第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その1
砂漠を馬で歩き続けていく内に、朝がやって来る。朝と共に風が強まり始めて、イルカルラ砂漠の砂を吹き上げていく。
「朝っぱらから砂嵐か……」
「おかげで逃走は楽になります。追跡の痕跡も、これで全てが砂の下でしょう。この砂嵐で、『ザシュガン砦』の火災も消えてしまうのでしょうが……」
砦の方角を向くと、燃え続けているのが分かった。バルガス将軍の死亡を演出するためには、もっと盛大に燃えて、焼け落ちてくれたら楽なんだがな。
「あれだけ燃えたなら十分痕跡は残らないだろう」
「ええ。メイウェイもバルガス将軍には、死んで欲しいとは願っているでしょうからな。ドゥーニア姫だけでは、『イルカルラ血盟団』を率いるには、弱すぎる」
「弱いか……」
「若い女性です。政治的な人気はあったとしても、バルガス将軍の才には、勝てません。『メイガーロフ人』の結束は、彼の不在で強まるでしょうが―――」
「―――帝国軍の結束も強まるか」
「間違いなく、そういった力学も生まれるでしょう。メイウェイは、バルガス将軍を倒したというトロフィーを獲得した」
「……ふむ。全てが都合良い方向につながりはしないか」
「しかし、それなりにメイウェイの手勢を削ることが出来たことも大きい」
「連中が疲れている内に、攻撃を仕掛けられたら良いんだがな…………だが、今は、休息を取るべきだな。頭が、いつも以上に働かない」
「そうですな。疲労しすぎている。この土地の寒暖の差は、体力を大きく奪ってしまいます。朝の風だというのに、かなり暑くなっていく……」
「オレたちは拠点に戻るとするか」
「『ガッシャーラブル』にですな」
「ああ。『自由同盟』から来るヤツらとも合流して、今後のことを考えておきたいからな……」
……アインウルフも来ているというのなら、一度、話し合っておきたくもある。こちらにとっては惜しくもあるハナシなんだが、アインウルフにとっては幸いな知らせもあるわけだしな。ヤツが評価しているメイウェイが、死ぬことはなかった。
「ふむ。ならば、私はナックスと共に、ドワーフの『大穴集落』へと向かいましょう」
「そうだな。ナックスたちも不安だろうし、混乱しているだろう。『自由同盟』が、彼らの行動を支持しているということを示すためにも、交渉役のお前がついて行けば安心してくれるだろうし、暴発も防げる」
「まあ。暴発。それは良くないことですわね、リング・マスター」
色っぽく背中を曲げながら、レイチェル・ミルラはオレの胸に体を預けて来た。イタズラっぽい笑みを浮かべている彼女に、オレは何らかの意志を感じ取る。何だろうか?予想はつくさ、オレは彼女のリング・マスターだからな。
「ガンダラと共に、『大穴集落』へと向かってくれるか?」
「ええ。よろこんで」
自暴自棄を起こそうとする戦士も出るかもしれないし、『大穴集落』のドワーフたちと巨人族の戦士たちが仲が良いとも限らない。ガンダラは『大穴集落』は初めてとなるわけだから、紹介役がいた方が良いだろう。
レイチェルならば適任だ。不安や動揺とは、最も遠い性格をしている女性だからな。彼女ほど自信にあふれた者が共に在れば、敗北感に苦しむ『イルカルラ血盟団』の戦士たちも勇気づけられるさ。
「頼むぜ」
「砂を浴びてしまうことになるので、あそこの地下温泉は魅力ですもの」
「……たしかにな」
「団長。風が強くなる前に、移動を開始したほうがよろしいのでは?」
「そうするよ。カミラ!」
「……はふ!?」
馬上で眠っていたカミラが、目をこすりながら返事する。
「お、お呼びっすか、ソルジェさま?」
「ガンダラとレイチェル以外を、ゼファーの背に運んでくれるか」
「了解っす!……『闇の翼よ』!』
我らが『吸血鬼』さんの影が四方に伸びていき、猟兵たちを影が呑み込んだ。自分が無数に分裂していく、あの『コウモリ』へと至る変身が伴う、不思議な感覚をオレは楽しむのさ。
『闇』の力で作られた『コウモリ』は、強まりつつある砂嵐にも負けずに、ガンダラとレイチェルを残して天高くへと向かう。
『あ!『どーじぇ』だ!』
『コウモリ』の接近に気づいてくれたゼファーは、翼を伸ばしつつ、ゆっくりと降下してきた。
『ありがとう。ゼファーちゃん』
感謝の言葉が終わる頃、猟兵たちはリエルとミアと、バルガス将軍がいる龍の背にたどり着いた。
ミアはリエルに抱きしめられたまま、寝息を立てていた。しょうがない。むしろ、可能な限り睡眠は確保して欲しい。ミアは、まだ13才なんだからな。たくさん寝て、しっかりと成長して欲しいものだ。
オレはリエルの背中を抱きしめて、支えてやるようにした。カミラはオレの背中に抱きついてくれる。
「ふむ。ガンダラとレイチェルは、ナックスに帯同するのか?」
「ああ」
「私たちは、どうするのだ?」
「『ガッシャーラブル』に戻ろう。バルガス将軍、それでもいいな?」
「構わん」
「『カムラン寺院』がある街だからな。アンタにとっちゃ、アウェーもいいところだろうが、突き出すようなマネはしないから、安心してくれ」
「それは助かるな。『太陽の目』の若く血の気の荒い戦士たちには、私のことを許してはくれないだろうから」
「恨みは深いものだからな。家族を虐殺された者にとっては、バルガスを許す気になれなくても当然というものだ」
「……受け止めるさ。そのために、私は死まで選んだのから」
「……死んでも許されるとは思うな。死人として、戦うことで償ってみるべきだぞ」
「リエル殿の言う通りにしよう。良い妻を持ったな、ソルジェ殿は」
「カミラも含めて、オレのヨメはいい女ばかりだよ。さてと、ゼファー」
『うん!『がっしゃーらぶる』に、もどればいいんだね?つかまってね。すなあらしのうえをとぶ!』
「頼んだ」
砂嵐はゆっくりとそのシルエットの濃さを強めていく。赤い砂と朝陽の色彩が混じった、茶色い砂の渦が空で轟々とうなり始めていた。
竜の金色の瞳が、強気に輝いていたはずだ。空にまつわる挑戦は、全ての竜にとって宿命的なものであり、心を躍らせてくれる行いなのだ。
『いくよ!!』
翼で空を打ちつけて、砂嵐に向けて飛ぶ。巨大な砂のカタマリが作る渦に向けて一直線に飛んだゼファーは、暴れる風が渦巻く空を叩き、高く高くへと上昇して行く。
やがて、砂嵐が、オレたちの眼下で渦巻くようになる。なかなか迫力のある光景だ。ゼファーは、得意げに鼻を鳴らした。
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