第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その99


 東へと向かう空から、地上を見つめたよ。東側に対して、敵の動きは甘いものだった。


『この分だと、追撃は緩そうだな』


『メイウェイは分かっている。『メイガーロフ人』を黙らせるには、私のような指導者を狩れば十分だということをな』


『……メイウェイは、人気があるようだからな』


『……他の帝国人に比べれば、メイウェイは確かにマシなのだろうが』


『アルノアに比べれば、天と地だ。民間人や行商人を、傭兵に襲撃させているんだからな』


『証拠を手に入れたのか?』


『ああ、手に入れたよ。アンタなら、有効に使えるか?』


『……私たちの抵抗活動を支えることには使えるだろうな。商人たちも、薄々は気がついているんだ。だから、インパクトは少し劣るだろうが、市民は怒るだろう』


『戦術の幅が広がりそうだよ、アンタがオレたちに力を貸してくれるのなら』


『貸すとも。当面、ストラウス卿にこの身を預けることになるだろうから』


『ああ。それがいいだろう』


『ソルジェさま!ゼファーちゃんっす!!』


 東の空にゼファーがいた。ゆっくりと大きな旋回をしながら、地上を見張っている。敵の姿がいないかを探っているのさ。


 ゼファーはオレたちが化けた『コウモリ』の接近に気がつくと、あっちから体を寄せて来てくれた。リエルとミアが、こっちを見た。ミアは手を振ってくれる。


「おかえりー!お兄ちゃん、カミラー!」


『おかえりー!『どーじぇ』、かみらー!』


『ただいまっすー!』


『……なんだと?……竜とは、しゃべるのか!?』


 住んでいる土地が異なれば、常識というものは何もかも違うものだ。竜がしゃべれないという認識があるのは、どうしてなのだろうか?


 ガルーナ人としては大きな疑問と不満を抱く認識であるが、思えばガルーナ以外では竜がいる土地は珍しいものだからな。古い伝説はそれなりにある。竜に街を滅ぼされたとか、国を滅ぼされたとか。


 そういう伝説があるというのに、どうしてか竜についての理解は進んでいない。


『いいか、バルガス将軍。竜はオレたちヒトよりも大きな頭と脳を持っているんだぞ?しかも寿命も長い。オレたちよりも優れた生物なんだ。言葉ぐらいしゃべって当然じゃないか?』


『……そういう風に捉えたことはなかったが…………そ、そういえば、私は、これから竜の背に乗るのか!?』


『うん。おいでー、ばるがすしょうぐん』


『……っ!?』


 ゼファーは愛らしい微笑みで、バルガス将軍のことを迎えたのだが、バルガス将軍は身震いしたようだな。


『あ、あはは。大丈夫っすよ、バルガス将軍。うちのゼファーちゃんは、とっても良い子なんですよ?』


『そ、そうか……』


『うん。ぼく、とても、いいこだよ?ていこくじんいがいは、たべないもん!!』


『ひ、ヒトを、食べるのか……っ』


『帝国人だけだぜ』


『……それを聞いて、安心したな……私は、どこからどう見ても帝国人には見えない。巨人族だからな』


 勇猛果敢なバルガス将軍も、竜には怯えてしまうようだ。


 しかし、何事も経験である。


 そして啓蒙活動は大事だ。


 竜はカワイイ。


 いつか世界の空に竜があふれんばかりに飛び回ることこそ、完成された空なのだという価値観を広めていかなければならん。


『竜と触れ合えば、すぐに偏見もなくなる』


『……ヒトを喰うのにかね?』


『ヒトを死に至らしめるモノなんて、この余に数え切れないほど存在しているじゃないか?』


『ものは言いようか』


『心配しなくても、すぐに慣れちゃうっすよ』


『カミラ殿……そうか、そうだろうな。慣れねばならんか。この黒き竜も、私の大切な同胞となるのだから』


『そういうことだ。世界の空に、竜があふれるその日に備えてくれ』


『……ん?世界の終わりの日が、来るのか?』


『いいや。キュートがあふれた、空のハナシをしただけだぞ』


『……ふむ。どうにも、竜騎士の感性に慣れるのは、少々、時間がかかるかもしれんな……』


『さて!ゼファーちゃんの背中に、取りつくっすよ!!』


 シュポン!!


 小気味良い音を立てながら、ゼファーの背の上にバルガス将軍はいた。


「な、なんと!?」


 『コウモリ』からヒトの姿に戻ったバルガス将軍は、脚の間にあるゼファーの体にしがみついていた。


「と、飛んでいるんだな、私は……いや、さっきもカミラ殿の力で、空を飛んではいたわけだが……」


「そだよー」


 ゼファーの背中に立ったミアが、バルガス将軍の前に現れていた。ミアはリエルを跳び越えるようにしながら、その場所へと移動してみせたのだ。


「ふむ。君も、『自由同盟』の戦士なのかい、ケットシーのお嬢さん?」


「私は『パンジャール猟兵団』だよ。つまりー、『自由同盟』の傭兵だよね。ミア・マルー・ストラウス。よろしくね、将軍さん」


「ああ、よろしく。しかし、ストラウスというと?」


「ミアはソルジェの義理の妹だ」


 リエルの言葉にバルガス将軍はうなずく。複雑かもしれない個人の家庭事情を、無闇な詮索をしないのは、いい男の証だとも思うぜ。ありのままを受け入れられる強さもあるのさ。


「そうなのか。よろしくな、ミア殿」


「うん。よろしくー」


「それで、エルフの君は?」


「ソルジェの正妻だ」


「ほう。ストラウス卿はうつくしい妻を大勢お持ちのようだ」


「そんなところだな。お前、ケガはしていないか?」


「かすり傷ぐらいだ」


「なら、この秘薬をくれてやる」


 正妻エルフさんは手製の秘薬を渡していたよ。


「飲み薬だ。それを飲めば、傷が膿むことはなくなるし、傷の治りは四倍は早くなる。飲んでおくといい」


「そうだよ、将軍さん。生きている限りは、帝国と戦えるんだから。傷を治して、備えておくの。私たち、死んでる場合じゃないよ?敵は、たっくさんいるんだから」


「フフフ。なるほど。それが君たちの哲学というわけだな」


「そうだ。『パンジャール猟兵団』は、敵との戦いに万全を尽くすのだ。体調不良のままでは、全力では戦えん。飲んでおけ。苦いが、とてもよく効く薬だぞ」


「……ありがとう。そうさせてもらおう」


 薬瓶の口を開けて、巨人族の戦士はエルフの秘薬を飲んでいく。あの緑色の液体は強烈に苦い薬だが、体の痛みはすぐに消え去る。朝になる頃には、バルガス将軍は全快しているだろう―――あくまで傷はな。疲労までは、回復することはない。


「ねえ。お兄ちゃんは、下に行くのー?」


『ああ。そうするつもりだ。ガンダラとナックスに、情報を共有しようと思う』


「そっかー。じゃあ、ミアはこっちで敵が皆を追いかけて来ないか、見張っているね」


『警戒は頼んだぜ。さてと、カミラ』


『はい!下に向かうっす!』




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