第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その85.


 『イルカルラ血盟団』の戦士たちが突撃の間合いに入ったとき―――我が副官一号殿は行動を開始していたよ。さすがに、最高のタイミングで現れてくれるじゃないか。


 ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!


 戦場の西北西に、ガンダラ・チームが現れていた。そのガンダラが角笛を吹き鳴らしていた。巨人族の巨大な肺の中にため込まれていたよるの空気が、その遠くまで響く戦いの合図を戦場に解き放っていた。


「て、敵だ!!」


「西だ!!」


「西に敵が来ているぞおおおおおおおおッッッ!!!」


 そうだ。敵もバカじゃない。アルノア・シャトーを襲った『犯人』が―――つまり、オレたちが、南に移動したことには気がついている。


 馬の足跡も残っているしな。その戦力が何処に行ったのか?……熟練の兵士たちが、それを想像しないはずがない。


 西にいた『敵』が、どこに行くか?……戦力っていうのは、集中することで強さを増すものだ。南下していたと考えていたさ。


 どれぐらいの『敵』がいたのかは、アルノア・シャトーの戦力から想像したはずだ。守りの固いアルノア・シャトーを、短期間で落とすほどの戦力。それは100や200の戦力だと考えられるだろうかな。


 ……もう少しはいたと考えるだろう。メイウェイほどの切れ者はともかく、並みの兵士の頭では、そういう考えになるさ。そして、兵士どもは今まで意識していたはずだ……ただし、メイウェイは気にしなかっただろう。


 アルノア・シャトーを襲撃して、砂漠を南下する。そんな作戦をこなした兵力は、疲れ切っていると考えていたはずだ。そんな戦力については、フツーは気にする必要がない。たしかに、その通りじゃある。西側に配置した兵力で、軽く受け止められるだろうからな。


 だが、オレたちは並みじゃないし、兵士はメイウェイほどには賢くないさ。


 ……焦っている。


 たった五騎の戦士に対して、兵士たちは警戒心を強めてしまうんだよ。常識的に考えれば、たった五騎しか伏兵がいないはずないからな。もっと他にもいるだろう。どこに隠れているのか?……そんな疑心暗鬼に囚われてしまう。


 ガンダラは、その動揺につけ込むために、突撃を開始していた。


「行きましょう!!手はずの通りに、行動しなさい!!敵を攪乱します!!」


「了解です!!」


「イエス、であります」


「……皆さん、お助けするっす!!」


「ウフフ!では、参りましょうか」


 五つの騎兵が砂を蹴散らし、一直線になって敵の群れへと向かって行く。シンプルな突撃だ。


 バルガス将軍たちには悪いが……この戦の一番槍は、『パンジャール猟兵団』がいただいた!!


「たかが、五騎で来るかあああああああッ!!」


「舐めるな、亜人どもがあああああああッ!!」


 騎兵たちが素早く行動していた。二十騎ほどの騎兵が、ガンダラ・チームを目掛けて迎え撃つ形で出撃する……ほかの兵士たちは動かない。いい判断だな。他の角度からの攻撃に備えて、待ってやがる。


 もっと多くの戦力で動けば、陣形にほころびも広がるんだがな。


 よく躾けられていると褒めてやるさ。


 そして、ありがとうとも礼を言おうじゃないか。


 たったの二十騎ほどでの突撃で、『パンジャール猟兵団』を止められると思ってくれるとはな……。


 しかも、集中して突撃で崩そうという考えだとは、おろかな判断をしてくれたものだよ。


「ククル。行くであります」


「了解です!!……『天を打ちぬく、轟雷の威圧よ―――』」


「『―――大地を砕く、破壊の一撃よ』」


 キュレネイ・ザトーとククル・ストレガが呪文を重ねて、魔術を練り上げていく。戦場で魔術を使うことは、自殺行為とされる。大いに疲れて、継戦能力が大きく下がってしまうからだ。


 だが、戦闘時間そのものを短く設定している時に限っては、それも問題はない。


「……『雷帝の名を持つに相応しき威を証明しろ』」


「『トール・ハンマー』ッッッ!!!」


 キュレネイとククルが馬上でそれぞれ左と右の腕を夜空へと向けて掲げていた。天空に一瞬の雷光が駆け抜け、次の瞬間、五騎の猟兵たちに向かっていた二十騎ほどの敵兵どもに『雷』の鉄槌が振り下ろされていた!!


 一瞬の閃光は、夜の『イルカルラ砂漠』を白と黒に染め上げて、一拍の後に爆音が天にこだましていた。


 ズガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンッッッ!!!


 『ゴースト・アヴェンジャー』と『メルカ・コルン』の魔力を同時に注ぎ込んだ、高位の攻撃魔術が呼び寄せた特大の『雷』だ。二十騎全員とまでは行かなかったが、十四騎には即死を与えていた。


 焼けて黒焦げになった騎兵のことを、背中に大火傷を追わされた軍馬はいななきと共に振り下ろしていく。


「ま、魔術!?」


「戦場で、魔術だと!!……こ、こいつら、死ぬ気かッ!!」


「―――そうでもありませんよ」


 生き残った騎兵どもへとガンダラの騎馬は接近していた。


 巨人族の騎兵のサイズが放つ威圧感は、かなり心をへし折りに来るものだぞ。しかも、その巨人族が天才的な戦士である場合は、生きた心地がしないだろう。


 ガンダラと初対面の時、ちょっとした誤解と好奇心の果てに戦ったがな。並みの兵士は、その強さの前に、成す術が無いということを、オレは誰よりも知っている。騎兵どもに対して、ガンダラのハルバートが連続で放たれる!!


 ……さすがは、オレよりも戦闘に対する経験値が豊富な男だ。馬の操り方も一流だし、騎兵どものあいだをすり抜けるように走りながら、雷撃のように強く速い突きを速射させることも簡単にこなしちまう。


 三騎の騎兵が一瞬のうちに頭を打ち抜かれて即死していた。馬は、背中の上にいる兵士の体重から意志が消えたことを悟りながら、何十メートルか歩いて加速を消していた。


「く、くそお!!」


「負けるか――――」


 呪いの鋼が、復讐を誓うための言葉で戦場の空気を振るわせようとしていた帝国兵どもに命中していた。馬上から肩と腕の力だけで、『諸刃の戦輪』をレイチェル・ミルラは投げつけていたのさ。


 兵士の胴体深々に、その攻撃はハマり込んでいた。即死した帝国兵どもの体から、『諸刃の戦輪』が女主人目掛けて凶暴なスピードで戻っていくが。馬上の『人魚』はそれを事もなげに受け止めていた。


 この戦における最初の戦闘は、そうして終わる。『パンジャール猟兵団』の圧倒的な勝利というわけだよ。そして、その勢いを殺さぬように、ガンダラ・チームは敵兵の西側に向けて突撃していく。


 混乱と死を作るためにな。敵の最も健康的な騎兵は、ここに集まっているはずだ。疲れている弱兵は、まちがいなく東の翼に移動させているだろう。西の翼に最大の兵力を集めていた。


 メイウェイは、戦力の配置で、アルノア・シャトーの襲撃者に対応しようとしていのさ。だから、ここをガンダラたちが叩いておけば?……『イルカルラ血盟団』は東へと逃げやすくなる。追撃してくる最も元気な部隊の脚が、鈍るんだからな。



 

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