第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その95
斬って、斬って、斬って暴れたよ。馬を捨てて、とにかく前に前にと進む。ああ、体中が疲れの濁りに穢されていくのが分かる。動きの精細さを欠いていくし、世界がゆっくりと感じるんだよ。
砦までは、あとちょっとなんだけれどな。敵も通したくはないってことで、その圧力が強まってくる。
時間が、時間の流れが遅く感じる……呼吸をしたいんだが、敵があちこちから襲いかかって来るからな。
そうだ。将軍は守れてはいるが、他の戦士は倒されていく。どんどんと数が減っていくのが分かる。そのぶん、オレに襲いかかろうとする敵兵も増えていくわけだ。ああ、息を整えたいが、それをしていれば敵に圧倒されてしまいそうでね。
空気が欲しい。
酒よりも呑みたい。
そのヒマも無いほどに、忙しい。
ちくしょうめ。『魔剣』を使っちまうタイミングは、ここだったかもしれんな。
「もらったあああ!!」
「……ッ!!」
疲労に濁った感覚のせいで、反応が一瞬、遅れてしまっていた。頬が斬られる。かすり傷だが、復讐はしておくよ。
「くそ、はずし――――――」
竜太刀が走り、敵を真っ二つにする。普段なら、大したことがなくても、無呼吸のまま動き続けての大技では、溺れてるように肺腑が痛む。このまま粘りすぎると、筋肉が近いうちに痙攣して来ちまうんだがな……。
経験は語る。
教えてくれるのさ。限界が近いということを。
とにかく、それでもバルガス将軍の守るのさ。近づいてくる敵を、ちょっとでも斬り伏せる……一秒が、バカみたいに間延びして、本当に長い。一メートルを進むのが、遠い。ああ、本当に戦いってのは……楽しいもんだぜ!!
敵に打ち込まれて、体勢を崩す。獣みたいに地に伏せて、動きの支配権を自分に取り戻してやるのさ。調子に乗らさないことが肝心だ。体勢を崩されることは、たまにはあるもんだ。すぐに反応して、圧倒しちまえば問題はなくなる。
獣みたいに低さで走り、敵へと近づく。そのまま腕を振り回すことなくコンパクトに畳んで、そいつのアゴ先を竜太刀の柄で突いた。脳が揺さぶられて、そのまま帝国人は戦場に倒れ込む。
そいつを倒したとき、オレとバルガス将軍の目の前には白い城門が見えた。敵の群れが消えていた。空気を吸いながら、脚を動かす。使い古した空気を吐きながら、伝えるのだ。
「バルガス将軍!!砦に入れ!!」
「ああ!!」
砦の城塞には、『イルカルラ血盟団』の戦士たちがいる。弓兵?いいや、そういう繊細な攻撃を彼らはするつもりはなかった。
「将軍を援護するぞおお!!」
「落とせえええええええ!!」
巨人族がその膂力を活かして、巨大な樽を夜空へとブン投げていた。その重量物が帝国人に命中して、あっさりと押し潰してしまう。
潰れた帝国人の悲鳴とともに、油の気配を感じ取る。『イルカルラ血盟団』の戦士たちも、『自由同盟』と同じような作戦を使うらしい。
「火をつけろ!!」
上空から矢が放たれたよ。その先には松ヤニを塗り込んだぼろ切れでも巻いてあったんだろう。強い勢いで燃える火矢が、潰れて油まみれになっている男に突き刺さった。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
爆発するような勢いで、炎が燃え盛りやがった。何人かの兵士が、その猛火に巻き込まれて怯んでしまう。
怯むのも当然のことだ。その猛火は、またたく間に地面に引火しやがったからだ。炎が波のような軽快さを持って、地上を舐めるように走っていく。
考えやがったな。
油をあらかじめ『ザシュガン砦』の周辺にも撒いていたか。砦を囲むようにして、その炎の壁が現れる。長い間、効果があるようなものじゃないだろうが、一瞬、敵を怯ませるぐらいの力は持っていたよ。
「将軍!!こちらです!!」
「早く、入城してください!!」
「うむ!!行くぞ、ストラウス殿!!」
「ああ」
オレたちを皮切りにして、三十人ぐらいの巨人族の戦士が雪崩込んでくる。炎にちょっと焦がされてしまった者もいるようだ……まあ、そんなことは気にならない。気になったのは、三十人しかいないということのさみしさだった。
「城門を下ろせ!!」
城塞にいる戦士がそう叫んでいた。悲しい事実だったな。ここにいるだけが、生き残りの全てだったよ。
城門を固定していた装置が動かされて、戦場と砦の内側を境界するために分厚い木製の城門が下りていた。戦場と隔絶された気持ちになるが……それも少しだけだ。4000の敵兵が、『ザシュガン砦』を包囲しようとしている。
城塞の上にいるのは、わずかな戦士。彼らは樽や槍や矢を放ち、接近しようとしてくる帝国人どもを迎撃しているが、すぐに城塞から飛び降りてくることになった。帝国人どもも矢を射始めたからだ。城塞の上にもその矢の雨は降り注いでしまう。
「ダメです。もう、完全に包囲されつつあります」
「ふむ。問題はない。砦に火を放て!!」
バルガス将軍の命令に従い、城内に残っていた戦士たちが、砦の城塞の内側に火を放ち始めた。油を撒いていたのは、外だけじゃなかったわけだ。戦いに疲れ過ぎちまっているオレは、そんなことにさえも気づけやしなかった。
「……さすがに、参っているようだな、ストラウス殿も」
「ん。まあな。なかなかの練度だよ、メイウェイの軍もな」
「メイウェイ、この手で首を取ってやりたがったものだが……」
「次の機会もあるかもしれん。この砦、アンタたちこそが真の所有者だ。『メイガーロフ』の建築は、地下通路が得意なんだろう?」
「……どこで知ったのか」
「あちこち旅していれば、それなりに知恵もつくというものさ。あるんだな、この『ザシュガン砦』にも地下通路が?」
「ある。バレてはいなかったようだ」
「そいつを使うか?」
「何人かはな……動けん負傷者は、イースの教会にされてしまった、蛇神の聖堂に残すことになる」
「いい判断だ。イースの教会では、ヤツらも狼藉を働かないだろう。それで、アンタもその地下通路で脱出するのか?」
「……いや。私はここで死ぬつもりだ」
「……昼間に、理由は聞いちまっているな」
ドゥーニア姫に『イルカルラ血盟団』を継がせるために、『太陽の目』たちとの間にあるしがらみを解消するのさ。バルガス将軍が、この戦場で死ぬことによってな。恨みの対象が死ねば、『太陽の目』も協力してくれるようになる……。
……分かる理屈だ。
恨みは消えんからな。歴史が終わる日まで、オレが帝国人もバルモア人も嫌いだってことが確実なように、同胞や家族を殺された者たちの恨みに終わりなど来るハズもないのさ。
復讐者だ。分かるよ、遺体ほどに、その理屈をな。
……でも。
オレの全ては復讐のためにあるわけでもない。
「……バルガス将軍よ、耳を貸せ」
「……何の悪だくみか」
疲れたバルガス将軍が、オレに耳を近づけてくれた。オレは、彼の耳に語りかけるフリをして、その首に腕を巻き付けていた。
「ぐう!?」
「……悪いな、将軍。ちょっと眠っていてくれよ」
疲労は動きを鈍らせる。バルガス将軍も、オレの腕が放つ絞首の技巧に抗うことが叶わないまま、その場で意識を失い、倒れ込んでしまっていた。
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