第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その86
ガンダラ・チームの攻撃は、まだ続くのさ。騎馬を使っての最初のチャージが決まる。ガンダラのハルバートが、レイチェルの戦輪が、キュレネイの『戦鎌』が、ククルの剣が敵を打ちのめす。
そして、賢いガンダラは言葉までも武器として使っていた。
「死ぬ気で突撃しなさい!!私たちが死んでも、後続が雪崩込んできてくれます!!」
……後続なんていないのさ。しかし、敵サンは信じてしまう。そりゃそうだ。4000の軍隊相手に、たったの五騎で突撃を仕掛けて来るなんてことは、現実的なことじゃないからな。
想像力が勝手に敵を警戒させてしまう。経験値のある兵士どもは、慎重な思考を好むものだよ。
ガンダラたちに攻め込まれながらも、帝国軍の騎兵たちは慎重に動く。無意味にガンダラたちに殺到することもなく、陣形を乱さずにいるはずもない後続部隊への警戒を強めている。
もちろん圧倒的に戦力があるのだから、それでも敵はガンダラたちをまたたく間に取り囲んでしまうが―――それもガンダラの描いた計画の通りのことだ。
「背後を取ったぞ!!」
「えらく強いが、囲んでしまえば恐れるに足らん!!」
「数で押すぞ!!」
取り囲まれたガンダラ・チームだったが、焦ることはない。あそこには、カミラ・ブリーズがいるのだからな。
「カミラ!!頼みますよ!!」
「了解っす、ガンダラさん!!……『闇の翼よ』―――』
『吸血鬼』、カミラ・ブリーズの影が巨大化しながら伸びていき、猟兵たちをその『闇』の属性へと捉えていた。馬ごとな。
『闇』に包まれた猟兵たちが、無数の『コウモリ』へと変貌していた。
「な、なに!?」
「どうした!?」
「いきなり消えたぞ!?」
「え、煙幕でも使ったというのか!?」
理解することの出来ない謎の現象だろう。『吸血鬼』の使う、『闇』属性の魔術。ヒトの身では、本来は使うことの許されていない、五番目の属性だ。戦場という極限状態にある精神では、人生においておそらく未知である魔術に、ろくな洞察力を発揮は出来ないさ。
ガンダラ・チームと鋼をぶつけ合わせていた帝国兵どもは、唐突に消えてしまった猟兵たちを探すために、右往左往している。混乱が起きているな。いいことだ。精神力ってのも有限の資源だ。それを消費してくれるほどに、戦士は弱くなっていく。
無数の『コウモリ』は、『闇』属性の不可侵さを用いて、戦場をパタパタと飛ぶのだ。カミラが積極的に攻撃に参加していなかったのは、馬上で扱う武器がないからという理由からではない。『吸血鬼』の腕力なら、馬上から石を投げるだけでも殺傷力がある。
体力と魔力を温存させるために、あえて積極的な行動を取らなかった。カミラの仕事は、ガンダラ・チームを移動させることだ。敵の群れをすり抜けるようにして突破しつつ、カミラは帝国軍の騎兵集団の背後に位置していた、弓兵の群れへとたどり着いていた。
『コウモリ』の魔術が解ける。
無数の小さな翼たちは、五騎の騎兵へと変換された。
「ど、どこから!?」
「こ、こいつら、騎兵の群れを突破して来たというのか!?」
「ありえん!!」
あり得ないことと遭遇してしまうと、ヒトってのは動揺してしまうもんだ。隊伍を組んでいる弓兵たちは、ガンダラとキュレネイによる突撃攻撃に対して、どこまでも無力だった。
……密集した予備的な兵力だからな。命令に従い、矢の雨を作り、遠距離での迎撃を行うための集団であり、接近戦の戦いなど想定しているものではない。弓矢を持ってはいるが、それは使うことは出来ん。
この夜間においての密集した戦闘……敵に当たる確率よりも、帝国兵同士で誤射する確率のほうが高いからな。
騎兵は遠い間合いでは弓兵に対して無力じゃある。だが、ここまで接近してしまえば、乗り手と合わせて600キロ以上はある大型獣は無敵の威力となるのさ。
弓兵たちは馬に蹴散らされ、馬上の猟兵たちの鋼も敵兵に死を与えていく。
さらには、『コウモリ』に呑まれる直前に投げ捨てていた『置き土産』も作動していた。
偉大な発明家の一人であるはずの、ギンドウ・アーヴィング。ヤツが作ってくれていた時限式の手投げ爆弾が、帝国の騎兵どもの群れのあいだで連続的に爆発していたのさ。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!
戦場の一角に、紅い閃光が煌めき、十数騎の騎兵たちがその火力の前に大きなケガを負わされていた。死んだヤツは少ないだろうが―――戦いを続けられないほど負傷させれば十分だし、いい嫌がらせにもなる。
敵に考えさせて、不安に落とし込めばいい。オレたちは、あくまでも陽動の類いだ。何百人かは殺すつもりじゃあるが、この戦の勝敗を変えるほどの力はない。
この戦は、我々が負ける。
それは変わらぬ運命だ。猟兵たちも持てる力の全てを発揮している。そう長くは、この無敵の攻撃を続けることは出来ん。手持ちの爆薬も全て使い尽くしているしな。
『コウモリ』を繰り返し、歩兵や弓兵の群れのあちこちを馬と鋼で奇襲したとしても、二度目、三度目と行う度に、削られた体力に伴い威力は劣ってしまう。短時間限定の攻撃力と、敵へ与える混乱……戦いの流れを決定的に変える力にはならない。
だが、それでも有効だ。
『イルカルラ血盟団』の600人の戦士たちの特攻を、より効果的なものにするし、退路を確保してやる意味もある―――いや、今はオレも退路につていは考えておく瞬間ではないな。戦術に集中するとしようか。
ガンダラ・チームの作ってくれた混乱は、わずかばかりだろうがメイウェイの軍勢の意識を散漫とさせているのだ。わずかな動揺に過ぎないが、それでも好機である―――メイウェイの兵士たちは理解しているさ。このタイミングに、バルガス将軍は反応することをな。
「行くぞ!!『メイガーロフ』人の誇りを示す!!我らは、祖先たちと同じく、誰の支配も受け入れることはないッ!!誇りと共に、進めええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「『メイガーロフ』、ばんざああいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」
「帝国人を、追い出すぞおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
敵軍に迫っていた巨人族を中心とする戦士たちが、砂を蹴散らし加速を帯びた。鋼に誇りを込めて、その命を捧げるのだ。
……9年前の自分を思い出すな。あの時は、オレとアーレスしかいなかったが、今は『家族』も仲間も同じ側にいてくれる。だからよ、何だか嬉しいよなぁ、アーレス?
鉄靴の内側で、ゼファーの体を叩き、行けと命じたよ。『ターゲッティング』はすでに仕掛けてある。突撃を止める壁役―――帝国人の重装騎兵隊の中央部だ。そこを目掛けて、ゼファーは降下を開始する。
巨大な牙の並ぶ口のなかに、金色に暴れる竜の劫火を生み出すのだ。アーレスと同じように、敵の大軍へと突撃するというのに、まったくもって怯むことはない。よく似ている。だからこそ、オレはより笑顔を深くするのさ。
獣のように血に飢えた、ストラウスの剣鬼の貌になるんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます