第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その100


 カミラに導かれて、オレはイルカルラ砂漠へと降りていく。戦士たちは疲れ果てた様子だ。後ろめたさもあるだろうさ。決死の戦いであったはずなのに、けっきょくのところ生き残ってしまった。


 気持ちは分かるから、かけてやるべき言葉も知っている―――でも、今は誰にとっても無言が癒やしになるような気がしたよ。


 戦士たちは、隊列を組むことはなく、左右に大きく広がっている。それは、おそらく疲労から来る投げやりな行動ではなく、ちゃんとした作戦に基づいての動きなのさ。


『足跡を広げているんだな』


『え?』


『いや、あちこちに別れて進むことで、追跡を難しくしようとしているんだろう』


『さすがっす!ソルジェさま!』


『くくく!……まあな』


 男を楽しませるコツをカミラ・ブリーズは知っているようだ。さすが!とか褒められると男って自尊心が満たされてしまうんだよなぁ。


 でも。


 猟兵らしい夫婦の会話をしておくとしよう。ガンダラたちを探すための時間に、少しばかり授業の時間があってもいい。カミラは第五属性『闇』を使いこなす、才能豊かな猟兵だが。


 13番目の猟兵なのだ。つまり、経験値の面ではオレたちの誰よりも未熟じゃあるのさ。


『砂漠ってのは、追跡しにくい。足跡が残る割りにはな』


『意外っすね。足跡を追いかければ、たどり着いちゃいそうっすけど……?』


『そういう素直な感想は、正しいことだぜ』


『えへへ。褒められちゃったっす!』


『いいか?砂は崩れやすい。しかも、ここの砂は軽いんだよ』


『っ!そ、そうっすね!風で、舞っちゃうんですね!』


『ああ。強い風が吹けば、あっという間に足跡は呑み込まれてしまう。そうなれば、砂地には何も残らない。追いかけるどころか?』


『……えーと。迷子になっちゃう……?』


『正解だ。自分の足跡も消えて行くんだからな。向かう先も、来たところも分からなくなり、迷いに迷うだろう』


『そ、そー考えると、なんだか、怖いっすね』


『怖い場所じゃある。だが、それを『イルカルラ血盟団』の使いこなしているようだ』


『広がって、歩くことっすか?』


『そうさ。ああやって歩くことで、足跡が重ならない。追跡されにくくなるわけだし、あえて集団から離れて歩いた足に誘導されることもある』


『なるほどー。そういう作戦なんすねー』


『誘導している罠でもある。逃げるだけじゃなく、敵を迷わせてしまう罠にもなっている……だからこそ、『イルカルラ血盟団』に対する追撃が甘いのさ』


『追いかけていって、何度も痛い目に遭ってしまったわけっすね……』


『おそらくな』


 こういう会話の一つ一つを、オレは大陸を旅して周りつつも、焚き火のとなりに座ったまま酒を楽しみながら、しわがれた声で聞かされたんだ。


 ガルフ・コルテスから猟兵としての考え方を、一つ一つ学んでいった。敵を見つけたら全力で突撃すべし!……というガルーナの哲学以外を学んでいったわけだ。そういう経験値の一つ一つが、猟兵を作り上げている。


 ……もうガルフはこの世にはいないから、団長であるオレがそれを継がなければな。年寄り臭く、語るのさ。猟兵というものが、どういう考え方で成り立っているのかを。


 戦場を彷徨く商売だからな。少しでも、経験値があったほうがいい。13番目の猟兵に対して、オレは可能な限り猟兵として持っているべき知識を伝えておきたいんだ。団長としての義務であるし、カミラに死から遠ざかる場所にいて欲しいからだ。


 無数の『コウモリ』に分離したまま、我々は砂漠の戦士たちが実践している逃走の理論を目に映しながら、ガンダラたちを見つけていたよ。


『あ!ガンダラさんたちっすよ!』


『そうだな。砂漠の知識のお勉強もしたからな。合流しようぜ』


『はい!』


 パタパタパタ!


 耳心地の良い羽ばたきの音を響かせながら、猟兵夫婦は仲間たちの目の前に降り立っていた。


 ボヒュン!


 そんな音を立てながら、オレとカミラはヒトの姿へと戻っていた。


「団長。お疲れさまであります」


 キュレネイ・ザトーがいつもの無表情のまま敬礼をしつつ、職業人らしいあいさつをしてくれる。


「ああ、お疲れさまだな。皆、無事だったな?」


「はい。ソルジェ兄さん、私たちは無事です。かすり傷程度ですから」


「そうか。オレも、そんなところだよ」


「リング・マスター、ターゲットは助けられたのですか?」


 オレは周囲に『イルカルラ血盟団』の戦士たちがいないことを確かめると、語り始めたよ。バルガス将軍の生存は、可能な限り誰にも知られない方が政治力を持つからな。


 本人の落ち度だとも思わないが、バルガス将軍は政治的には嫌われ者だ。彼が仕えたガミン王という人物は、あまり人気が高い人物だというわけじゃなかったらしいんでな。


 死んだフリをしている方が、反帝国組織としては上手く回るような状況だ……。


 彼ほど、この国を愛する人物もいないのだろうが、時にはそんなコトにだってなっちまうのが人生の不思議なトコロさ。


「……バルガス将軍は助けたぜ。無事だ。死んだフリをしてくれるよ。オレたちには、協力してくれる」


「さすがですな、団長。カミラも、良かったですね」


「はい!助けられて、良かったっす。バルガス将軍、いい人なんすもん」


「ええ。我々と共に戦ってくれる人物は、皆いいヒトですからな。さてと、団長。細かな情報交換を行いましょう」


「そうだな」


 副官一号殿とは、話し合いたいことも色々とある。『イルカルラ血盟団』は、半壊した状況ではある。ドゥーニア姫が、政治的な活動をして、『メイガーロフ人』の結束を作り上げる必要がある。


 オレたちは、彼女とも出会い、『自由同盟』との同盟関係の樹立を訴えなければならないしな……。


 メイウェイの動きもガンダラには分析して欲しかった。


「さて、リング・マスター、こちらにどうぞ?」


 ……歩いていたら、ムダに疲れてしまうからな。レイチェルが馬を操り、オレの側に寄ってきた。オレは馬の背に乗った。


「……し、しまった!」


 何がしまったのかは分からないが、ククルが叫んでいた。キュレネイは、カミラを自分の馬に乗せてやっていたな。


 そうだ。体力の管理も大切になるのさ。オレたちは、疲れてもいるのだから。


 東へと向かいつづけている内に、東の空が明るくなっていく……そして、北風が強まって、砂を舞い上げていく。この砂が、オレたちの足跡を隠してくれる。帝国軍は、オレたちを追跡することは出来なくなるだろう……。


 『メイガーロフ・ドワーフ』の領地内に入るとも、思ってはいないだろうからな。


 また、新しい1日が始まろうとしている。


 黄金に染まる朝焼けの砂漠を馬で歩きながら、オレは眠気のあまりにあくびをする。




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