬉しいわ」


『えへへー。『まーじぇ』は、さばくすきー?』


「え?……そうね。そこそこ、かしら……?」


 森のエルフの王族は、嘘をつくことに美徳を見出すことはない。リエルは過酷な環境そのものでしかない『イルカルラ砂漠』のことを、褒めるようなことはなかった。


「砂も多いし、暑いし寒いし。ヒトの体には、少し辛い環境じゃあるのよ」


『そうなんだ』


「でも。ゼファーが好きなら、嫌いだとは思わないことにするわ」


『うん!きっと、『まーじぇ』も、そのうち、さばくのことがすきになるとおもうんだ』


 ……リエルは、ふむー、と熟考の吐息を漏らしながら首を傾げていた。素直だからな。砂漠を好きだと言い出す日は、来ないかもしれないな。興味深い土地ではあるが、暑いし寒いし、砂に混じってサソリの群れまでいるわけだ。


 ネガティブなジャッジを下せそうな要素は山ほどあるってのが、砂漠の真実じゃあるんだよ。


 個人的には、『興味深い』という価値観で評価したい土地だがな。乾燥して、熱と冷気に踊る風を体感することが出来るから、砂漠の空は愛することが出来そうだ。


「……むにゃむにゃ。おなか、空いたー……」


 ……リエルに抱かれた仔猫のように愛らしいオレの妹が、ウールのマントに包まれたミノムシ・モードのまま空腹を訴えていた。エルフの弓姫の腕が、ミアのことを抱きしめる腕に力を込めてやる。


「ミア。お腹が空いてしまったのだな」


「夜の空は寒かったでしょうから。お腹、空いちゃってもしょうがありませんっすよ」


 ……ああ、お兄ちゃんは、ミアにムリさせてしまって気になっちまうぜ。


 猟兵の稼業は、子供が行うには過酷なのだというコトを、ミアほど優秀な猟兵を前にすれば、忘れてしまう時もある。罪悪感を覚えてしまうな。だからこそ、贖罪のためにお兄ちゃんはミアの猫舌と胃袋を満足させられるメニューを、この手で作りたくなる。


「『ガッシャーラブル』に戻ったら、メシを作るぜ」


「……ストラウス卿は、料理をするのか?」


「砂漠の男には、そういう趣味は無いのか?」


「一般的には盛んではない。だが、軍隊生活では給仕も行うものだ」


「そいつはそうだな」


 軍隊にとって最も大切なことってのは、ヒトによって評価が違うだろうが、およそ三つの要素のどれかがベストに選ばれる。


 一つ目は、戦闘能力。兵士が強いほどに、敵を倒す能力が向上するからな。


 二つ目は、移動能力。強かろうが、鈍足な軍隊では敵に逃げられるし、救援にも遅れる。


 三つ目は、継戦能力だ。補給を確保することが必要だな、つまり食料と水が肝になる。それらを効率的に補給することが出来なければ、軍隊という動物の集団は3日で飢えちまうのさ。


 食事を作る能力というのも、軍隊という動物の群れでは重要視される行動だ。基本的に男社会であるから、料理人もまた男が多くなるのが軍隊の宿命ってものかね。


 料理屋開いているヤツのなかには、元・軍人ってのは珍しくはない。戦争で覚えることが出来るのは、戦い方だけじゃないってことだ。


「バルガス将軍も、お料理が得意なんすか?」


「……マンサフは得意料理だ」


「まんさふ……っすか?」


「謎を感じる響きでありあます」


「料理って、各国でかなり違っているんですね?」


「どういう料理なんだよ、バルガス将軍?」


「……えらく、食いつきがいいな」


「まあな。傭兵稼業であちこちを巡る楽しみの一つに、料理ってのがある。凄惨な日々だからこそ、日常を大切にしておくべきだ。前団長からの方針なんだよ」


 そうすることで狂気を遠ざけられるらしい。ガルフは、傭兵や戦士が持つ業からも、自由でいられていたもんな。


 自然体のまま、猟兵だった。真の戦士であり、趣味人だった。


「良い発想だと思うぞ。前団長殿の教えはな」


「イエス。美味しいゴハンを求めることは、人生における大きな目標の一つであります」


「各国の文化を学ぶことで、地理学の把握にもつながりそうですし、味以外にも興味がありますね」


 料理の楽しみ方ってのは、人それぞれだな。キュレネイは味を求め、ククルは地理の勉強も求めていた。料理に使う材料から、どういう産業がその土地にあるかを推測することは容易いもんだからな。


 ……兵糧攻めをするには、どういう食料を攻撃するべきかってことも把握しておくと、戦上手な王サマになれるかもしれん。


 まあ、そういう物騒な使い方でなくとも、ククルは単純な知的好奇心から、料理文化を知りたがっているのだろうがな。『メルカ』という100人足らずの空間で育って来たことの反動かもしれない。


「……なあ、勿体ぶらずに教えてくれるか?」


「勿体ぶっていたわけではないがな。よその土地には、私の故郷の一般的な食事が無いのかと思うと、世界の広さを感じられたのだ。何故、無いのだろうかという大きな疑問も抱けた」


「誰しもが、自分の食べている母国の料理がベストだと思っているもんだからな」


「考えると、興味深いことかもしれないな……」


「将軍、さっさと、教えるであります」


 飢えたキュレネイが新たな美食情報を求めていた。


「あ、ああ。マンサフというのは、チャミードでライスを煮たもので、羊肉も混ぜて作るものであり―――」


「―――チャミードって何だ?」


「まさか……チャミードは、『メイガーロフ』以外の土地には、無いというのか?」


 カルチャーショックを受けているようだった。バルガス将軍は、あまり他国を巡ったことがないようだな。


「バルガス将軍、チャミードって、どういうモノなんすか?……同じような食材は、意外とヨソの国にもあったりするものっすよ?」


「イエス。言ってもらえると、チャミードとやらが何なのか、分かるかもしれないであります」


「羊の乳を発行させて作る、酸味のある白い食品なのだが……」


「ヨーグルトってことっすね」


「チャミードは、他国ではヨーグルトと言われているのか?」


「牛乳で作ることが多いっすけれどね」


「ほう。面白いな……牛の乳で、チャミードを。味が、変わりそうだが」


「ヨーグルトで米を煮る料理か。酸味が米には合いそうだな。羊肉のクセも消せそうだ」


「美味い料理だ。塩気も効かせば、暑さ対策にもなる……それに、保存食だ」


「米はそうだよな」


「米もだが、チャミードは、岩塩で周囲を固めて乾燥させてあるから、十年は軽く保つだろう?」


「……ヨーグルトにも、色々あるらしいな」


 食文化の複雑さを、オレは今日も朝っぱらか一つ学んでしまっていたよ。




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