第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その96
「き、貴様ああ!?」
「裏切るのですか、サー・ストラウス!?」
戦士たちが当然の反応を見せる。疑心暗鬼に囚われた心が、彼らの表情を険しくしていた。敵意に変わっちまう前に、ちょっと脅しておくとしよう。巨人族は理性的で、彼らは疲れているとはいえ、突発的な事故が起こっては双方のためにならんからな。
「動くな!!」
「……っ!?」
「……ッ!?」
「変に動けば、事故が起きる。オレに殺意があるのなら、もっと早くにバルガス将軍を殺していたさ。違うか?」
「……た、たしかに、それはそうだが」
「現に、こうして?」
「オレはバルガス将軍を死なせたくないだけだ」
「……しかし、将軍の意志は?」
「意志を尊重してやれないのは、謝るさ。だが、ここで彼が死んだとしても、帝国に何のダメージも与えない。いいか?……表向き、死んだことにすればいい」
「な、なるほど……」
「たしかに、それならば目的は達成されるが……」
「だろう?……どうせ、言うことを聞いちゃくれないから、無理やりに言うことを聞かせるってだけのことなんだよ」
腕のなかにいるバルガス将軍を、ゆっくりとその場に寝かせたよ。将軍は気絶してはいるが、ちゃんと呼吸はしている。しばらくすれば、目を覚ますだろうが……寝かしていた方が楽ではあるな。
オレは周囲に立ち尽くしている巨人族たちを見回した。命令するとしようか。
「いいな?動けるヤツは、全員で砦から地下の隠し通路で撤退しろ」
「……私は、残るつもりでいる。最後まで戦いたいのだ!!」
ああ、想像していた通りだったよ。復讐心ってのは、殺されるかもしれないっていう、些細な抵抗に阻止されることなんてないもんな。
分かっている。オレがそうだ。復讐心は、世界最大の帝国とだって戦えるようにしてくれるんだよな。
憎しみや愛は、死よりも偉大だ。そういうものを動力源にしているから、死ぬことぐらいで抑止されることはないんだよ。復讐心ってのは、業深いもんだ。
「いいか?勘違いしてくれるなよ?」
「どういうことですかな、サー・ストラウス?」
「オレは君らの作戦を強奪しているんだぞ?……君らの意見を、聞くと思わないでくれ。これは、ただの命令なんだ」
「……私たちへの指揮権を奪ったというのか」
「そういうことでもいいし、他の何でもいいんだよ。論法は何でもいい。とにかく、君らがすべきことは、次の戦いのために今から死ぬことを止めて、次の戦に備えることだ」
「従うと思うのか?」
「ああ。従わざるをえないからな。オレは君たちを死なせたくはない。君らは気づいているだろ?あちこちに手傷を負っている。拠点からの長距離移動、砦を奪う戦い、そして今の戦いと『囮』になるための撤退戦……体力は、とっくの昔に限界だ」
真実だからな。否定の言葉は出て来やしないのさ。巨人族ってのは、やっぱり賢い。ガンダラの種族だから、当然のことだ。
「君らは疲れ果てているが、あちらは複数の方向から体力的に新鮮な部隊を投入して来るんだぞ?城門を破壊したら、若くて元気なヤツが雪崩込んでくる。疲れ果てている君らでは、連中と刺し違えることだってムリだろう。それじゃあ、犬死にもいいところだ」
「……しかし」
「ガルーナという国が滅びる日、オレも敵に向かって竜といっしょに突撃したのさ」
「っ!!」
「……ならば、我々の気持ちも分かるのでは?」
「分かるさ。だから、止めている。9年前の戦いで、生き残っちまったことで、オレは迷ったし苦しんだがな……あの日、死に損なったことで、今夜も帝国人を大勢、ぶっ殺すことが出来たんだ」
……アーレスには、ムチャクチャな願いをされちまったもんだがな。
「……オレを死から守ってくれた竜は、オレにこんな遺言をしやがったのさ。『裏切り者のファリスを滅ぼせ』……王の首ならともかくよ、国一つの潰し方ってのは、分からなかった……だが、今になって、見えて来ている」
「……帝国を、貴方が潰すというですか?」
「オレだけじゃない。オレたちで潰す」
「……っ」
「……ッ」
「敵はデカい。バカみたいに大勢いやがるんだ。君らの戦力も、あてにするしかない。ちょっとでも、ファリス帝国と戦うための力が要るんだ。そいつをかき集めて、帝国を倒すという一つの目標に全て注ぎ込む。それが、オレの復讐を成すための唯一の方法だ」
「なるほど。分からなくはない」
「だが、我々は、死を覚悟してこの場にいるのです」
「だから、言っただろ?」
竜太刀を抜くのさ。アーレスの『角』と魂が宿った、最強の鋼をな。帝国人の血と脂に汚れた刃は、砂漠の夜風を斬り裂きながら、生きるべき戦士たちへと向けられる。
「何をするのです?」
「我々は、仲間割れしているヒマなどは―――」
「―――さっきも言ったハズだ。命令しているんだとな。君らが、オレの命令に従わないのであれば、君らをこの場で負傷させる」
「な!?」
「本気ですか!?」
「本気だ。オレはそういうコトをしちまえるタイプの男でな。目的のためなら、手段は問わない。戦力として使える男たちに、犬死になどさせられるか」
「……たった、これだけの数しかいないのですぞ?我々は、本当に少数です……」
「構わん。一人でも多く生き抜いて、一人でも多くの帝国人を殺してくれ。そういう戦いをしていくしか、世界を変えることなど出来ん」
「……なんて人間族なんだ……?」
「……どうして、そこまでするのです。サー・ストラウス?」
「誰もが生きていていい世界が欲しい。そいつが、オレの願いでな。人間族しか生きていることを許されない世界など、オレはゴメンなんだ。そんな世界には、生きていたくもない。オレは……ガルーナの魔王、ベリウス陛下が実現していた世界を、取り戻すと決めた」
「魔王……」
「……あらゆる人種の共存を、願う存在……それは、人間族にとっては、敵とも言えるのではないでしょうか?……人間族が、大陸の派遣を掌握することを、否定するのですよ」
「だとしてもだ。オレは、全ての種族が共存することが可能な『未来』が欲しいからこそ、戦っている。そのためなら、何でもする。君らを負傷させ、あそこの教会のなかに負傷者として放り込むことだってな。そっちの方が、君らが死ぬ確率は下がるだろうから」
竜太刀を揺らし、問う。
「選べ。これ以上、傷を深めることなく生きるか、オレにぶちのめされて生かされるか。どちらか二つに一つだ!!」
「……なんとも、強引な方だ」
「だが、たしかに貴方には状況を変える力がある……我々も、犬死にするわけにはいかない。貴方と戦い、貴方に傷を負わせる気も起きない……魔王の夢に、賭けてみるとします」
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