第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その94
「ストラウス卿、私の馬に乗れ!!」
「おうよ、頼んだぜ!!」
「ヒヒイイイインンッ!!」
馬が応えるように鼻で歌ったよ。巨人族のバルガス将軍だけでも重たいだろうにな、この黒馬はがんばってくれる。感謝の意を込めた指を使い、なで回してやりたいところだが……そんな余裕は一秒もない。脚の力を抜いて、重心移動に心を配る。
馬にとっての理想的な荷物に化ける、この脱力と背骨の動きは、そのためなんだよ。馬は心臓を酷使した息を吐き散らしながらも、敵と味方の血で染まった、赤い砂漠を蹴りつけていく。
『イルカルラ血盟団』は南へと進路を変えていた。疲労困憊の戦士たちも、この黒馬と同じように全力と全霊を捧げて、南へと向けて走るんだ。
帝国人どもはそれを妨げようと集まって来ているか?……いいや、あちこちで戦いはしているが、今までよりもその圧力は、むしろ少なくなっている。
メイウェイに指揮される、錬磨された部隊。コイツらは知恵が利くんだよ。戦略ってものを理解していやがるのさ。
『イルカルラ血盟団』の行き先を理解していた。追い詰められたバルガス将軍が、ついに『ザシュガン砦』へと籠城するのだと考えていやがるからな。
理由まで読み切ったという判断ではないが、行動そのものはヤツらの思惑通りに動いてしまうという現実があった。
……ヤツらが最初からデザインしていた状況になるわけだ。南下していく『イルカルラ血盟団』の本隊を、東西に展開している両翼で取り囲めばいい。それを選べば、楽な戦いを行えるじゃないか。
陣形の配置だけで見れば、我々は最悪の行いを選んでいることは認めよう。ある意味では、愚策中の愚策とも言えるのだが……理由はある。東へと逃げ延びようとする仲間たちのために、本隊は『囮』となるのだ。
バルガス将軍がメイウェイに一騎討ちを求めて大声を放っていたのも、策の内じゃある。彼は自分の居場所を、わざわざ敵に告げていたのだ。自分に敵を引きつけるために、目立ったわけさ。
『イルカルラ血盟団』を包囲することで、楽に殺すことを目論んでいる帝国人どもは、オレたちを南へと逃してくれる。少しだけ、距離で言えば、たったの300メートルぐらいはな……。
一走りさせるのにも、意味はある。
軍隊ってものの強さは、人数と密度としても評価することが可能になるわけだが、南に退却を開始した『イルカルラ血盟団』は、南北に長く伸びてしまっていた。
ヒトには移動する速度が決まっているしな。負傷者もいれば、疲れもある。皆が万全な動きをしていない。移動能力の固有差が、隊列を乱してしまうんだよ。
伸び切り、密度を薄くなっている我々は、どんな状態にあるのかと言えば、弱くなっている。
敵サンにコントロールされちまった。オレたちは、まんまと泳がされたわけだ。
……砦に着くまで、こんな好待遇だったら楽なんだが、もちろん敵はそこまでは甘くない。こちらを狩りやすくするために、少しばかり走らせただけだ。
角笛が鳴りやがる。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!
不気味な歌が右からも左からも聞こえて来た。
舌打ちしたよ。それはそうだろう。敵軍が左右からこちらを包み込むように疾走して来やがるんだからな。雪崩込むような勢いで、ヤツらは全力で『イルカルラ血盟団』の本隊を囲もうとしていやがる。
さて。
地獄が始まるな。こちらの退却ルートは、敵の群れに完全に封鎖されてしまう。
四方を囲まれたあげく、こちらの隊列は伸びて貧弱化している。
サイアクなシチュエーションだ。でも、一つぐらいは良いことがあった。夜で助かっているよ。
もしも、太陽の光を浴びながら、こんな戦況になっていたら?……矢の雨を左右から狙いをつけながら撃ち込まれでもすれば、一瞬で全滅しているところだ。それぐらいの密度しかいない。パッと見で、120人ぐらいか?……ずいぶんと減っちまっているな。
「どれぐらい逃げられたんだ、将軍?」
「250は逃げられると踏んでいる。ベテランも多いが、『太陽の目』と縁故を持つ者たちも多い」
「受け入れてもらえそうなヤツらが行ったわけだ。そこまで、気にする必要がある……わけだな」
「質問しないところに、ストラウス卿の歩んだ日々の辛さが思い浮かんでしまうな」
「まあな。恨みの深さ。復讐心の頑なさ。怒りの狂暴さ。全て、心あたりがある」
「……そうか。貴君の思い出話を、聞いてみたかった」
「聞けるさ。とりあえず、集中しようぜ。敵サンの囲みを、突破することが出来れば、砦で一杯やれる」
「うむ!!……皆の者!!突破だけを試みろ!!後ろに気を向ける必要はない!!目の前にいる敵にだけ集中すればいい!!殺しまくれええええいいッッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「我々の最後の意地を、味わえ、帝国兵どもよおッッ!!」
背後から斬り殺される戦士も、投げ槍に背中を貫かれる戦士もいたよ。それでも、とにかく皆が前だけに向けて突撃していく。左右から回り込んできた、体力的に鮮度のあるヤツらは、強い。
体力だけの問題でもない。
戦場ってのは、混沌の闇から伸びて来た手のひらに、目隠しされているような場所なんだがよ。指揮官や軍師の立てた作戦通りに相手が動いたときは、生き生きとしてくるものだ。勝ちの目を見るからだし、スケジュール通りの状況に、ヒトは納得と安心を得る。
混沌の闇は打ち払われて、勝利へとつながる予定調和の輝きに、帝国人どもの戦いは照らされている。意気揚々として、オレたちの行く道を塞ぐヤツらは鋼を振るって来るんだよ。
「バルガス、覚悟!!」
「お前の首があれば、オレたちは大出世だぜ!!」
「ふん、俗物が!!」
馬による突撃で、調子に乗っていた若い帝国人どもを蹴散らしていた。将軍の槍さばきと、体力が限界と思しき馬の前蹴りでな。オレは重りとして、馬の蹴り威力を与えるぐらいにしか役には立たなかった。
しかし、軍馬にも限界が訪れる。跳び上がった腹目掛けて、三人目の兵士が槍を突き放つ。将を射んと欲すれば……ってヤツを地で行く行動だ。馬が苦痛の悲鳴を上げながら、その身を倒していく。
戦場では馬は使い捨ての生き物だ。家畜だからな。リスペクトはしているが、戦士はいつでも彼らとの別れの覚悟はしているものさ。オレは左に、バルガス将軍は右に向かって馬の背から滑るようにして飛び降りる。
……何もしてやれることが出来なかったら、報復ぐらいはしてやるのさ。馬に槍を突き刺した帝国人へと迫り、竜太刀の鋼が宿す残酷な一撃を、そいつの首に叩き込んでやったよ。
刎ねられた首が飛び、馬が苦しみの息を吐く。バルガス将軍は愛馬に慈悲をくれてやっていた。助からぬ命ならば、ムダに長く苦しむこともない。槍の一撃が、馬の頭を強く打ち、そのまま死を与えたよ。
悲しいが、悲しんでる場合でもない。南を封鎖してしまっている敵の群れ。そこへと向けて突撃していく、バルガス将軍の左についた。オレは、今夜は彼の盾役だからな。
守るさ。カミラとも、約束しているのだから。群れなす敵兵の壁を睨みながら、オレは残りの体力の全てを、この突破に捧げることに決めていた。
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